第百十五話 ドMメイドの焦がれし日常
……足りない。
身をよじるような熱が足りない。
張り裂け胸をつくときめきが足りない。
わたしの胸にはいまぽっかりと埋められない穴が空いていた。
そう、いまのわたしの状態を端的に表すのなら、刺激が足りないその一言だった。
リンドブルム家に仕える
「はぁ〜〜、御主人様早く帰ってこないかな……」
深い溜め息と共に思い焦がれるのは御主人様のこと。
御主人様、ヴァニタス様はいまラゼリア皇女殿下に連れられて封印の森へと旅立ってしまわれていた。
鍛錬と静養のための旅。
でも、せっかく決死の嘆願の末にハーソムニアのエルンスト様のお屋敷から、帝都のお屋敷へと配置替えをしていただいたというのにあまりにも早い別れ。
いま、お屋敷に勤めるほとんどの使用人は休暇をいただいている。
これも御主人様の長期の不在に合わせて執事長のユルゲン様が手配した結果だった。
勿論お屋敷からも御主人様の旅路に同行する使用人はいる。
しかし、今回の旅路はラゼリア皇女殿下のお誘いによって実現したもの。
そのため現地に
希望者多数の抽選は
だが、結果は
休暇をいただいても良かったのだが、リンドブルム領から
それに、屋敷を綺麗に保ち主人の帰りを待つのもメイドの務め。
ひたすら無心で掃除へと精を出す。
ああ、でも……日が経つほどに
あの日常が懐かしい。
同僚のメイドたちとの激しい競争に打ち勝ち、至福の時間を味わうあの時間が――――。
わたしは
そして……ついにその時は訪れる。
「「「「「お帰りなさいませ、御主人様」」」」」
「ああ、わざわざ出迎えご苦労……」
漆黒の瞳が一同に揃ったわたしたちメイドを見渡す。
……少しお疲れ気味なのだろうか。
お屋敷に帰られた御主人様は、普段纏う張り詰めた空気はなく、どことなく表情も陰って見えた。
ああ、でも御主人様。
ついに、ついにご帰還なされたのですね。
……わたしは陰ながら動き出す。
この機会を逃してはいけなかった。
御主人様を狙う
しかし、わたしはここで一歩も引く気はない。
ああ、もういまから待ち遠しい。
逸る気持ちがわたしを突き動かす。
「……御主人様、失礼します」
「ああ」
ノックの音に即座に返ってくる短い返事。
音を立てず極力気配を消して部屋へと入る。
そこには執務室の椅子に座り、何かの読み物に
机の脇には手紙の束。
これは御主人様の帝都へのご帰還を知った他家の貴族、また商人など帝都の有力者たちから送られたものだった。
丁寧に
本来このような手紙は各家の責任者たる当主に送られるものがほとんどで、一学生のはずの御主人様に送られることはないはずだった。
しかし、事実御主人様の元には帝都に帰還して早々手紙が殺到している。
ユルゲン様のお言葉では中には帝都に来て日の浅いわたしでも耳にしたことのあるような御方のものもあるとか。
それは御主人様が徐々に、でも確実に評価され始めているということ。
フフフ、ああ、なんて素晴らしいことなのでしょう。
御主人様の魅力があまねく帝国に広まることになるなんて。
わたしに新たな世界を教えて下さった方の名声が高まるのは、得も言われぬ嬉しさがあった。
……でもわたしが本当に欲しいものは名声からくるものではない。
わたしは……御主人様に……。
と、いけない。
入口で立ち止まっていては御主人様に怪しまれてしまう。
「お紅茶をお持ちしました」
「……ああ、ありがとう」
こちらを
視線は常に手元の本へと注がれていて離れることはない。
しかし、そのお声は優しい響きを纏っており、リラックスされているのが窺える。
フフフ……チャンス、ですね。
やはり他の
カチャリと、カップの置かれた
「……んっ、美味いな」
御主人様がちらりと漏らしたお言葉は、仕える者にとってとても甘美な褒め言葉。
手ずからご用意させていただいた身としては心踊る時間。
しかし……いまのわたしにはそれだけでは足りない。
まだ埋められない穴がわたしの胸には空いている。
だからこそ。
「…………ふぅ……んっ……」
フフフ、これこそ
手元の本へと視線を落とす御主人様の視界にわたしは入っていない。
しかし、わたしの度重なる観察と調査ではこの位置こそ、この位置こそ最適な場所のはず。
御主人様は無意識にメイドの
ですが!
