第百三話 邪竜撃滅戦
(何を、してやがる?)
ヒルデガルドが掌握魔法という新たな力を行使する瞬間、モーリッツは背筋の凍るような嫌な予感を覚えていた。
モーリッツ曰くただの奴隷の小娘から発せられる異様な気迫。
あれだけ
好機だ。
逃げも隠れもしない。
いや元々大部分の面積が荒野に成り果てたこの封印の森において逃げ場などないのだが、敢えて動きを止めたなら危険な存在を纏めて仕留める絶好の機会。
そう心では理解しているはずなのにモーリッツの胸中は動揺していた。
(あれは、マズい)
長年
予感は正しい。
ヒルデガルドの発動した
「あああああっ!!」
集束する。
大気中に含まれる周辺一帯の広範囲の魔力が。
ヒルデガルドの魔力を呼び水に、まるで無理矢理にでも彼女の右手に引き寄せられるように強引に掻き集められる。
それはヒルデガルドのもつ魔力の特性が関係していた。
『泥』の先天属性を持つからか彼女の魔力は僅かに粘着性を帯びていた。
その特性が魔力同士を強力に結びつけ、それこそ大気中の魔力を根こそぎ掻き集めるように集束していく。
「ぐぅっ……」
大量の魔力が集められヒルデガルドはその負荷に苦しむ。
右腕の皮膚は裂け血が滲む。
しかし、それでも彼女は投げ出さなかった。
ただ目的のために。
母を殺した魔物に似たあの邪竜を倒すためだけに力を欲する。
「――――ッ! エクリプスドラゴン!
危機感からモーリッツが選択したのは竜種の有する独自の力、
古の時代、月食竜に相対した帝国の実力者たちからは
騎士たちから多数の犠牲者を出し、“急滝の騎士”マッケルン・バードナーを
「グガアアアアア!!」
「何吠えてる! 撃て! いいから早く撃てぇ!」
モーリッツは焦り過ぎた。
それでも人二人を
「む…………」
だがその心配は無用だった。
直ぐ真横で恐ろしいほどの魔力が集束している。
「撃てぇ!」
「ガアアアアアアアアア――――ッ!!!!」
地を削り、大気を押し退け、何もかもを蹂躪する貪欲なる破壊流。
それを
「――――
殴り飛ばした。
最大の威力でないとはいえ竜種の
「ふ、
(なにをした? なにが起こった? オレはなにを目撃したんだ!?)
モーリッツの動揺も長くは続かない。
それどころではないからだ。
「
ヒルデガルドの習得する中では基本となる魔法、
「グガアッ」
命中した月食竜の岩盤のような鱗が欠ける。
恐るべきことに
それこそヴァニタスの操る
ヴァニタスの補助を得て一度掌握魔法のコツを掴んだヒルデガルドは止まらない。
「
巨大な
彼女の足元は粘着質な泥に塗れ、
「
「グガッ!? ガアッ!?」
硬く滑らかな泥はヒルデガルドの両腕を鎧のように覆い尽くし、強力な連打を可能とする。
脇腹付近を抉るように殴られ続ける
一方的な猛攻、しかし当然ながら
集束力は高い代わりに集束する際にはその場で立ち止まる必要があり、ヒルデガルドのいまの技量では集めた魔力を攻撃以外には使用出来ない。
単発高火力の魔法は利点もあるが隙も多い。
とはいえここにいるのはヒルデガルドだけではない。
ここには彼女の主がいる。
だが主、ヴァニタスは咄嗟にはヒルデガルドの後を追えなかった。
(さて、僕も参戦しなくてはいけないのだが……少し無理をし過ぎたな。血を流しすぎた)
ヒルデガルドの攻撃の合間に
だがヴァニタスにはこの時のために用意した魔法がある。
負傷し体が激痛で動かなくなったとしても、あるいは動く体力そのものが無くなってしまった時でも、意志の力で動くことを可能とする魔法が。
「
大気中の魔力を集束すると同時、掌握した体内の魔力で自身の体を操る。
