第百九話 帝国の片隅で暗躍する者


 時はヴァニタスたちが皇帝直轄地の封印の森へと到着し、約一週間が経過した頃。

 丁度邪竜の封印が解かれグラニフ砦に襲いかかる前日だった。


 帝国某所ていこくぼうしょ

 深夜、夜のとばりが完全に降りた時間。


 見るからに仕立ての良い豪華な衣装に身を包んだ貴族然とした男が二人、従者や使用人もいない密室で人目を避けるようにして話し合っていた。


 暗く明かりも最低限しかない室内に、長テーブルを挟んで丸々と太った男と痩せぎすな男が相向かいに座る。


 丸々と太った男、名はボディファノ・アチア。

 アチア伯爵家の当主でもある彼は、真正面に座る痩せぎすな男へと自らの今後について問い掛けた。


「……はい。ではわたくしはこの後はどのように動けばよろしいでしょうか?」

「特に何かしろと言うことはありません。ただ我々が指示を出した時には出来る限り迅速に従っていただきたい。そう、いつも通りにしていただければ結構」

「いつも通り、ですか……」

「ええ、貴方は帝国貴族、しかもアチア伯爵家の当主。本来我々無為混沌の結社アサンスクリタとは異なる思想の持ち主。しかしながら、貴方のお陰で我らは非常に助かっている。資金援助もさることながら……この間も奴隷を多数抱え込んでいた商会を潰す際には大変力になっていただいた」

「いえいえ、わたくし如きの力で無為混沌の結社アサンスクリタの皆様、ケビン様のお役に立てるなら本望ほんもうでございます」


 二人して微笑み合うとグラスに注がれたワインを喉へと流し込む。


 だが一見友好的に見える雰囲気も実際には違う。

 互いに腹の内を探り合い、利用し合う関係。


 ボディファノは領内の自身に反抗的な勢力や政敵を結社の非合法な力で排除するため。

 ケビンは貴族の特権と資金力を有効に使い、結社の目的である世に混沌をもたらすため。


 そこに信用などない。

 あるのはただ相手をどれだけ自分たちに都合の良いように動かすかという思惑だけだった。


 ワイン片手に静かに談笑を続ける二人。

 するとボディファノが神妙な面持ちで話題を変える。


「……それでですね。少しケビン様にお聞きしたいことがありまして」

「……何でしょう? 何か我らがお力になれることでも?」

「いえ、今回はそういったこととは違いまして。……結社の目標は私も存じております。世を混沌におとしいれ、現体制の崩壊を目指していると」

「ええ、ボディファノ卿を前に失礼ですが、貴族平民を支配するいまの世はおかしい。我らは民を支配する存在を打倒し平等なる世界を作るため動いております。……ですが我らに協力して下さる賛同者には、支配階級の打倒後それなりの地位を保証させていただくことはすでにお話してありますね」


 嘘だ。

 ケビンはボディファノを単なる便利な道具としか思っていない。

 無為混沌の結社アサンスクリタの思想に染まったケビンは、ボディファノのことも利用し尽くした後はいずれ切り捨てる予定だった。


「ええ、勿論。……しかしながら、わたくしはまだ幹部の方には誰一人お会いしていない」

「それは……幹部の方々はどなたもお忙しい。大陸中で様々な役目をこなしていらっしゃいますから。私でも早々に会える方々ではない。……まさかお会いしたいとでも?」

「いえいえ、滅相めっそうもない。わたくしのような木っ端の賛同者が幹部の方々に会えるなどとは思い上がってはおりません。それに結社を支える幹部の方々がお忙しいのは理解しています。私もケビン様に無理を言いたい訳ではないのです。ただ……」

「……ただ?」


 怪訝けげんそうに顔をしかめるケビン。

 だがボディファノはあくまでへりくだった態度でケビンへと要望を伝える。


「私にもそろそろ結社の意向、その詳しいところをお聞かせていただけないかと……。たとえば直近ちょっきんの目標や現在着手されている計画などを聞かせていただければ……非力なわたくしでも結社の皆様のお役に立てる場面があるかもしれないと……」


