第百十二話 いまはまだ何もかも足りない


「しゃしゃり出てきやがってよぉ! お前があの女と同じクラスの生徒だか何だか知らねぇけど! 邪魔すんなって言ってんだよっ!」

ッ……」


 三人の上級生、しかも貴族の子息らしい生徒たちに再び殴られ地面へと倒れ込むテオバルトくん。

 だがそれでも彼は無抵抗であることを辞めない。


 会話の内容からしてテオバルトくんは同じクラスの女子生徒が上級生に絡まれているところを助けたのだろう。

 

 誰かを助けようとした者が不幸な目に合う。

 正しいことをしたはずの人が辛い想いをする。


 そんなものは――――間違ってる。


「あ? なんだお前? どっから出てきた?」

「……あ〜、これは変なところを見られちまったなぁ」

「まあまあ、あのさ。これはほら、後輩とのコミュニケーションの一環で――――。ん? おい、ちょっと待て。こいつ……この間の決闘騒ぎのヤツだろ?」

「あ〜、あのヴァニタス・リンドブルムに瞬殺された一年か!」


 突然の乱入者に一時的に暴行が止む。

 不味いところを見られたと彼らも少しは自覚があるらしい。


 その隙に三人の横を素通りして、倒れたままのテオバルトくんを抱き起こした。


「……大丈夫?」

「君は……何で来たんだ!?」

「何でって……君が殴られているのを見るのが辛かったから」

「だからって……ボクは君をいままで無視して来たんだぞ! いないものとして扱ってきた! それなのに……何故来たんだ。見なかったことにして通り過ぎればいいものを……」


 テオバルトくんが懺悔ざんげでもするかのように縋り付いてくる。

 でも悠長に話を続ける時間はない。


 上級生三人は俺がテオバルトくんを助けようとする姿すら気に食わなかったんだろう。


 意地の悪い視線を向けてくる。

 悪意の籠もった視線は刃物のように鋭くねばついていた。


 でもヴァニタスくんほど……怖くはない。


「で? ヴァニタス・リンドブルムに無様に負けたヤツが俺らに何の用だ?」

「お前の負けっぷりは見たぜ。たった一発魔法食らっただけで血だらけになるとはな。やわなヤツだな〜、お前」

「アンヘル君……」


 心配そうな眼差しでこちらを見上げるテオバルトくん。

 目線で大丈夫と合図を送る。


「ていうかマジで何しに来たわけ? ……もしかしてお友だちを助けるために俺らと戦おうっての?」

「あはは、じゃあ俺らも決闘を申し込まれちまうかもなぁ! あれだけ無様に負けたのに懲りないんだからどうしょうもねぇ奴だ。というか退学はどうしたんだよ退学は! 負けたら退学のはずが何のうのうと学園に居座ってんだよ!」


 ……決闘の結果のことを言われると返す言葉がない。

 居座っているのは事実だし。


「んん? おいおい顔をあげろよ。なんだ? 気にさわっちまったか? これは悪かったな。で……話は変わるんだが、俺は子爵家の三男なんだが……」

「ギャハハハ、お前、爵位持ち出すのは反則だろ。コイツは平民なんだぜ。逆らえるわけねぇだろ」

「あ〜あ、となると俺らも決闘を申し込まれちまうかな〜。確か前の決闘は奴隷の女が欲しかったんだっけ? 平民は何考えてるかわかんねぇよなぁ! 奴隷なんてそこら中にいるだろうに、たった一人の女のために決闘なんかするんだから!」

「……いや〜、でもよ。ここだけの話、ヴァニタスの奴隷ってマジで良い女らしいじゃねぇか。決闘してまで手に入れたいって気持ちはちょっとだけわかるぜ」

「ハァ? 何だお前気持ち悪りいな。奴隷なんてどれだけ美人だろうとけがれてるだろうが! 変なこと言い出すなよ、寒気がしたぞ」

「は、はは、スマン」

「二人して何騒いでんだよ。余計なお邪魔虫が寄ってくんだろうが。……で? 仕方ねぇからもう一回聞いてやる。決闘に負けた噂の一年坊主が俺らに何の用だ? 要件次第じゃお前だって……」


 何故だか険悪な雰囲気になった上級生たち。

 三人の内リーダーらしい目つきの鋭い生徒が警告してくる。


 でも、やるべきことは決まっていた。


「す…………」

「?」

「……み…………ん」

「……なんだよ。もっとはっきり言えよ」

「ゴニョゴニョと五月蝿えな。何だコイツ」


 一歩前に。


「な、何だよお前……やる気か?」


 狼狽うろたえて揺れる瞳を真っ直ぐに見る。


 そして――――頭を思いっきり下げた。


「すみませんでしたぁぁぁっ!!!!!!」

「イッ!? った……なんだコイツ急に大声出しやがって」

「あ〜、耳が痛てぇ」


 突然の近距離からの叫ぶような声に動揺しているのがわかる。

 でも畳み掛けるようにさらに何度も頭を下げた。


「本当にすみませんでした! 申し訳ありませんでした! 許して下さい!」

「……アンヘル……君……」


 背後でテオバルトくんが面食らったように驚いていた。


 それでも彼は関係ないとばかりに続ける。

 俺にはそれしか思いつかなかったから……。


「な、何だコイツ……」

「ご迷惑をお掛けしました! 誠に申し訳ございません! ここは穏便に! 何卒、何卒お願いします!」

「おい……こいつが大声で叫び出すから野次馬が集まって……」

「チッ、オイ、平民お前!」

「ホンっとすみません!  この通りです! 出来心できごころだったんです! 反省してます! 何かちょっとイケるかな〜、て! いまはちょびっとだけ後悔してます! 嘘です! 後悔はしてません!」

