第百二十四話 助言


「あー、にしても見てらんねぇな」


 宮廷魔法師同士の軽いじゃれ合いも一段落した頃、クリスティナとヒルデガルドの模擬戦を見守りつつ、メイドの淹れてくれた紅茶を飲んでいるとイグバールが突然席を立つ。


「……まったく世話が焼ける」


 ガリガリと頭を乱暴に掻き、おもむろに訓練場の中心に向かって歩き出す彼はなにやら不満げで……。


「ちょっとアンタ何するつもり!?」

「別にとって食いやしねぇって。ちょっとばかし……そう、余計なお節介アドバイスをしてやるだけだ。そうカッカするなよ、ハーベちゃん」

「むむぅ、ハーベちゃんって呼ばないでよ!」


 ハベルメシアの悪態あくたいを後ろ手にひらひらと振った手で軽く受け流すと、模擬戦の最中さなかにあるヒルデガルドとクリスティナへと近づいていくイグバール。


「――――それじゃあダメだ」

「ダメ?」


 突然の乱入者に戦いの手を止めるヒルデガルド。

 クリスティナも二人の接触を目撃して何事かと近寄っていく。


「ああ、ヒルデガルド、だったよな。さっきから観戦させて貰ってたが、お前……本能で動いているだけだろ。どっかの部族の出身だろうが、なまじ体のスペックが高いからゴリ押しが効くだけで、戦闘技術について本格的に習った訳じゃない。そうだな?」

「う、うん。本格? よく、わからない」

「これまでしっかり鍛錬を積んできたのは身のこなしを見れば理解出来る。雑だが、そこには確かに貪欲どんよくに強さを求めてきた証拠がある。だがまだまだ無駄が多いな。接近戦主体のお前に必要な魔力操作の技術も荒削りすぎる」

「むむ……そう?」

「それと対人戦の経験が圧倒的に不足してるな。対戦相手をもっと増やした方がいい。同じ相手ばかりじゃどうしても思考がかたよるしな。なにより、人対人の戦いではもっと卑劣な手段や思いもよらない行動を取る奴がいる。いざそんな奴らと遭遇した来た時のために、様々な相手と対戦することで経験を積むのは有効なことだ。というか、お前の危険を察知する能力は大したもんだが、それじゃあいざ対人戦に特化した連中と戦った時に簡単にフェイントに引っ掛かるぞ」

「フェイント?」


 いままでは運が良かった。

 イグバールの口振りはヒルデガルドのこれまでの努力や能力を褒めつつも、彼女に足りないものを指摘していた。


 ……僕たちも封印の森で大分修練を積んできたはずなんだがな。

 イグバール曰く人対人の戦いでは魔物とは違う術理じゅつりが必要だと力説りきせつしていた。


「こう?」

「違えって。拳の打ち方はこう。腰だ。腰、もっと腰を使え。蹴り足の踏み込みはこう。魔力操作は常に淀みなく、魔力強化は必要に応じて比率を変えろ。それだけで消耗は少なくなるし、臨機応変りんきおうへんに対応出来るようになる。……別に戦い方を強制するつもりはねぇが、こういう戦い方もあるってことを心のすみに置いておけ」

