第百十三話 謝罪と彼の帰還


「……身構える必要はありませんよ。私は貴方たちに危害を加えるつもりはありません」

「スプリングフィールド様……四大公爵家の……」

「マジかよ……大物すぎるだろ……」


 微笑びしょうと共に優しく声を掛けてくれるリーズリーネさんに、テオバルトくんとレクトール、二人して目を丸くして驚愕していた。

 え……そんなにすごい人なの?


「馬鹿っ……公爵家ってことはヴァニタスのリンドブルム家より爵位が上ってことだよ。貴族たちの頂点、皇帝陛下の次に偉い人たちのことだ。いい加減それぐらい覚えろ」

「ええ!?」


 器用に怒鳴りながらも小声で公爵家について耳打ちしてくれたレクトールに頭を軽く叩かれた。


 でも痛みより驚きがまさっていた。

 ヴァニタスくんの家より爵位が上……そんな生徒が学園に居たんだ……。


「……ヴァニタス・リンドブルム。そうですね。我が公爵家は彼の侯爵家よりは爵位の上では上位に当たります」

「……スプリングフィールド様は確か公爵家の次女で学園の二年生、でしたよね」

「ご存じでしたか……まあ、公爵家ともなると良くも悪くも有名でしょうから仕方ありませんね」


 やれやれと呆れた様子で首を振るリーズリーネさん、いや一つ学年が上だからリーズリーネ先輩か。

 でも貴族の中でも上位の貴族のはずなのに、彼女は俺たちのような平民にも至って普通の態度だった。


 ……生徒たちを仲裁する生徒会に所属しているのも関係あるのかな。

 さっきの上級生たちの態度とは雲泥うんでいの差だ。


「先程現場から逃げ出した上級生にはこちらで厳重に注意しておきます。場合によっては彼らの親御さんにも連絡し反省を促すこととします。同じ学園の生徒、ましてや下級生に手を上げることなど許されることではありませんからね」

「は、はい! ありがとうございます!」

「彼らの処分は貴方たちには関係ない、きちんとそのように処理して置きますので安心して下さい。それと、今後貴方たち、というより他の生徒には手を出さないように私からも念を押しておくことをお約束します。ですが……彼らが態度を改めるかどうかは難しいでしょう。暴走することはないとは思いますが……一応貴方たちも注意だけはしておいて下さい。また何かあれば生徒会を頼っていただければ力になれるでしょう。遠慮なく声を掛けて下さい」

「は、はい!」

「魔法学園は貴族と平民の軋轢あつれきを埋めるため日々尽力しています。我々生徒会もその一助いちじょとなるべく動いている。しかし、それでもいまだ両者の溝は深い。はぁ……下級生に暴力を振るうなど何故このような無益なことを仕出かすのか。……嘆かわしいことです」


 リーズリーネ先輩は彼らと同じ貴族のはずだけど、本心から彼らのことを軽蔑けいべつしているようだった。


 ……上位の貴族にもこんな風に考えている人がいるんだ。


 テオバルトくんに絡んでいた上級生三人の行く末も聞き、話は終わったかと思っていた。

 でもリーズリーネ先輩はまだ何か話したそうに俺の方を向く。


 え? 俺?


「それと一つ。……確かアンヘル君と言いましたね」

「えっと……俺の名前を……?」

「ヴァニタス・リンドブルムとの決闘は記憶に新しいですから。それにあれほど学園内で話題になれば対戦相手の貴方のことも知っていて当然です」

「は、はぁ……光栄? です」

「公爵家の者だからといってかしこまる必要はありませんよ。私も貴方たちと同じゼンフッド帝立魔法学園に通う一学生に過ぎませんから。単に先輩として扱っていただければそれで構いません。ところで……私は貴方に謝らないといけません」

「……え?」


 目の前で申し訳なさそうに頭を下げるリーズリーネさん。


 えっと公爵家ってスゴク偉いんだよね!?

 ちょ、ちょっと、頭が追いつかないんですけど!?


 横を見ればレクトールもテオバルトくんも慌てている。

 なんだったらリーズリーネ先輩が引き連れてきた生徒会の人たちも厳しい視線でこちらを睨んでいる。


 えっと、コレもしかして不味い状況?