 数秒沈黙があった。

 未来においては容赦なく切り捨てる相手。

 ケビンも僅かに悩んだが、それでもボディファノとはここ何年か親密な付き合いをしてきた。


 結局数秒の時を経てケビンが下した決断は、結社がいま進めている計画を明かし、ボディファノからさらなる協力を引き出すことだった。


「そう、ですね。確かに数年来の付き合いであるボディファノ卿には結社の動向を知っていただくにはいい頃合いかもしれません」

「ではっ」

「ただし、この先の話は当然ながら他言無用です。ボディファノ卿を信頼してお話することをお忘れなきよう」

「勿論です。無為混沌の結社アサンスクリタの皆様の不利益になるようなことは決して行わないと誓いますとも」


 そうして話し合われるのは国家間を暗躍する秘密結社の今後の予定。

 といっても幹部でもないケビンがそのすべてを知っている訳ではない。


 しかし、内々で広まっている噂やすでに広く出回っている情報はある。

 それらをケビンは自信満々に話した。


 あたかも自分自身が計画し、推し進める一大プロジェクトのように。

 彼の多大なる自尊心がそこに現れていた。 


「現在我々は神聖王国を中心に活動しています」

「……神聖王国というとルアンドール帝国とはいままさに冷戦状態の、あのジオニス神聖王国ですか?」

「ええ。聖騎士に守られた大陸有数の強国の一つ。幹部の方々の大半はいまそちらに力を注いでいるとか。噂では聖騎士の約半分が我らに協力する賛同者になっていただけたと聞き及んでおります」

「それは……凄い。……ところでジオニス神聖王国といえば聖女も有名ですが……盲目の聖女、彼女も結社の仲間に?」

「いえ彼女は治療に特化しているだけの無害な存在。欠損すら容易く治すその回復能力には目を見張るものがありますが、所詮は外界からは隔離されているような存在ですから。結社に協力していただくとしても優先度は低い」

「なるほど……では現在は帝国での活動は控えていると?」

 

 慎重に尋ねるボディファノ。

 その瞳は体型に似合わず鋭く真剣だった。


 しかし、調子に乗ったケビンは気づかない。

 秘するべき帝国内での結社の動向を明らかにしていく。


「……実はですね。結社ではいまとある魔導具マジックアイテムが開発されておりまして。帝国領内のある強力な魔物を手中に収める計画が進んでおります」 

「ほう」

「正式な名前こそ決まっていませんが、従魔の首輪を特別に『改造』したその品物は、装着した魔物を意のままに操ることが可能とか」

「……奴隷の首輪に似たもの、といったところでしょうか」

「概ねその認識で間違いないでしょう」

「それで、その魔物とは?」

「残念ながら私も詳細については知らされていないのです。魔物の種類も確保する場所も、幹部の方々なら知っているでしょうが、流石にそれ以上の情報はありません」

「……ちなみにその首輪とはどれくらいの数が?」

「いまのところは極少数ですが今後量産の予定だとか」

「量産……」

「量産が可能になれば結社の戦力は飛躍的に増すでしょう。フフ、我らが大陸の国々の支配階級を打倒する時も近い」

「…………」






 喉を湿らせるワインも僅かとなり、話し合いも一段落した頃だった。


「今宵は有意義なお話が出来て心より嬉しいです。ケビン様」

「こちらもです。ボディファノ卿、貴殿の惜しみない協力に我らは支えられております。……今後も我々により一層の助力をいただければ幸いです。では今日はこの辺りで――――」