「うん! ありがとう!」

「……礼はいい。オレが勝手にやってることだからな」


 そうしていつの間にか始まったイグバールによる指導。


 素直なヒルデガルドはイグバールの言うことを実直じっちょくに受け止めるため、初めは何処か遠慮がちだったイグバールの指導にも徐々に熱が入る。


「てか、お前ら師匠とかいねぇのかよ。これだけ素質があるってのに……勿体ねぇ」

「師匠? 先生! アシュ――――ムグっ!?」

「アシュ?」

「ヒ、ヒルデ! 先生のお名前は無用に外に出してはいけませんよ!」

「ムググッ!」


 危険なことを口走りそうになったヒルデガルドの口を咄嗟に押さえるクリスティナ。


 確かにアシュバーン先生は僕たちに様々なことを指導してくれる師匠というべき存在だが……いまはまだ秘密にしておくべき存在でもある。

 たとえ皇帝陛下直属の戦力である宮廷魔法師相手でも、軽々けいけいに話してしまうのは少し不味い。


 いまのはクリスティナのファインプレーだったな。


 だが師匠か……。

 アシュバーン先生も長年培ってきた魔法や体術は並外れたものがあるが、先生とは魔法研究に割く時間の方が多いため本格的な指導を受けるまでには至っていなかった。

 皇帝陛下の命を受けるようになってからは余計時間が取れなくなったこともあり、その辺りも逆風ぎゃくふうになっている。


 ……そうだな。

 場合によっては新たな講師を迎えることも考えるべきか……。


 だがなぁ、先生にこのことを相談したら物凄い縋り付いて泣かれるような気もするんだが……どう伝えるべきか……。


 僕がこれからそう遠くない未来に訪れるだろう憂鬱な光景に想像を巡らせていると、イグバールはヒルデガルドの次にクリスティナへと向き直る。


「う〜ん……まあいいや。それで? そっちはクリスティナだったか?」

「は、はい! 何でしょう!」

「帝国剣術でもかじってたか? ヒルデガルドより基本は出来てるが、動きが若干硬いな。もっと柔軟に、余計な力は要らない。そうだな。手本を見せてやろう」

「手本……ですか?」


 空中、何かを掴むように手をかざすイグバール。


 発動は一瞬だった。


「――――模造兵装・偽蒼剣」

「ッ!? それは……ミスリルの剣?」


 何もない空間からあおく透き通るような輝きを持つ片手剣が顕現けんげんする。


 右手に握られた一本のつるぎ

 敵をほふるための武器でありながら、神秘的な輝きを内包したそれは何処か神々しさすら感じられた。

 

「……蒼銀ミスリルの武器。それがイグバール、お前の先天属性――――『模造もぞう』か」


 ミスリルといえばファンタジーでお馴染みの金属だが、この世界のミスリルは『蒼銀そうぎん』とも呼ばれる特殊な金属。


 ミスリルを素材に作られた武具は鋼鉄より遥かに軽く強度があり、魔力への高い親和性により魔力による強化を補助し、さらなる力を発揮することが可能だ。

 また、魔導具作成にも欠かせない貴重な金属であり、高価な値段で取引されている。


「『模造もぞう』……その物を構成する素材と構造を理解した物体なら、魔力によって寸分違わず同じ物を作れると聞いていたが……」

「おう、知ってたか。ま、こう見えてオレも第三席だからな。そこそこは有名か」


 いや、めちゃくちゃ本に書いてあったぞ。

 ……ファンブックみたいなヤツだけど。


「ま、ミスリルの剣といえば聞こえはいいが、所詮これは偽物だ。模造品といった方がいいか? まあ、そこはどっちでもいい。ヴァニタスの言う通りオレの『模造』は大抵のものは作り出せるが、総じて本物よりは劣化するし、武具でいえば魔物素材で出来た特殊なものは無理だ。しかも質量のデカいものを作るには相当の魔力が必要になる。こうやって用途に応じてパッと作り出す分には便利だがな。あー、そうだ。いちいちミスリルの剣を『模造』する必要はなかったか。――――模造兵装・偽鉄剣」


 『いつもの癖でやっちまった』と作り出したミスリルの剣を軽く放り投げるイグバール。


 空中に舞う剣は空気に溶けるようにして消えていき、次に作り出したのは鈍い灰色の鉄のつるぎだった。


 貴重なミスリルの武具ですら使い捨てか……見る者が見ればそんな扱いをするなと激怒するほどに乱暴な扱いだな。

 だがそれも『模造』によって魔力の続く限り武具を作り出せるが故のこと。


 贅沢ぜいたくな使い方だが、それがイグバールのスタイルでもあるということか。


 イグバールは肩に鉄の剣を担ぎ訓練場の端へと歩いていく。


「ヴァニタス、これ切っていいのか?」


 指さした先にあるのは大岩。

 屋敷に元々あったものではなく、魔法訓練の的代わりに用意した硬い鉱石の塊のようなもの。


 流石に学園の魔法訓練場にある特別製の的よりは遥かに脆いが、それでも初級の汎用魔法程度では傷一つつかない。


 ……鉄の剣でこれを切る?

 イグバールの握る剣は至って普通であり特別なところは見受けられない。


 それどころか先程のミスリル製の剣の神々しさにも似た迫力と比べれば何処にでもあるようなありふれた武器。

 浅い傷はついたとしても切れることはないのでは?


 だが、結果から見れば僕の杞憂きゆうなどちりのようなものだった。


「……ああ、構わない」

「じゃ、遠慮なく…………――――ッ」


 上段に構えた剣が瞬く間に振り下ろされる。


 辛うじて目で追える速度。

 まるですり抜けるようにして剣は大岩を通り過ぎる。


「これはっ……!?」

「驚いたな。元Sランク冒険者、いやこれが現役の宮廷魔法師の力か……」

「スゴイ! スゴイ!」


 一拍遅れてズレる切り口。

 断面は硬い鉱石を切り裂いたとは思えないほど滑らかであり、イグバールの技量の高さを雄弁ゆうべんに物語っていた。


 脱力しきった状態からあれほどの威力を繰り出すとはな。

 ……というよりいまいつ魔力強化をしたんだ?


 剣を構えた時には魔力による強化をしていなかったはずだ。

 なら衝突インパクトの瞬間、刹那の時だけ剣を強化したとでも……。


「クリスティナ、お前は難しく考えすぎだ。強張こわばった体は必要以上のりきみを生む。もっと気楽にやれ。それぐらいがお前には丁度いい」


 最小限の力で最大の威力を発揮する。

 ハベルメシアを上回るという実力をイグバールは剣の一振りだけで僕たちに見せつけていた。











や、やっと書けた。

書くべき場面はわかっているのに全っ然書けませんでした。

遅れて申し訳ないです。


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