第百五話 反抗させる魔法
ヒルデガルドの止めの一撃で
「さて、次はお前だ。モーリッツ」
「ぅ……ぁ……」
僕の視線の先、あれだけ
いまはもう跡形も無くなった右腕の付け根に、
その顔には飛び散った血の赤こそ残るものの、もうあの胡散臭い笑みは張り付いていない。
「クソッ、なんで……エクリプスドラゴンが死ぬんだよ。あいつは人がどうにか出来る魔物じゃねぇだろうが。
それにしても……欠損か。
ヒルデガルドの最後の一撃に割り込んだのだから自業自得なのだが、確か
たとえ品質の良い上級の
限られた物なのだからおいそれと手に入るものではない。
「ッ……」
……手持ちの
それでも傷が深すぎるのか治りきっていない。
だがモーリッツが動揺している隙に出来れば仕留めたかった。
こちらは負傷した僕とヒルデガルドの二人、しかもヒルデガルドはもう体力を使い果たしまともに動けるような状態じゃない。
まだ比較的負傷の少ない左手で魔力を集め魔法を放つ。
「……
「くっ……」
寸前で地面を転がるようにして躱される。
……そう簡単にはいかないか。
しかし……。
「何を動揺している」
「っ!?」
目の前で血と土に塗れるモーリッツは酷い表情だった。
髪は乱れ、激痛からか脂汗を流し、血を失い過ぎたのか顔色は悪い。
最初に出会った時の余裕などどこにもない。
「たかが片腕を失ったぐらいなんでもないだろ」
「ヴァニタス、オマエッ! オマエたちのせいでこうなったんだろうが!」
秘密結社の幹部の割にこんなことに動揺するのか?
結社のために後ろ暗いことを長年やってきたんじゃないのか?
それにこれは命を賭けた戦いだ。
こんなこと想定内だろ?
それともそこまで覚悟をしていなかったか、はたまた
自分たちでグラニフ砦を襲っておいて少しくらい負傷したからといって文句を言う。
随分虫のいい話じゃないか。
「フ、だが
「ぐっ……なんだと!」
「確かルアンデール帝国のお隣、ジオニス神聖王国には『聖女』とかいうのがいるんだったか? 特殊な先天属性をもつ彼女ならお前の失った腕も問題なく生えてくるだろうさ。いや、元に戻せるといった方が正確か。まあいい、どうせなら彼女に縋り付いて頼んでみたらどうだ? 慈悲深い聖女様ならお前のようなヤツでもお恵みをくれるだろう」
「っ…………お前、結社の事といいどこまで知ってやがるんだ」
「ん? なんだ。僕は一般論として提案しただけだぞ。聖女が身体の欠損も治せる魔法の使い手なのは有名な話だろ?」
「…………クソッ、
会話の途中で急に焦りだすモーリッツ。
どうした?
ただ欠損を治す一つの例をだしただけなのだがな。
実際独自魔法を習得している回復系統の魔法の使い手なら欠損の治癒も可能だろう。
まあ相当な腕の持ち主でないと不可能な芸当だが、僕も噂で聞いたことのある隣国の聖女様なら、それこそ跡形もなくなった腕だろうとすっかり元に戻せるというのは国境を跨いだ帝国でも有名な話だ。
……本当に他意などなかったのだが、モーリッツの反応を見るに何かあるのか?
ううむ、思い出せない
……落ち着いたら整理すべきかもしれないな。
だがまあこれまでも禄に思い出せなかったんだ。
期待は出来ない。
それにいまは他にやることがある。
出来れば捕らえて結社の情報を引き出したいのだが、怪我の度合いでいえば欠損こそあれモーリッツの方がまだ軽傷だ。
どう攻めるか。
「近づくな! オレに近づくんじゃねぇ!」
そういって取り乱すモーリッツが
右腕を失ったせいか重心が定まらないのだろう。
ぎこちない動きで鞭を振り、一歩、また一歩と距離を詰めて機会を伺っていた僕を威嚇する。
「……いまさら何を抵抗する。大人しく捕まれば多少待遇は保証してやってもいいぞ」
「ハッ、そんな戯言が嘘だってのはオレにだってわかる。オレが降伏勧告した時の意趣返しか? だがなあ、あいにくだがオレは捕まらねぇ。捕まらねぇんだよ! 喰らえ――――
「っ!?」
何らかの魔法の籠められた鋭い鞭の一振り。
二回、三回と躱すが鞭の先端の速度は目で追うことすら困難。
射程も五メートルほどと長くいまのこの体の負傷具合では躱しきれない。
なら。
どうせ躱しきれないのならと一歩前へと踏み出し、自ら鞭を左手に巻きつけるようにして受け止める。
「ハハッ、馬鹿が!」
予想より痛みはない。
巻き付いた鞭も簡単に解けた。
だが……籠められた魔法は何だったんだ?
