第百十六話 話題の店とらーちゃん
「……マユレリカ、一体アレはどういうことなんだ? ……説明、してくれるよな」
目の前に広がる光景に思わず目を疑う。
僕は疑問を解消すべく隣であわあわと口元を抑えていたマユレリカを静かに問い
視線は激しく泳ぎ、頬には一筋の汗。
彼女は
「ちょっ、ちょっとお待ちになって下さいヴァニタスさん! ヴァニタスさんは……その……誤解しています! アレは、アレはそう単なる――――でして……」
「言い訳はいい。マユレリカ……アレがどういう物か僕がわからないとでも思うのか。というかそもそもお前――――」
時は久しぶりに登校した魔法学園の放課後まで
帝都に帰ってきて数日。
魔法学園へは実に二週間と少し振りの登校になる。
変わらず
丁度ラルフに課した宿題の成果も確認したかったこともあり、相変わらずオドオドとする彼にも声を掛け教室の外を歩く。
しかし……。
「……ねぇ、いい加減見てるだけじゃなく聞いてきたら? 本当に竜を殺したのかって」
「え!? い、嫌だよ! ヴァニタス……様は侯爵家の嫡男でしょ? 同じ貴族でも僕なんかが聞きにいったら怒られちゃうよ」
「でもあんたって竜殺しの英雄に憧れてたんでしょ? いいじゃん、せっかくの機会だし聞いてきなよ」
「で、でも……その怖い噂もあるし」
「も〜、そんなこと言ってたらなにも始まらないでしょ。帝国を脅かす邪竜を殺したなんて大それたこと、本当に真実なのか確かめなくていいの? ま、皇女様が言ってるんだから実際に起こったことなのは確定なんだろうけど、でも……自分でも確かめたいんでしょ?」
「う、うん……でも……」
登校中も思ったがこちらを遠巻きに観察してくる連中が多い。
授業の合間、休み時間の間にも教室の外に群がっていたが、放課後になってさらに数が増えたようにも思う。
積極的に接触してこないのを見ると、やはり僕に関する悪い噂が消えていないからなのかとも推測出来るが……少し騒々しいな。
という訳で訓練場には到着したものの、
切り札はともかく普段の鍛錬風景を見られても別に構わないのだが、肝心の宿題を見るはずのラルフは意図せず集まった大勢の人に緊張していて、とても成果を披露できる状態ではない。
そんな中、クリスティナとヒルデガルドの模擬戦に
「……そういえば貴方の婚約者ですが、最近立ち上げた商会、もとい開店した店がかなり
「そうなのか?」
「知らないのですか? 婚約者なのに?」
勝ち誇ったようにニヤつくイルザ。
何なんだそのドヤ顔は。
「……ああ、
「ええ、いまや帝都中で話題ですよ。彼女の地道な根回しのお陰もあるのでしょうが、貴族も平民もかなりの客が店に詰め掛けているようです」
「ほう」
「なにより『私はっ』行けなかったですが、皇帝陛下の直轄領では大量の商品を入荷したようですしね。封印の森で採取出来た素材ともなればどれも貴重な品物なのは確実。しかも彼女も貴方についていく形にはなりますが、ラゼリア皇女殿下に誘われて旅に同行した身。ある意味皇族の方からのお墨付きもいただいている。それは話題にもなりますよ」
わざわざ『私はっ』と強調するなんて余程僕たちについてきたかったんだな……。
だがあの素材の山か。
持参した大量の
確かにあれの一部でも売り出すとなると話題にもなるだろう。
一応マユレリカには資金が欲しいこともあり僕たちの分の素材の管理も任せていた。
……どうなっているのかは多少気になるところだ。
「それとマユレリカの店では貴族向けの品物よりも、特に平民向けの品物を主力商品として取り扱っているようですね。それもあって客層は幅広く、帝都の
なるほど。
マユレリカは僕と主人公面との決闘の間も貴族への挨拶回りをしていたが、一方で商人の家系でもあるからか平民に対する偏見のようなものはない。
上手くどちらからも稼げるように立ち回っているということか。