「っ……黙れってんだよ!」


 直角よりさらに下へと下げた頭に、振り下ろされた拳がぶつかる。


「ア、アンヘル君!」

「痛っ、何だコイツどんだけ石頭なんだよ!」

「硬くてすみません! 天性のものです! これだけが自慢です! 石頭って叩く時困りますよね! 今度柔らかくなるように頭の体操を入念にしておきます! 助言感謝です!」


 相手に話す隙間を無くすくらい。

 自分でも何を言っているのかわからなくなるくらいの連続した言葉の連なり。


 変な奴だと思われたかな?

 でもそれでいい。

 それぐらいに捉えて貰った方が都合がいい。


「だ、黙れよ。お前騒がしいんだよ! ――――ストーンアロー!」

「ぐっ!?」

「オイ、魔法はやりすぎだろ! 教師に目をつけられたら……親父に怒られる」

「そ、そうだぜ。こんなに目撃者がいたら後々面倒なことになるだろうが!」

「わ、悪い。つい」


 慌ててる。

 そうだよね……やっぱり威張っていても親には逆らえないんだ。


 それに貴族同士も力関係がある。

 これだけ目立てば他の貴族から責められる醜聞しゅうぶんになるはずだ。


 ……多分。


 直撃した石の矢のせいで地面に倒れていた俺は、やっとの思いで立ち上がる。

 弱々しい声で謝罪を続けた。


 少しでもあわれで必死な様子に見えるように。


「すみ、ません……許して……下さい……」

「はぁ……チッ、まあわかりゃあいいんだよ。わかりゃあ」

「あ、ああ、そうだな。ったく生意気な一年生にものを教えるのも大変だぜ。……ちょっとシラケたな。な、何だったんだコイツ」


 ひたすら頭を下げ続ける俺に、上級生たちは少しだけ冷静になっていた。

 興味が薄れていく。


 その瞬間、つんざくような高い声が校舎の陰に響き渡る。


「生徒会執行部です! そこっ! 一体何をしているのですか!」

「ゲッ、生徒会かよ」

「道を開けて! 生徒が暴行されていると聞きました! どうなっているのですか!」

「あいつら面倒なんだよな。無駄に長い説教しやがって……チッ、逃げるぞ」

「あ、待てよ。俺もっ……」

「待ちなさいっ! あなたたち二年生ですね。下級生に暴力を振るうとは許されることではありませんよ!」


 目立つ腕章わんしょう、あれは生徒会執行部のしるし

 生徒同士の揉め事に介入して解決に促すこともある学生たちの集団。

 この状況では待ち望んでいた相手の一つ。


 テオバルトくんを暴行していた上級生三人は、彼らの姿を見かけた途端脱兎の如く逃げ出した。


 逃げ足早っ!?

 駆けつけてくれた生徒会の人たちが追い掛けるけど中々追いつけそうもない。


 そのまま聴衆ちょうしゅうに紛れて後ろ姿すら見えなくなってしまった。


「あー、間に合ったか? これでいいよな。クロード先生かフロロ先生を探してたんだが、生徒会の人たちでも問題ないだろ? 丁度近くにいたし」

「レクトール……うん、ありがとう。助かったよ」

「礼はいいって。必要な人を呼んで来ただけだからな。大したことはしてない。それより……制服が汚れちまったな」

「うん、でも大丈――――」

「アンヘル君! 怪我は平気なのかい!」

「あ、うん」

「ま、魔法は!? 汎用魔法とはいえ頭に直撃してたじゃないか! 当たりどころが悪ければ……取り敢えず医務室で診て貰わないと!」


 教室では見たことのないぐらい取り乱すテオバルトくん。

 あの……近いんですけど……。


「……うん。でも大丈夫だよ。ストーンアローで吹き飛ばされたのは演技だから」

「え……演技?」

「先に『強化』の魔法を使って置いたんだ。だからあれぐらいの魔法が当たったところで怪我はしないよ。アレはワザと吹き飛んでやってやった感を演出しただけだよ。ああすれば彼らも多少は満足してくれると思って」

