第百十七話 魔法少女まゆゆ


「…………まゆ、ゆ?」


 ラパーナの足元に縋り付きうっすらと目尻に涙を浮かべたマユレリカ。

 普段の彼女から比べれば醜態しゅうたいとも言える姿だが、どうやら子供たちには遊んでいるように映ったらしい。


 舌っ足らずな声で容赦なく『まゆゆ』とやらを頼んでいた。


 ……悪意のない純粋な心は時に最も残酷なのかもしれない。


 『まゆゆ』の単語を耳にした時のマユレリカは、まるでこの世の終わりでも目撃したかのように顔色を真っ青にしてビクリと肩を震わせていた。


 それにしても『まゆゆ』だと……?

 また新しい何かか。

 

「あ、いや……それは……」

「ねぇマユレリカお姉ちゃん! おねがぁい、まゆゆやってよぉ」

「うっ……その……今日まゆゆはお休みで……」

「エーーッ! ヤダヤダまゆゆやってくれなきゃヤダぁ!」


 駄々をこねる子供たちに気圧されたじろぐマユレリカ。


 彼女は背後にいる僕たちの様子をチラチラと眺めつつ、やんわりと子供たちの要請を断り続ける。

 というかやたらと僕たちの視線を気にしている。


「ヴァ、ヴァニタスさんたちはその……先に二階に上がっていて下さいませんこと? わたくしは少しこの子たちと用がありまして……。の、のちほど! のちほど必ず事情を説明に伺いますっ! ですからっ!」


 どうやらマユレリカとしてはどうしても僕たちにはこの場に居て欲しくないらしい。

 必死に、それこそ誠心誠意せいしんせいい、心を籠めて僕たちへと懇願こんがんする。


 だから僕は彼女の肩を叩きこう言った。


「大丈夫だ、マユレリカ。僕たちは後ろを向いているから存分に『まゆゆ』? とやらをやってくれ」

「う…………まゆゆをヴァニタスさんたちの前で……そんなこと……」

「子供たちの期待を裏切る訳にはいかないだろう? あんなに熱心に頼み込んでいるんだ。ここで『まゆゆ』? を披露しないなんて彼女たちを悲しませてしまうと思わないか?」

「…………で、ですがっ……」


 マユレリカの弱々しい視線が僕とラパーナに赦しを求めていた。


 だが引く気はない。

 なによりクリスティナの後ろに隠れたムスッとした顔のラパーナのことを思えば、ここでマユレリカのさらなる隠し事をあばかない訳にはいかないだろう。


 フ、それに事情は後できっちり吐かせるとして、僕たちに色々秘密を抱えたまま動いていたようだしな。

 少しは反省して貰わないと。


「……いいよな? ラパーナ」

「…………うん。反省して」

「ああ、ラパーナさん、ご無体な、どうか! どうか許して下さいまし!」

「…………ふっ……ダメ」


 ほら、ラパーナ彼女も同意してくれている。


 といっても彼女も軽蔑の眼差しこそ浮かべているものの、本心から激怒している訳ではない。

 あれだけ自分に、そううっとおしいほどに構ってきていた友人の不義理に、ちょっとだけ不機嫌になっているだけだ。


 故に、いまはもう子供たちに『まゆゆ』コールをされてひたすら困り顔を浮かべるマユレリカが、らーちゃん以上にどんな特大な隠し事をしていたのかの方に関心が移っている。


 しかし、それはそれとして怒っているアピールを続けているのは、滅多に見られないマユレリカの醜態しゅうたいがちょっと面白いからなのかもしれない。


 フ、隠れてニヤけるんじゃないラパーナ。

 クリスティナの後ろでマユレリカからは見えないと思っているんだろうが、こっちからは丸見えだぞ。

 

「うぅ……絶対に後ろを向いていて下さる訳ありませんわぁ」

「やれ」「やって」

「…………はい、わかりました」


 僕たちの優しい提案に快く頷くマユレリカ。


 しくしくと悲しむ彼女は騒ぎを聞きつけてますます集まる注目の中、腰の魔法鞄マジックバッグから綺羅びやかな装飾の施されたティアラとステッキを取り出す。


 ……ステッキか、魔法使いの中には魔法を補助するための杖を携帯する者もいるが……いま必要なのか?


「「「せーっの! マユレリカお姉ちゃん、がんばってぇーー!」」」


 子供たちの声援がいつの間にかマユレリカを中心として扇型に集まっていた多くの人々へと響き渡る。


 ……何処からこんな人数が現れた?

 半円状に集まった群衆は、どう少なく見積もっても行列に並んでいた人々より遥かに多い。


 いや行列に並ぶ人々もいつの間にかこっちに来ている?

 

 集まった群衆には子供も大人も、貴族らしい男性も、平民の女児も、冒険者っぽい男女も、魔法学園の学生も……何故かワクワクとした顔をした僕たちのクラスの担任教師であるフロロ先生までもが揃っていた。


 え? 一体どうなってるんだ?