 しかし、リーズリーネ先輩は焦る俺たちなど関係ないと言わんばかりに神妙そうな面持ちで切り出す。


「謝罪します。私は貴方を見縊みくびっていました。いえ、貴方はもっと……端的にいえば暴走するだけの考えなしかと誤解していました」

「…………」


 ええ〜、面と向かって何を言い出すの、この人!?


「身分が上の貴族。それも侯爵家のような上位貴族の奴隷を決闘にて欲するとは、実際は交際を申し込んだだけのようですが、余程の……その……浅慮せんりょな方かと。ですが最低限状況を判断する能力はあったようです。決闘での貴方は敗北こそすれ相当な力を有していました。それこそたとえ上級生相手でも貴方なら屈服させられたはず。それなのに安易に力に頼らず上手く時間稼ぎをしてあの状況に対処出来る者を待つとは……力に溺れた者ではこのような対応は出来ないでしょう」

「は、はぁ……その……たまたまです」

「そう、ですね。貴方さえ宜しければ……。いえ、失礼しました。私の一存で決められることではありませんね。それにヴァニタス・リンドブルムが帰ってこないことには話は進みませんから」


 突然公爵家の人に謝られるなんて急な展開だったけど、リーズリーネ先輩はその後至って普通な態度で生徒会の人たちを引き連れ去っていった。

 

 ま、まあ今後テオバルトくんや絡まれたという女子生徒がまた被害に合わなければそれでいい。

 リーズリーネ先輩が色々対処してくれると言っていたし、まだ警戒は必要だろうけど少しは安心は出来る、かな。


 それにしても……。


「リーズリーネ先輩って清楚そうな見た目の割に結構辛辣しんらつなんだな……。というかアンヘル、お前地味にめちゃくちゃけなされてなかったか?」

「う、うん。そう、かも……」


 レクトールのしみじみとした呟きには同意するしかない。


 取り敢えず言えることは……嵐のような時間だった。






 その後はリーズリーネ先輩の尽力のお陰か、予期された上級生たちの逆恨みの襲撃もなく、平和な時が訪れていた。


 そして、テオバルトくんがクラスのみんなに何か話をしてくれたのか、徐々にだけど挨拶を返してくれるようになった。


 まだ馴れない様子だし、人目のあるところでは依然として無視されることも多い。

 クラスメイト全員が友好的な訳じゃないけど、それでもまるっきり居ないものとして扱われるよりは断然いい。


「な、何だい……その変な視線は? ボクが何か特別なことをしたとでも? ば、馬鹿なっ……ボクはただのクラスの纏め役で……そんな力はないよ。……ただこの間の一件をクラスのみんなにありのまま話したぐらいだ。……ボクは別に何もしていない」


 テオバルトくんにお礼を言いにいったらこんなことを言われてしまった。


 照れ隠し、かな。


 でも助かったのは事実。

 彼は素直に受け取ってくれないだろうけど感謝の気持ちはきちんと伝えておいた。


 ああ、そうそうテオバルトくんが助けた女子生徒だけど、やっぱり彼女も同じクラスの一員だったみたい。

 後日事情を知った彼女からテオバルトくんと一緒にお礼の言葉を貰った。


 でも彼女を直接的に助けたのはテオバルトくんなんだけど……なんとなく釈然としなかったけど、いまにも泣き出しそうな表情の彼女に強く指摘するのは気が引けた。

 でも、そのことを相談したレクトールからも余計なことをしないで礼を受け取るだけでいいんだからそれでいいんだ! と力説されたのでこれで良かったんだと思う。


 ……なんかまた一段とレクトールからの遠慮みたいのが無くなったような気がするけど、どうだろう気のせい、かな。






 そうしてさらに一週間後。


 ついに彼は魔法学園へと帰ってきた。


 決闘で手も足も出ず完敗し、宮廷魔法師である師匠にも圧倒的な勝利を収めた彼は、今度は予想もつかないほどの功績をあげて。


「“邪悪殺しネファリアススレイヤー”……か。ヴァニタスくんには似合っている……のかな?」


 少なくとも彼にとっては踏み台でしかない。


 そんな印象の残る二つ名だった。










第百十一話の最後部分、レクトールの台詞がアンヘルくんの行動を助長しているように感じられたので若干修正しました。物語の本筋は変わりませんので気にならない方は続きをよろしくお願いします。


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