魔力による身体強化をかけた状態を保つこの魔法は、言うなれば集束魔力強化の上位版。
しかも持続力も遥かに長く、身体強化の比率も高い。
「これでいい。……僕も忘れるなよ。
「があっ!? クソッ、クソッ、オマエらぁ!!」
時は少し
ここは
「はぁっ、はぁっ、こんなことなら身体強化、使えるようにしとくんだった」
息を切らして急な坂を登るのは宮廷魔法第二席にしていまはヴァニタスの期間限定の奴隷となったハベルメシア。
「時が来たら合図するって言ってもさ。旦那様も無茶言うよね。邪竜からこんな遠いところから攻撃しろだなんて」
だが、ヴァニタスがクリスティナを通じてハベルメシアへと伝えた伝言には、
「まあ? 確かに? 標的の邪竜はおっきいけどさ。いくらわたしが宮廷魔法師のそれも第二席だからってこんな無茶振り……でも……本当に旦那様は……ズルい。いや、ズルいっていうかなんていうか……もうっ!」
何がズルいのか。
彼女も本当はわかっている。
彼女はヴァニタスが自分を危険から遠ざけつつも、力を頼ってくるこの状況に少し自尊心を刺激されているだけだ。
(ふへへ、わたしの力がどうしても必要だなんて……あれだけお前は足が遅いから連れていかないって言ってたのに。もうっ、旦那様はぁ……)
ハベルメシアの
彼女が邪竜の所在を認識し、呼吸を整え暫くの
上空に一見無意味に放たれた魔力の砲撃。
これこそが合図。
「来たっ…………――――
無限の魔力を生む魔法。
祈るように両手を組み合わせたハベルメシアの前に超小型の浮遊する炉が顕現する。
「フゥ…………」
それは――――ヴァニタスの一言から始まった。
『ハベルメシア、お前応用力が一切ないな』
実際ハベルメシアの習得している魔法のほとんどは汎用魔法であり、独自魔法はほんの一握りしかない。
にも関わらず彼女が宮廷魔法師でいられたのは
しかし、汎用魔法故に彼女には魔法を直線で放つ以外にさして応用出来る戦術がない。
そこをヴァニタスに指摘され提案された。
『ハベルメシア、どうせ固定砲台の役割しか出来ないなら……狙撃しろ』
「――――『微風』を束ねる」
これは詠唱魔法ではない。
しかし、ハベルメシアの紡ぐ言葉には力があった。
イメージを高め思考の描く通りに魔力を操る。
その様はさながら何人も立ち入れない儀式のようで、彼女の容姿と相まって神聖なものにすら見えた。
他者のために、仲間のために、なにより大切なもののために彼女は魔法を紡ぐ。
「弾丸は『輝岩』。燃料は『灯明』。内部には『炉』を籠め、『水滴』でほどよく冷却する」
緑に輝く輝岩に高密度の魔力を籠めた炉を内蔵する。
暴走寸前まで炉に籠められた魔力はいまにも破裂しておかしくない超危険物。
「ぐうぅぅぅ……制御が、きつい……でもおっ!」
五つの先天属性を束ねた魔法。
これほどの魔法は発動すら困難なもので、そもそも魔法として成立せず魔力を無駄に使用するだけだ。
しかし、彼女は無限の魔力を生み出す独自魔法を開発した者。
下地はあった。
足りなかったのは力を必要とする切っ掛けと大切なものを守りたいと願う想いだけ。
しかも、この場には無駄にしても問題のない無限の魔力がある。
ハベルメシアは苦悶の表情を浮かべ玉のような汗を流しつつ魔力を操る。
そして、
天を駆け、どこまでも飛んでいく“無窮”を体現する魔法が。
「――――
それは空を横断する若草色に輝く一筋の流星。
瞬く間に月食竜へと到達した
「――――ッ!? グガアアアアアアアッ!??」
やっと書けた。
遅くなりすみません。
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