「主様、この突然の人集りは一体……少し異様ではないですか?」


 事態の成り行きをもくして見守っていたクリスティナすらも困惑していた。


 あまりにも、そうあまりにも期待が高まっていた。


「あ〜〜〜うぅ〜〜〜、もうこうなってしまっては仕方ありませんわ!」


 それをさらなるプレッシャーへと感じたのか、意を決したマユレリカはティアラを頭上にセットすると、手元でクルクルと水晶杖ステッキを回転させる。


 手慣れていた。

 淀みない動作はこれまで何度となく同じ動きを続けていたことの証左しょうさだった。


 そして、まるでスイッチでも入ったかのように一瞬で何かが切り替わる。

 さっきまでラパーナに拒絶されくしゃくしゃに崩れていた顔が、見る間に真剣で笑顔溢れる少女の顔に。


「――――蔓延はびこる悪はこのわたくしが許しませんことよ! トュルルルルルルルン⤴ エーイッ! 魔法少女まゆゆ、ここに見参ですわ!」

「まゆゆーー!」「まゆゆ、スゴーイ!」「やったぁ、まゆゆだぁ!」

「悪い子は……殲滅しちゃいますわよ♪」


 一切聞いたことのない甲高い猫撫で声。

 人差し指を群衆に向けてでくるくると回した後、自分の頬を指す決めポーズ。


 『まゆゆ』を中心に声援が飛び交う。

 みなが『まゆゆ』に夢中であり、彼女の振り回す水晶杖ステッキを模した光る短棒ペンライトを手元で激しく振って応援していた。


 オイ、光量こそ弱いがそれも立派な魔導具マジックアイテムの一種だろ!


 何故大人子供関係なく全員が常備している!?

 というかどっから光る短棒ペンライトを出してきたんだ!?

 いままでそんなもの持っていなかっただろうが!


「まゆゆーー!!」「まゆゆ、最高!」「まゆゆこそ俺の生きる希望だ!」「まゆゆしかオレには居ねぇ! 他には何もいらねぇ!」「一生応援させてくれーー!!」


 重い。

 『まゆゆ』に対する熱量が違う。

 最前列の子供たちに紛れて熱狂的な大人たちが何人かいる。


 彼らはこれまた何処から取り出したのか、マユレリカの髪色でもある菫色すみれいろの装束を身に纏い、両手に握った光る短棒ペンライトで鮮やかな軌跡を映し出す。


「まゆゆー、あれやってぇ! あれ!」


 渦巻く熱狂の中で子供たちからのリクエスト。

 当然『まゆゆ』は一ミリも迷わず断らない。


 片手で握った水晶杖ステッキを空高くへと掲げると……。


「まゆゆビーム!」


 ちょっと待て!!

 マユレリカ、お前変な独自魔法を作るんじゃない!


 恐らくマユレリカの先天属性『宵闇』により繰り出された黒色の光線。

 空をひたすら斜めに突き進む光線の威力までは窺い知れないが、あんなもの封印の森でも一度も見たことがないぞ。


 何だあれ、『まゆゆ』状態の専用魔法か!?


 というかこんな帝都の街中で魔法を放つなんて、騎士団に見つかったりでもすれば最悪捕縛されて……。


「「「ま・ゆ・ゆ! ま・ゆ・ゆ! ま・ゆ・ゆ!」」」


 ……何故騎士団の連中まで混ざっている。

 群衆の中にあって規律正しく応援する甲冑姿の連中。

 無駄に統率が取れているのがまた一層ムカつく。


 いや、目の前で子供たちのリクエスト通りまゆゆビーム攻撃魔法? を連発するまゆゆを捕まえなくていいのか?

 何故一緒になって応援する?

 何故お前たちも光る短棒ペンライトを持参している? 


 呆気にとられる僕たちの前で『まゆゆ』を中心とした熱狂の渦ステージは延々と続いた。


 いつ終わるとも予想もつかない宴。


 いつしか日もすっかり落ちた夕方。

 群衆たちはすっかり満足したのかバラバラに散っていく。


「あ〜、今日のまゆゆも最高だったな〜。ヨシ! 明日も頑張ろう!」

「マユレリカお姉ちゃん、またまゆゆやってねぇ! じゃあまた明日! さよなら〜!」

「今日もいいステージだった。……しかし、これが帝都だけのブームなんて勿体無いな。ううむ、次はエルフの友人も誘ってみるか。ああ、そうだ、まゆゆグッズももっと広めないと。忙しくなるぞ!」


 思い思いの感想を言いつつ足取り軽く去っていく群衆たち。


 程なくしてすべてを終えたマユレリカは地面に突っ伏し僕たちの面前で心情を吐露していた。


「うぅ……こんな辱め……いっそ殺して下さいまし……」


 あまりにも哀れな一人の少女の姿がここにあった。











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