第百二十八話 貴族たちの夜会


 綺羅きらびやかな夜会がある。


 ここは帝国の誇る四大公爵家の一つ、スプリングフィールド公爵の大邸宅だいていたく、その一室。


 立食形式で振る舞われる豪勢で贅沢な料理の数々、色取り取り色彩豊かに着飾った高貴なる人々、見事な調度品に場をはなやげる荘厳な音楽。

 軽やかな談笑の声がそこかしこで沸き立つ広い会場には、主催者しゅさいしゃたるスプリングフィールド公爵を筆頭に、帝都に住まう貴族たちが数多く集まり交流を深めていた。


 とはいえそこは帝国を支配し、運営する貴族たち。

 誰もが笑顔の裏にそれぞれの思惑を隠しつつ、水面下では情報収集と自己保身のための策略に余念のない油断ならない場所だった。


 そんな中、周囲の思惑など知ったことかとスプリングフィールド公爵主催者を差し置いて会場の注目を一身に集める人物がいる。


 貴族の集まる夜会には少々場違いな盛大な笑い声と身振り手振り。

 各々のテーブルで談笑する貴族たちやその子息たちの交流の場へと強引に割り込んでは、自らの話を一歩的にまくし立てる。


 一際目立つ長身に短く揃えられた濃い桃色髪。

 色彩豊かな華美な衣装に身を包む貴族たちの中でも異彩を放つその人物は、金糸の刺繍ししゅうの施された黒を基調とした裾の長いのコートを見事に着こなし、会場を縦横無尽に闊歩かっぽしていた。


 その堂々たる振る舞いと整った容姿に良くも悪くも会場中の貴族令嬢たちから熱い視線が集まる。


 貴族の当主たちに比べれば年齢は一回りも二回りも若い。

 というより若過ぎるといってもいいだろう。

 二十代前半のだが上位の貴族身分上位者たち相手だろうと一切物怖じせずに距離を詰めていく。


 強引かつ不遜ふそんな態度。


 にも関わらず誰もが彼女の不行儀ふぎょうぎな行為を咎めはしない。


 そう、この場において彼女にだけは無礼とも取れる態度が許されていた。


 何故なら――――。


「スプリングフィールド公爵! 久しいな! 元気だったか!」

「これはこれはラゼリア皇女殿下。此度は我が慎ましい催しに参加して下さりありがとうございます」


 帝国に四家しかいない公爵家の当主が丁寧に礼を尽くし対応する。

 彼女こそ綺羅きらびやかな貴公子と見紛うほどの男装姿を披露する皇族の一員、ラゼリア・ルアンドールその人だった。


 時はヴァニタスたちが帝都へと戻ってきてから数日のところへと巻き戻る。


 ラゼリアはつねならば面倒の一言で避けるはずの貴族たちの集まる夜会へと参加していた。


 理由は一つ。


「ハハッ、この豪勢な催しが慎ましいだと! だから卿は根っからの大貴族なのだ。このような催し、帝都の平民たちでは一生かかっても開催、いや参加すら出来んぞ! 皮肉にしても謙遜し過ぎだぞ!」

「そうでしょうか? 我が領地における屋敷なら兎も角、帝都にある屋敷では皇族の方を迎えるには些か貧相かと申し訳なく思っておりましたが……」

「何を言う! これでも過剰なほどだぞ! とはいえ、いくら私自ら親書にて卿に頼み込んだとはいえ、流石にこの規模は予想していなかった。短期間にこれほどの貴族たちがこぞって参加しているのも卿の人望あってこそだろう。流石帝国の誇る四大公爵家の当主だな」

「ラゼリア様にお褒めいただけるとは望外の喜び。ありがたき幸せにございます」

「ハハハッ、しかし堅苦しいではないか。普段はもう少し遠慮がないというのに今日はどうした? 傘下の貴族たちの前だからと緊張しているのか? らしくもない。私相手に仰々しい態度など要らんぞ!」

「いえいえ……実を言いますと私もラゼリア様からの何年か振りの頼み事を受けて年甲斐もなく張り切ってしまいましてな。つい方々ほうぼうに緊急招集をかけてしまい……お恥ずかしい限りでして」

「ハハハ、そうかそうか! だがこれものヴァニタスのためにしてくれた事だ。恥ずかしがることなど何もないぞ!」

「フフフフフ。はい、帝国のために尽力した若者。しかも、ラゼリア様の大のお気に入りの少年のためとなれば……私も持てる全力を尽くしますとも」

「ハハハハハ!」「フフフ、ハハハ!」


 互いに豪快に笑い合うラゼリアとスプリングフィールド公爵。


 ラゼリアはいつになく上機嫌だった。

 それもそうだ。

 この催しはラゼリアがスプリングフィールド公爵へと依頼したヴァニタスたちの功績を余すことなく広めるための会。


 ヴァニタスから直々に許可を得たラゼリアは、自らの口で貴族たちの間にヴァニタスたちの活躍を広めることにした。


 伝聞でんぶんでは詳細までは伝わりづらいのもあるが、貴族たちの間にはいまだ奴隷をさげすむ心がある者も多い。

 ヴァニタスの奴隷クリスティナやヒルデガルドたちのこともあり、余計な脚色がつくことを良しとしないラゼリアは、貴族たちに強引に話を聞かせるため、また自分がヴァニタスたちの後ろ盾になる者として知らしめるためにもこの会を通じて貴族たちに直接伝えることにしたのだった。