「ええ、ケビン様、感謝を申し上げます。これで――――良い報告が出来そうです」

「報告? 一体何のことでしょう? 誰に……報告しようと」


 不穏ふおんな空気を感じ取り椅子から立ち上がるケビン。

 だが遅かった。


 すでに彼は逃れられない運命にある。


「これは可笑しなことを。勿論我らが主君たる――――皇帝陛下ですよ」

「貴様っ……何を! 皇帝だと!? 我らの敵に何をっ!」

「おや? ケビン様、まだお分かりになられない? ――――逆行変身メタモルフォーゼ・リグレッシブ


 姿が変わる。


 丸々と太ったボディファノの体が、驚愕の表情を浮かべるケビンの目の前でまたたく間に変化する。


 明かりの少ない密室に仄かな魔法発動の光。


 現れたのは若い男だった。


 太陽かと見紛うほど紅く鮮烈な髪、体型はだらしのないボディファノとは似ても似つかない脂肪を削ぎ落とした細くキレのある体。

 切れ長の目は視線だけで人を殺せそうなほど。


「何だ……姿が……変わった? 貴様は一体……」

「死ね、カス。――爆炎フレア

「は?」


 一瞬の出来事だった。

 テーブルを挟んで向こう側に紅い光と熱。


「わ、私の腕がぁっ!?」


 血も流れなかった。

 炭化した腕の付け根を抑え絶叫するケビン。


「おっとついやっちまった。オマエがあまりにもウゼェからだぞ。つまんねぇ話を延々聞かせやがって。ああ、全部オマエが悪い」

「ああっ、何故! 何故私の腕がっ!」

「カスがっ、小汚え声でわめくんじゃねぇよ。……と、いかんいかん。ついこの姿だと昔の気持ちに戻ってしまう。これでは弟子に顔向けできんのう」


 若い男は途端に口調を変える。

 ドスの利いた声はそのままに言葉使いだけは枯れた老人のように。


「な、何だ貴様はぁ! 何なんだ!」

「何じゃ、儂のことも知らんのか? 秘密結社といっても情報収集能力は大したことないのう。これでも結構有名だと思っておったのじゃが……儂ショック」

「だ、誰か! 誰かいないのか!」

「叫んでも誰も来んよ……この屋敷にはいま儂以外はお主一人しかおらんからのう」

「馬鹿な……屋敷を監視していた私の部下たちは……どうしたと言うんだ!」

「そっちはもう始末してしもうたよ。いやはや優秀な配下、いや優秀な仲間がいると何事も順調に事が運ぶのう」

「何が目的だ! 何故こんなことをする!」

「クドいのう。もう目的は伝えたじゃろうに。さて、もうお主から必要な情報は聞き終えた。それに次の情報源の目星ももうついておる。だから――――オマエはもう用済みなんだよ」

「ま、待ってくれ! 待っ――――」


 決死の表情で静止を懇願こんがんするケビン。

 だが目の前に立つ若い男。

 いや若い男の姿へと戻った彼には何一つ響かない。


「消し炭になって死ね。後悔しながら死ね。帝国の敵になった自分を呪いながら死ね。――――火葬爆イニシエイトボム


 ケビンは跡形もなく燃え尽きた。

 一瞬に凝縮された火力は彼を灰すら残さずに滅却する。


 ボッと僅かな破裂音が夜闇に響いた後、彼がここに居た痕跡は何一つ残らなかった。


「あー、口程にもねぇな。これがホントに結社の賛同者ってやつかよ。歯ごたえがねぇ。いくら幹部じゃねぇからって小粒過ぎるだろ。これじゃあ暇つぶしにもならねぇじゃねぇか」


 魔法が解ける。


 若い男は白髪の老人姿へと変貌へんぼうした。


 帝国以外なら見るものが見れば一目で恐怖するであろうその姿。

 『変幻』アシュバーン・ダントンがそこに立っていた。


「さて、ではこの情報を皇帝陛下に報告するかのう。まったく老人使いの荒い御人じゃ。……それにしても何故こんな阿呆共に与する者がおるのか。アチア伯爵も変わらず皇帝陛下に仕えておればよいものを。野心か? 世迷い事に惑わされおって。後でシアちゃんにしっかり尋問させんとな。おっと証拠隠滅はしっかりとしておかんと。――爆炎フレア


 彼のもう一つの先天属性『爆炎』の魔法。


 燃え盛る火炎が今度は屋敷の家具を焼き、壁を伝わると天井へと広がっていく。


「適当な死体は用意しておるからこれで表向きはアチア伯爵は焼死となるじゃろう。まったく不審火は怖いのう」


 帝国の片隅で暗躍する者がいる。


 同時に帝国を陰から守る者もまた動き出していた。


 無為混沌の結社アサンスクリタはまだ知らない。


 自由を謳歌おうかする彼を敵に回したことの愚を。


「ヴァニタスはいまごろ皇帝陛下の領地で温泉かのう。羨ましいのう……儂も行きたかったのに。美女の姿ならワンチャン……いやバレたら儂が殺される。うむ、老人は無心で仕事に励むとするかのう」











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