……となると思い付くのは一つ。
「なら行ってみるか」
馬車に揺られること数十分。
イルザの案内でやってきたのは帝都の南門近くの
僕たちの乗った馬車は帝都の住民で賑わう市場を横目に、住宅街をゆったりと走る。
メンバーは僕とクリスティナ、ラパーナ、イルザ、さらに珍しく彼女の親友である何事にも無気力なユーディを加えた五人。
ヒルデガルドとハベルメシアは不在だった。
彼女たち、特にヒルデガルドは邪竜戦の際に得た新しい力を鍛錬するのに全力を注いでいて、ハベルメシアはその付き添いをしてくれている。
もっともハベルメシアに関しては、最近になって苦手になった馬車を避けているだけのような気もするが……真実はわからない。
来なかったメンバーといえばラルフも誘ったのだが、彼はまだ宿題に関して自信がないのかもう少し魔法の練習をしたいと断られた。
熱心なのはいいが根を詰めすぎなければいいのだが……。
それとなく体調には注意するように言ってみたが、虚ろに礼を言われるだけで聞いているのかいないのか。
まあ、取り敢えずは調子を崩さなければそれでいい。
遠巻きに見てくる連中が減れば宿題を披露してくれる時もいずれくるだろう。
それを楽しみにしていよう。
「この先、ですね」
そうして見えてきたマユレリカの商店はイルザの言う通りかなり繁盛しているように見えた。
思ったより店舗が大きい。
二階建ての紫を基調とした巨大な店舗は、周囲から浮くぐらいの目立つ装飾が施され、特徴的な看板が――――。
「ちょっと待て……プ、プリティマユレリカ……だと?」
「ええ、フフ、プリティマユレリカはいま帝都で一番話題の店、ですね」
イルザが驚く僕を見て嬉しそうに笑っている。
コイツ……さてはこの名前のことを知りながら黙っていたな。
それにしても……マユレリカのやつ、自分の店にとんでもない名前をつけるな。
……これ本当にマユレリカの店なのか。
いやマユレリカと付いているのだから彼女の店に間違いはないか。
……僕も予想外のことに混乱しているな。
しかし、店名はともかく多くの人でごった返しているのは事実。
特に一階の店先には押し寄せる人々で行列が出来ており、店の従業員と思わしき者たちが必死に整理している姿が見える。
イルザの言う通り行列にはチラホラと魔法学園の学生の姿もあり、冒険者から貴族らしき者まで客層は幅広く老若男女が揃っていた。
いや、若干子供、親子連れが多いか?
「あ〜、お待ちになって下さいまし! 列を乱さないようお願いしますわ! そう、前の方を押さないように! 商品はまだまだご用意があります! ですから慌てる必要はございませんわ!」
何処からか聞き慣れた声が聞こえる。
視線を向ければそこには客たちの列を制御しようと
僕たちは馬車を降り、忙しいながらも一息ついたらしい彼女へと挨拶する。
「――――
「ヴァ、ヴァニタスさん!? それにクリスティナさんたちまで、な、何故こちらに!?」
何をそんなに慌てているんだ?
背後から声をかけた僕も悪いだろうが、まるで幽霊でも見たかのように目を見開いて驚くマユレリカに、こちらが逆に驚かされる。
「……いや、最近開店した店が話題になっていると小耳に挟んでな。様子を見に来た。それに
「そ、そうですか」
「……どうした? そんなに慌てて。僕たちがくると何か不都合なことでもあったか?」
「な、何も! 何もありませんことよ! ヴァニタスさん、いえ、皆さんが気にかけるようなことは何もありません!!」
怪しい。
怪しすぎる。
心なしか僕たちの視界を遮るようにして背後に
必死に否定する様はいつもの冷静さはなく、身振り手振りもまったく落ち着きがなかった。
そんな中、マユレリカに足止めされている僕らを尻目に店へと走っていく子供たち。
「ねー、お姉ちゃん待ってよぉ」
「待たないィ! だって今日はらーちゃんがくる日なんだよ〜」
らーちゃん?