「そう、なのか……」


 ストーンアローは下級の汎用魔法だしね。

 『強化』の魔法さえ使っていれば、少し衝撃があるぐらいで痛くもなんともない。


 あまりに平然としている俺が予想外だったのか、微妙な表情を浮かべるテオバルトくん。


 人前で取り乱したのが恥ずかしかったのかな。

 頬を染め赤面しているようにも見えた。


「と、ところで。先程も聞いたけどもう一度君に尋ねたい。……何故ボクを助けに来たんだい。君にはそんな義理も義務も無かったはずだ。ボクは……クラスメイトなのにいままでずっと君を無視してきたんだぞ」

「えーと、理由を聞かれても困る、かな。さっきも言ったけど殴られているテオバルトくんを見るのが辛かったのは本当だし。ただ助けたいと思っただけだから」

「それだけ……本当に?」

「うん。敢えて言うなら……理不尽に暴力を振るわれている姿を見るのが嫌、だったからかな。それに見て見ぬ振りをするのは……君を見捨てるみたいで選びたくなかった」

「…………」

「テオバルト、だっけか? コイツに理屈を聞いても無駄だぞ。最善なのは先生方を呼んで無駄に刺激しないことだって言ったのに……この有り様だからな。余計というか必要のないことに首を突っ込みやがって。はぁ……これであいつらが逆恨みでもしたらどうするんだ」

「その時は何度だって彼らに謝るさ。殴られたって蹴られたって謝り倒す。それでその度にレクトールに先生たちや生徒会の人たちを呼んで貰うよ」

「オレは違うクラスなんだよっ! そういつもいつも助けられる訳じゃねっての!」

「ははっ、でもいまので彼らも俺のことは所構ところかまわず叫ぶような変なヤツだって認識してくれたはずだよ。関わったら時間の無駄だって理解出来たはず。それに彼らがもし次に標的を定めるとしても、今度はテオバルトくんじゃなくて人前で恥をかかせた俺になるだろうし。貴族のプライドは高いって前レクトールが教えてくれたよね」


 彼らが態度を改めてくれるとは期待していない。

 でも少しでも関わったら面倒だと思ってくれるなら、テオバルトくんの身代わりになれるなら……やった価値はある、かな。


「……まあ、な。いまのアイツらの頭には生徒会から逃げることしかないだろうし、魔法まで使って攻撃してきたんだろ? 目撃者のいる状況でそんなことをしたなら面倒事を恐れてもう関わってこない可能性も……あるにはあるけどよ……」


 不服そうなレクトール。

 いつもごめん、迷惑掛けて。

 

「アンヘル君……助けてくれたことには心から礼を言いたいのだが……。君ってもしかしてボクが想像しているよりヤバいヤツなのか?」

「え、そう、かな?」

「あー、いま頃気づいたのか? お前がコイツを避けてたのはある意味正解だと思うぞ。頑固だし、自分の考えが正しいと思い込んでるし、人を巻き込むことをなんとも思ってねぇし。ま……少しは周りが見えるようになったみたいだけど。結局……行き当たりばったりだしな」

「ひ、ひどいよ。レクトール」

「酷くねぇよ! まったく心配ばかり掛けやがって!」


 非難の声をあげる俺に不機嫌そうな眼差しを向けるレクトール。

 でも……。


「うん……でもさ。俺には力がないから。ヴァニタスくんのようにすべてを捻じ伏せるような圧倒的な力も。一つの信念を貫き通す強い意思も覚悟も……何もかも足りない。だから……自分のいま出来ることをするしかないと思ったんだ」


 俺の正直な気持ち。


 俺はヴァニタスくんとは違う。

 だから出来ることも守れるものも少ない。


 間違っているものに間違っていると伝えることすらいまの俺には難しい。

 そうしたら守れないものがあるから。


 でも……そんな俺にも譲りたくないものがある。

 だから、たとえ他人から無様な姿だとののしられても俺は……。


「はぁ……」

「ごめん、迷惑掛けて」


 心底呆れたような溜め息を吐くレクトール。

 でも彼には心から謝ることしか出来ない。


「……いや、別に責めてる訳じゃない。付き合ってやるって言ったのはオレだからな」

「……」

「だがまあ、お前はそれでいいかも知れねぇけど、お前の身を心配するヤツもいるってことを少しは考えろ」

「それ、は……」

「今回は上手くいった。それはオレも渋々ながら認める。でも……次も上手くいくとは限らない。不運は、困難はいつだって突然襲ってくる。それにこの世には避けられないものだってある。どんなに抵抗しようとしてもあがなえない闇が……この世にはあるんだ」

「レクトール……君は……」


 苦い顔で忠告してくれる彼はあまりにも――――あまりにも憎しみに満ちていた。






 集まっていた聴衆も散り散りになり、騒動も収まりつつある中、俺たち三人に近づいてくる生徒がいた。


 見たところ上級生、それに複数の生徒会所属の生徒を連れている。

 彼女は脇に控えていた生徒たちを後ろへと下がらせると俺たちへとを進めた。


「貴方たちが上級生に絡まれていた一年生、ですか?」

「……貴女は?」

「私はリーズリーネ・スプリングフィールド。生徒会執行部の書紀を務めております」


 彼女は不意の邂逅かいこうに戸惑う俺たちの目の前で堂々と名乗った。











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