第百二十五話 生物属性と名付け


 思い掛けず始まったイグバールの指導。


 剣の一閃でその類稀たぐいまれなる実力を僕たちへと見せつけたイグバールは、ヒルデガルドとクリスティナ、さらには訓練場の端でこっそりと様子をうかがっていたラパーナを加え、個々人の戦い方に沿った助言を与えていく。


 視線の誘導、虚実きょじつの見極め方、不意打ちへの対処法。

 どれも僕たちには足りない対人への備え。


 特にラパーナはイグバールが弓も十全に扱えるためか参考になる部分が多く、彼女には珍しく会ったばかりのイグバールに何度も質問しては的目掛けて何本も矢を射掛けていた。


 また、魔力操作に関しては僕自身魔法制御のためにかなりの鍛錬を積んでいたためある程度は自信があったのだが、洗練された使い手の身体強化はこうも違うのかと実感させられた。


 緻密ちみつかつ流れるような魔力操作。

 都度配分を変え、強化の比率すら精密に変化させて見せる。

 イグバールの魔力強化に関する技量の高さは僕よりも何歩も先をいっていた。

 

 掌握魔法で大気中の魔力を利用しない限り体内魔力は有限だ。

 長期戦、あるいは掌握魔法の使えない特殊な環境では魔力の消耗は少ないに越したことはない。


 これまでが大雑把で大規模な魔法を中心に習得していたこともあり、魔力操作の技術を高めることの大切さを僕だけでなくこの場の全員が感じていた。

 ……ハベルメシアだけはイグバールに若干の隔意かくいがあるからか少し離れたところで様子見をしていたが、彼女もクリスティナたちから間接的に話を聞いては感心したように頷いていたので、イグバールの助言は彼女の為にもなっていただろう。


 そんな中、イグバールはみなを一箇所に呼び集める。


「こんな短時間で全部を教えられる訳でもねぇが、まあ……こんなもんか。そうだな……せっかくだ、いい事を教えてやろう」

「?」

「なに?」

「…………?」


 これから話すことに余程自信があるのかニヤリと口の端を釣り上げるイグバールに、困惑の顔を浮かべるクリスティナたち三人。

 僕とハベルメシアも何事かと注目する。


「ヒルデガルド、お前の『猟犬』属性の魔法だが……まだまだ付け焼き刃だな」

「うう、まだ、慣れない」


 ヒルデガルドの後天属性『猟犬』。

 僕も知らなかった属性……か。


「クリスティナも同じ生物属性の『鷲』魔法を使えるようだが、アレもまだまだ魔法を使いこなせているとは言い難い」

「はい……」

「生物属性の魔法は大まかに自動型、半自動型、操作型、特殊型に分かれる訳だが――――」


 生物属性魔法には魔法の形態としていくつか型というものがある。


 自動型とは魔法発動時にあらかじめ設定しておいた条件の元に行動を取らせる生物属性魔法の形態の一つだ。

 途中の命令追加は出来ないが細かい命令をあらかじめ組み込んでおけば、使い手の手を離れ遠距離での単独行動すら可能にする。

 もっとも細かい命令を組み込むのはかなりの難度を伴う技術のため習得者は少数となる。


 半自動型は普段は側に待機させ、都度命令を与えることで動かす形態だ。

 場面に応じて命令する必要はあるが、継続的に使い手を護衛しつつ状況の変化にも臨機応変に対応出来るため使い勝手は悪くない。

 習熟にはある程度の慣れが必須で、丁度ヒルデガルドの先程まで使用していた『猟犬』魔法、泥土猟犬でいどりょうけんやモーリッツが常に側で自分を守護させていた『百足』魔法、地殻大百足ちかくおおむかでが該当する。


 操作型は使い手が行動の一つ一つを口頭で命令し動かす形態。

 汎用魔法の使い方と似通っていて、魔法発動と同時に特定の行動、軌道で撃ち出すことが多い。

 単発の魔法が多く融通が利かない場面もあるが、発動が早いのが特長で、牽制や咄嗟に相手を追い詰めるのにも使われる。

 身近なところではクリスティナの『鷲』魔法、水麗鷲プルクラアクアイーグルがここだ。


 といってもこれらは大別される基本の型であり、魔法は使い手によってかなり複雑化するのですべてが一概にこれらに該当するとは言い難い。


「これから話すことは自動型の極地といってもいい技術だ」

「極地、ですか……」

「生物属性魔法には汎用魔法はない。別の大陸、海を越えた先には似たようなものがあるなんて噂も聞くが……少なくとも帝国には存在しない。しかし、代わりにさらなる高みに到達する方法がある」

「高み? スゴイ!」

「……そのような方法が?」


 ……知らない。

 生物属性魔法が火、水、風、土、光、闇等の元素属性魔法のように汎用魔法が存在せず、他の属性に比べ難度の高い属性だとは知っているが、さらなる高み、だと?

 そんな技術が存在するのか?


 疑問が顔に出ていたのだろう。

 難しい表情を浮かべる僕たちにイグバールは堂々と宣言する。


「それはな。――――名付けだ」

「名付け、ですか?」

「……名付け? 僕も知らないな」


 魔法名、いや……もっと単純に考えれば生物属性の魔法で作り出した生物に名前をつけるということか?

 だが……そんな安直なことで何かが変わるとでも?