無邪気に話す呼び名に違和感を覚える。
一体何の事だ?
「ヴァ、ヴァニタスさん! こ、ここでお話を続けるのも失礼ですから、良かったら二階にどうでしょうか? 二階は特別な方専用の落ち着いたスペースになっていましてよ! さぁ! さあ! どうぞ!」
強引に腕を引っ張られる。
是が非でもこの場から立ち去りたい、そんな心情が透けて見えるほどの不自然な行動。
しかし……。
「僕は別にここで構わないが?」
「ええ!? いえ、ダメですわ! ここに居たららーちゃんが……」
だかららーちゃんって何なんだ。
マユレリカが必死に隠す存在。
……妙に気になる。
そしてその勘は的中していた。
「わぁー、らーちゃんだぁ!」
「らーちゃん! かわいい! かわいい!」
「ねぇねぇ、こっち向いて! らーちゃん! こっち〜!」
マユレリカと押し問答を続ける中、集まった人々を掻き分けそれは現れた。
「ああ!? ダメですわ!」
ずんぐりむっくりな体型。
二メートルを超える丸みを帯びた体は真っ黒でふわふわな毛で覆われている。
頭からは二つの特徴的な長い耳が高く伸び、真っ赤な瞳が愛くるしさをさらに強調していた。
兎だ。
可愛らしくデフォルメされた黒い兎の着ぐるみが、よたよたと二足歩行で歩き、群がる子供たちを歓迎している。
姿形こそまったく似ていないがアレは……。
「……マユレリカ、一体アレはどういうことなんだ? ……説明、してくれるよな」
そうして話は冒頭に戻る。
「そもそもお前……許可を取ったのか。明らかにアレは――――」
「誤解ですわ! 誤解です! アレは……らーちゃんは決して誰かをモデルにしてなんて作っておりませんわ! 確かに! 黒兎の愛くるしい我が商会のマスコットですが、断じて! 断じて……その……ラパーナさんとは関係のない……はい、関係ありませんわ……」
自分でも後ろめたい気持ちがあるんじゃないか。
段々語気が弱まっているぞ。
デフォルメされた黒い兎の着ぐるみ。
確かに体型は似ても似つかない。
だがマユレリカがラパーナと親密なのは周知の事実。
それなのにまるっきりどこからどう見ても黒い兎であり、さらには名前までらーちゃんなんて……露骨過ぎるだろ。
ラパーナがモデルなのは明白。
しかもだ。
買い物を済ませた客たちをよくよく観察してみれば、両手に抱えるようにしてあの黒兎を模したぬいぐるみを抱えている。
「友人を商売の道具にするとはな……。ついに行き着くところまでいったのか……。残念だよ、マユレリカ。見ろ、ラパーナを」
「………………最悪」
生気のないジト目でマユレリカを見るラパーナ。
普段から何事にも消極的気味で、感情をあまり
「彼女の前でも言い訳出来るのか? ん?」
「うぅ……ラパーナさん、申し訳ありませんわぁ」
「…………」
「ああ、避けないでぇ」
非を認め縋り付くマユレリカをすっと一歩後ろに下がり躱すラパーナ。
まったく、あれは大分嫌われたな。
機嫌を直すのが大変だぞ。
だが僕たちは知らなかった。
これはまだ真の驚愕ではなかったことを。
マユレリカの隠したかったものは他にもあった。
「あ〜、マユレリカお姉ちゃんだぁ! 何してあそんでるのぉ? ねぇ、まゆゆやってよぉ!」
「…………まゆ、ゆ?」
遅くなりすみません。
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