疑問が頭をよぎりつつもそれでもモーリッツに近づく。
まずは至近距離から
そう考えた瞬間。
「ぐあっ……」
殴られた。
自分の左拳に。
「ハハッ、それがオレのもう一つの先天属性『造反』の効果だ」
「ぐ……」
「痛えだろう? どうだ? 自分の体に反抗される気分は!」
実際不意をつかれた一撃は痛かった。
いまので口の中が切れたのか濃い鉄の味がする。
「これがオレの切り札。意思に反して反抗させる『造反』の魔法。お前の味方だったはずの体がお前を裏切るんだ。ククク、楽しいだろ? 一度裏切った手足をお前は信用できるかぁ?」
「……お前らしい悪趣味な魔法だな」
「なんとでも言え。このままお前を自分の手で
鞭は即座に僕の足を打つ。
前進するために踏み出した足が僕の意思を無視して後退する。
守りを固めた腕を打つ。
固く握った拳が解け、無防備な状態へと変わっていく。
脇腹を打つ。
空気を取り入れるための肺がまともに動かない。
呼吸……が……。
「オマエがなぁ! ナイフでも持っていればそれで終わりだったんだ! あの奴隷の小娘もな! 素手なのが本当に残念だよ! ああそうだ。お前の奴隷を反抗させるのも良かったなぁ! 奴隷の手で殺される主! 最高の悲劇、いや喜劇だ! ……まあその前に首輪が締まって奴隷の方が先に死ぬだろうがそれもまた面白い光景だった!」
連続で振るわれる鞭。
射程は長く速度は早い。
自由にならない体ですべてを躱しきれるものではない。
呼吸は乱れ負傷は増える一方。
元々の負傷もある。
僕は確実に追い詰められていた。
だが……。
「ハァ、ハァ……チッ、無いはずの右腕が痛みやがる。……最後はオレの百足たちに殺させてやるか。油断はしねぇ。ヴァニタス、お前の最後はオレがしっかりと見届けてやるよ。ついでにオレの腕を吹き飛ばしてくれたお前の奴隷の最後もオレが――――」
「大した……」
「あ? なんだ?」
「大した……ことないな」
「…………」
「意思に反して反抗させる魔法? 大したことはない。結局お前の技量では扱えきれないからいままで使って来なかったんだろ? しかも反抗させるといってもその魔法の魔力が体に残っている短時間だけ。……切り札が聞いて呆れる」
「ヴァニタスッ……」
「
「させねぇよ!
口ではそう言ったがモーリッツの魔法はかなり厄介な魔法だ。
攻撃のための行動も身を守るための行動も、あるいは距離をおいて仕切り直す行動すらも思い通りにはならない。
場合によっては完封される恐れもある魔法。
……これが鞭に纏わせるのでなく、広範囲に効果を及ぼす魔法でなくて良かった。
それに僕もただ鞭に叩かれていた訳ではない。
きちんと対策を考えていた。
まあ元々は他の目的のために開発した魔法だが。
「――――
「ハッ、いまお前の心臓を打った。ヴァニタス、これでお前の心臓は血を供給することを止め……意識を……何故だ。なんで、なんともない……」
この魔法は大気中の魔力を利用し、自分の体内の魔力を掌握、身体強化をかける魔法。
そして最大の効果として負傷に関係なく僕の意思だけで体を動かすことを可能とする魔法でもある。
そう、掌握された体内の魔力は異物である他人の魔力の侵入を拒み、入り込む余地をなくす。
また、もし仮に侵入を許したとしてもそれが体内のものならこの魔法はそれすらも制御化に置く。
モーリッツ、これでお前の思い通りにはならない。
僕の体は僕の意思だけで動く。
「さあな。なんでだろうな」
さて、モーリッツ、僕はお前のように敵に答えなど教えてやらないぞ。
そんなことをしても無駄だからな。
「精算の時だ。モーリッツ、終わりにさせてもらうぞ」
僕は一歩づつモーリッツに近づいていく。
幾度となく造反の魔力を纏わせた鞭が僕の体を打つが、多少の痛みがあるだけで魔法の効果はいつまで経っても現れない。
無駄だ。
この魔法を発動する際に使用した魔力を上回る魔法でなければ
「……まだだ! まだオレは出来る! こんなところでっ!」
「ッ……
気絶させる。
あるいは殺しても仕方ない。
そう思い右手の痛みを堪えながら魔法を行使する瞬間だった。
「――――
突然の乱入者。
十字の木材で形作られた多数の木片を纏った案山子。
「ぐっ……」
爆発だと!?
至近距離で炸裂した鋭い木片が右の手のひらに突き刺さる。
「ぐあっ……
「…………」
木片は近い距離にいたモーリッツまで及んだが、
油断ならない相手。
僕は十分にヤツの動きを注視していたはずだった。
「
「
「な、に……?」
何だあの魔法は?
攻撃を……すり抜けた。
当たった感触は手に残っているというのに、何事もなかったかのようにそのままの速度で走り抜ける
奇妙な魔法を使用した男は即座にモーリッツの首元を掴み上げると跳躍する。
「逃げるか……」
「――――
置き土産とばかりに魔法で先程の爆発する案山子を複数作り出す
……これでは追うのは難しい、か。
「だが……もう少し置いていけ。ぐっ、
右手の痛みも迫ってくる案山子もこの際無視する。
モーリッツ、まだお前には払ってもらっていない分があるぞ。
――――僕たちへの代償を置いていけ。
「ぎゃああっ!?」
案山子たちの間を縫ってモーリッツの右足を吹き飛ばす破壊の光線。
……どうやらあの奇妙な挙動を可能とする魔法も咄嗟には発動出来ないようだな。
「ヴァニタスゥ! 覚えていろ! この恨みは――――」
僕は迫る案山子たちを前にそれを聞き流すしかなかった。
「
すみません。前話でヒルデガルドが邪竜くんに止めをさしたのは左目でなく右目です。訂正させていただきました。よろしくお願いします。
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