「ああ、といっても口で言って理解出来るもんでもない。実際に見せてやるよ」


 僕たちに背を向けスタスタと訓練場の中央へと足を運ぶイグバール。

 振り返った彼は一つの名を口にした。


「来い――――【エイリーク】」


 何気ない一言。

 気負いもなく自然な単語。


 しかし、直後にざわめきがあった。


 空気が肌を刺す感覚が僕たちに襲い掛かる。


「ッ!!」

双握ダブルグラップ――――」

「ラパーナ! 後ろに!」


 咄嗟に臨戦態勢を取る僕ら、何だこれ……この魔法生物は一体何だ!?


「え? なになに、みんなどうしたの? え、何? ……ただのお馬さんでしょ?」


 ハベルメシアが場違いにも頓狂とんきょうな声をあげる。

 ……これが分からないのか?

 強烈なプレッシャー、圧倒的な存在感、静かないななきに乗り全方位に撒き散らされる殺気。


 これがただの魔法な訳がない。


「おっと、驚かせちまったな。悪い悪い。エイリーク、今日は戦いじゃないんだ。少し殺気を抑えろ」

「ブルルッ……」

「ありゃ? 機嫌が悪いな。久しぶりだからか? なあ、そんなに怒るなよ。オレとお前の仲だろ」


 首筋を優しく撫で旧知の友へと話しかけるように気軽に接するイグバールだが、僕たちにそんな余裕はない。


 何だアレは……。

 イグバールが『模造』の他に『馬』の先天属性を有していることは事前に知っていた。


 だが、アレはただの魔法じゃない。

 魔法であってもそこには確かにが存在していた。


 イグバールは僕たちに警戒を解くようにいうと、不機嫌なエイリークを落ち着かせながら話を続ける。


「魔法に名前をつけ個別に認識する。ただそれだけのことだが、これが意外とというかかなり難しい。どいつもこいつも魔法ってのは使い手の思い通りに操るものって意識が抜けねぇんだろうな。だから一つの魔法に愛着が湧くって感覚がわからねぇ」

「だが……人格、魔法に意思が宿るものなのか? いや実際目にしているのだから疑う余地はないのだが、それでも信じ難いな……」

「ハハッ、そりゃそうだ! オレも何でこんなことになるのかって聞かれたら明確に答えられる訳じゃないからな! だがな……現実にこうなってる。エイリークはオレの戦友だ。共に困難を乗り越え、強敵を打ち倒すと誓った友。オレにとってはそれだけの事実があればいい」


 不意に頭を伸ばしイグバールの髪をむように口を動かすエイリーク。

 ……もう普通の生物と変わらないな。


「意思持つ魔法。これは生物属性魔法の一つの到達点といっていいだろう。お前らがオレと同じ高みへと到達するか、それともまた別の方向を極めるのか、それはいまの時点ではわからない。この領域に到達するのはまだまだ先だろうしな。だが、自分たちの持つ属性がどんな高みへと到達出来るのか知っておくことは悪いことじゃない。――――覚えておけ。お前たちはまだまだ強くなれる」






 視線の先にはすっかり殺気を納めたエイリークに群がるクリスティナたち。


 慣れれば可愛いものなのかもな。

 エイリークの方も撫でられるままにしていて心なしか気を許しているように見える。


 ……というかハベルメシアの奴、エイリークにまで舐められるのか?

 一人だけ『ぎゃーっ、やめてよぉ!? 髪の毛がぐちゃぐちゃになっちゃったじゃん! もーっ!』と叫びながらエイリークのよだれまみれの口から逃げ続けていた。


「はぁ、まったく、あいつは……」

「いいじゃねぇか、あんな姿前までのあいつじゃ絶対に考えられなかった姿だぜ。それだけヴァニタス、お前がハベルメシアを変えたんだろうよ。宮殿の使用人たちが見たら卒倒するかもな。いや……呆れ果てるだけか」

「そうか?」

「これまで誰も出来なかったことだ。皇帝陛下ですらな……。ハベルメシアは変わった。それが良いか悪いかはわからねぇが、お前のお陰でな……」

「…………」

「…………さて、ここらでオレもおいとまさせて貰うぜ。飯旨かった。招待して貰って助かったよ。……じゃあな、ヴァニタス。……また会うこともあるだろう」

「ああ、そうだな。イグバール、また会おう。というより僕たちはまた相対することになる、必ずな」

「…………」


 偶然の出会い。

 しかし、別れは呆気なかった。


 宮廷魔法師第三席イグバール・デミロッド。

 『模造』と『馬』、二つの先天属性を有する元Sランク冒険者。


 ハベルメシアがアレなせいで勘違いしそうになるが、立場が上でもざっくばらんな態度は変わらず、一学生である僕相手でも対等に接することを許した。

 奴隷に対する偏見もなく、彼の助言は短時間だったが僕らにとって大きな収穫となっただろう。


 颯爽と去っていくイグバールの背を見て考える。

 彼と再び会う時は必ず来る、何故なら――――。






「ああ、そうそうハーベちゃん、ちょっといいか?」

「……なに?」

「お前がヴァニタスの奴隷でいる期間って一ヶ月だったよな? 正確な残り時間までは知らねぇけど……そろそろだろ。お前『その時』が来たらどうするつもりだ」

「……わからない。わたしにもわからないよ」


 ハベルメシアがヴァニタスの奴隷である期間は一ヶ月。


 この先彼女がどんな選択肢を選ぶにしろ、選択の時は刻一刻こくいっこくと迫ってきていた。











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