 故に幼い頃から交流のあるスプリングフィールド公爵へと夜会の開催を手紙を通じて頼んでいた。


 公爵も公爵で普段は催し物などには一切参加せず、ラゼリアが成人してからは最近はめっきり頼られることもなくなっていたこともあり、ついつい力を入れすぎた。

 そのためこの催しは常ならば私事の連絡を取り合うことも稀な異なる派閥の者にも親書が送られており、公爵自身が所属する皇帝派のみならず、貴族派の者やどちらの意見にも賛同しない中立の者など様々な立場の者たちが集まっていた。


 因みにこの場においてラゼリアが声高に広めた二つ名が“邪悪殺しネファリアススレイヤー”であり、後に帝都中にこの呼び名が席巻することになる。


 すると、ラゼリアの視界に見慣れた少女の華やかに着飾った姿が映る。


「ん? リーズリーネどうした、そんなところでちぢこまって! もっと近くに寄れ!」


 公爵の陰に隠れるようにして控えるは、ゼンフッド帝立魔法学園において生徒会に所属するリーズリーネ・スプリングフィールド。

 夜会に相応しい麗美なドレスへと身を包んだ彼女は、ラゼリアの大声にぎょっとした顔を一瞬浮かべるも、すぐに冷静さを取り戻し一歩前へと踏み出す。


「……ラゼリア皇女殿下、ご機嫌麗しゅうございます」


 目上の者に対する敬意を表す懇切丁寧こんせつていねいな礼。


 リーズリーネの美しい所作しょさは遠目で様子を窺っていた貴族たちに羨望の溜め息を吐かせるほどだった。


 しかし、彼女の表情は表にはあまり出ずとも少しばかり疲れていた。

 ラゼリアなどより遥かに催し物パーティーに慣れているはずのリーズリーネだが、常とはあまりにも違う視線の集中具合に若干気圧されていた。


(ラゼリア様の当家の催しへのご参加。サプライズのはずでしたがお父様があまりに張り切ったせいでこんなにもご来客の方が増えてしまうとは……それにしても、好奇の視線の多いこと。それだけ普段パーティーなど出席することのなかったラゼリア様のお姿が珍しいのでしょうが……少し胃が痛くなるようなプレッシャーを感じますね)


「ハハハ、リーズリーネ、お前こそ息災そくさいであったろうな。公爵から聞いているぞ。魔法学園では生徒会の書記を任されているとな。生真面目なお前に書記はぴったりだ。お前の活躍が目に浮かぶようだぞ!」

「は、はぁ……ありがとうございます」

「それにしても……やはり公爵家の令嬢だけはある。姉のフィーレルも美しい娘だが、リーズリーネ、お前も負けていないな。華やかな社交の場だからこそ改めて際立つ凛とした美しさ。……ウム、良いな!」

「そ、そうでしょうか? ありがとうございます。ラゼリア様こそ……あの……大変お似合いになっていらっしゃいます。ですが……その……本日は何故そのような男装御召し物を? あっ、いえ、ラゼリア様のよそおいに文句がある訳ではないのですが……」


 リーズリーネの恐る恐るの質問。

 つい反射的に尋ねてしまったが彼女としては緊張プレッシャーからか、らしくもない失敗をした。


 会場に集まるみなが気になりつつも余計なことを聞くまいと触れなかった部分への問いにますます注目が集まる。


 しかし、ラゼリアは視線などどこ吹く風と簡単に答える。

 

「ん? これか? 私にはドレス姿など似合わないのはわかりきっていることだからな。とはいえ夜会には相応しい格好がある。どうすべきかと悩んだ結果、男装動きやすい格好を選んだまでだ。……それにな、あまり肌の見える華やかな格好をしてこのような交流の場に現れては……フフ、ヴァニタスに嫉妬されてしまう。私が着飾るのは一人の男の前だけで良いのだから」

「は、はぁ?」

「まあ、そんな些細なことはいい。公爵に頼んで集まって貰ったのは他でもない。私のヴァニタスのことだが――――」


(……ヴァニタス・リンドブルム。お父様が嬉々として協力したとはいえ、ラゼリア様をこれまで避けてこられた夜会にすら出席させてしまう少年。ラゼリア様の語る彼の活躍はどれも耳を疑うものばかり。秘密裏に暗躍するという怪しい組織の話、皇帝直轄地に封印されていたという邪竜の討伐。あまりにも荒唐無稽こうとうむけいな出来事につい聞き返してしまいましたが。でも……すべて本当のことなのでしょうね。皇族の方ラゼリア様の証言というのを抜きにしても、そう納得してしまうほど彼女の語り口は……熱い)


 




 一方、目立たない会場の隅にて貴族たちへの挨拶回りに奮闘するラゼリアを、遠くからじっと観察する人物がいた。


「――――面倒なだけの夜会だったが参加して正解だったな」


 壁を背に葡萄酒の注がれたグラスを優雅に傾け、意味有りげな流し目で夜会の中心ラゼリアを注視する青年。


 ラゼリアを追う彼の視線は――――強欲に濡れていた。












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