実際は御主人様が手を伸ばされる範囲は決まっている。
近くも遠くもなく、かといって速く
無防備な、それこそ油断の滲む隙のある
散りゆく花弁の如し揺れ動くわたしのお尻。
さあ、さあいまこそ!
瞬間、擦れるような布切れの音が執務室に――――。
「お、おほぉっ」
コレェ、コレを待っていたのぉ!
走る甘い刺激。
微かな痛みと癖になる圧迫感のマリアージュ。
御主人様の御手がわたしのお尻を
そうコレよ!
この高鳴る痛みがないとわたしはっ!
「……僕が悪かった。だから……その奇声はやめろ」
「……そう……でしょうか……何か失礼なことでも……? んふっ」
「ベティーナ……お前な。……確かに無意識だとしても突然尻を掴んだ僕が悪い。だがな――――」
「ハァ、ハァ、何を、おっしゃるのですか。御主人様が悪いなどと……ハァ、ハァ……」
「……息を荒げるのもやめろ」
「ハァ、ハァ……んっ……あぁ……ゴホン。……息を荒らげてなどおりません。至って……んっ……普通です。ですが……御主人様がもしご不快に感じられたのなら…………お仕置き……しますか?」
「む」
わたしの提案に御主人様が一瞬たじろぐ。
漆黒の瞳がわたしを冷ややかに見詰めていた。
ああ、そんな!
そんなことって!
わたしは思わぬご褒美に我慢出来ず、
メイドたるこの身が
どうしても!
この想いを抑えきれずに!
「存じております! 毎夜の如く行われるハベルメシア様への調教、もといお仕置きという名のご褒美! 皇帝陛下の直轄領たる封印の森でも、御主人様は一切の
「…………」
「いまだわたしは寝室にお呼ばれしてはおりませんが……グヘヘ、御主人様さえよろしければこのベティーナ、いつでもご要望にお答えする用意が……」
おっと、はしたない。
思わず興奮して
すると、御主人様が『それで
あ、いい匂い。
「うむ……取り敢えず出ていけ」
「きゃっ」
……少しはしゃぎすぎましたね。
わたしは御主人様から放り出された部屋の外で、冷たい床に這い
ああ、つい御主人様の前ではしたなく欲望を
でも……御主人様はやはりわたしの運命の御主人様。
床の冷たさも御主人様からの
寧ろひんやりとした冷たさが火照った体を程よく冷却してくれて、改めて御主人様の優しさを感じる。
「まだ……まだよ、ベティーナ。まだチャンスはある。待っていて下さい御主人様! 次こそは、次こそは必ず御主人様のお眼鏡に叶うよう自分を磨いてみせます! 御主人様の御手をさらに誘う動きをマスターし、より一層の高みを追求してみせます! あの刺激を、わたしの心を埋めて下さる唯一のものをもう一度得るためにも! ああ、なんて待ち遠しいの!」
わたしは決意を新たに胸を高鳴らせた。
お尻にはまだあの時の甘い刺激が微かに残っていた。
しかし……ほどなくして御主人様の執務室に
「そんな……何故なのですか御主人様! でも……わたしは諦めません! いつか、いつかは御主人様から
第百十一話のアンヘルくんとレクトールの会話部分を修正させていただきました。一度お話の最後の部分だけを変更しご連絡もさせていただいたのですが、中盤の会話の流れ、及び言葉の選び方も少しおかしいなと思い直しまして、再度全体を見直し修正させていただきました。
大まかな流れは変わっていませんが、色々と手直しさせていただいたので、よろしければ目を通していただけると幸いです。
毎度ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。拙く間違えも多い作品ですが、これからもどうかよろしくお願いします。
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