第八十三話 貴方とわたしは違う……でも


 宮廷魔法師にスカウトされるずっと前。

 わたしはただの冒険者の一人だった。


 人々の依頼によって厄介事の解決から魔物の討伐、貴重素材の採取、遺跡の調査までなんでもこなす、時に大陸を股に掛け様々な土地へと旅する彼ら。

 わたしはその一員だった。


 でもその頃のわたしは本当に何も出来ない足手纏いで、固定のパーティメンバーはおらず、臨時の助っ人としてその日その日で違う人たちと冒険する根無し草だった。


 わたしには五つの先天属性がある。


 一千万人に一人? 一億人に一人? 宮廷魔法師になった時にそんなことを言われた気がするけどあまり憶えていない。


 取り敢えず五つも先天属性があるなんて滅多にあることじゃないのは確か。


 わたしの生まれ育ったエルフの里でも五つの先天属性を持つ者が生まれるなんて初めてのことで、両親を含め里の者たちはみんな我が事のように喜んだという。

 ……まあそれも五つの先天属性の内容とわたしの駄目っぷりが発覚する束の間のことだったけど。


 そう、五つの先天属性『微風』、『灯明』、『水滴』、『輝岩』、『炉』は実際は役に立たない属性の寄せ集めだ。


 『微風』、柔らかな微風そよかぜを作り出す属性。


 相手を傷つけるほどの鋭利さはなく、かといって吹き飛ばす力もない。

 頬をくすぐったく撫でるだけの細やかな風。


 『灯明』、ほのかな明かりを灯す属性。

 ただ周囲を明るくするだけのほんのりと温かい火。

 暖は取れても……炎のような熱さや猛々しさをこの火からは感じない。


 『水滴』、ほんの一滴の水をしたたらせる属性。

 魔法に籠めた魔力量にもよるけど魔力が少なければそれだけ規模も威力もなくなってしまう。

 そもそもたった一滴の水滴すいてきでは戦闘には向かず物を濡らすことすらままならない。


 『輝岩』、黒みを帯びた角度によっては緑色にも見える岩を作り出す属性。

 わたしの持つ先天属性の中で唯一戦闘に活用出来た属性。

 それでも魔力が無ければ、使いこなせなければ意味はない。

 冒険者時代のわたしは禄に魔力もなく、いつもこの属性の独自魔法を最後の切り札としていた。


 そして五つ目、『炉』。

 この魔法の独自魔法によってわたしは無限の魔力を得た。


 でも……それまでは特殊な力一つない巨大な炉を魔力で作り出すだけで、咄嗟の戦闘には向かず、かといって盾にするのにも魔力消費が多く無駄ばかりだった。


 五つの先天属性もそのほとんどが役立たず。

 唯一良かったのは属性がバラけていたことで四属性の汎用魔法に適性があったことぐらい。


 子供時代、エルフの里での暮らしは悪くなかった。

 両親がいて、少ないけど友達がいる。


 自然に囲まれたエルフの里は牧歌的ぼっかてきで、時の流れすら緩やかに感じるほど平和だった。

 勿論魔物が時折襲ってくる対策として里には警戒網が敷かれていたりと、ピリピリとした面もあったけど、子供のわたしには関係なかった。


 でも……わたしの先天属性や保有魔力の少なさを理由に蔑んだ目で見る人がいたのも事実だった。

 

 わたしの保有魔力はそう多くはない。


 ハーフエルフ、エルフと人の混血児。

 人より少し寿命は長く、エルフより劣るものの保有魔力が生まれつき多い、はずだった。


 しかし、わたしは生まれつき保有魔力が少なく、周りのみんなが魔法を憶え始め、汎用魔法や独自魔法を習得しつつある頃、わたしは初級の汎用魔法の発動すらままならなかった。


 保有魔力の量は日々の鍛錬によって改善出来る。

 でもそれもいつか伸び悩む時がくる。


 少ない魔力、戦闘に向かない五つの先天属性。

 いつの頃だったかわたしは里の中で腫れ物のように扱われていることを知った。


 みんなの期待を裏切ったのだろう。

 里で初めての五つの先天属性の使い手も本人が役立たずなら意味がない。


 ある日……わたしはエルフの里を飛び出した。

 誰もわたしを止めなかった。


 誰もわたしを知らない土地に行きたかった。

 でも、エルフの里を飛び出したわたしに待ち受けていたのは厳しい現実だった。


 冒険者になった理由は憶えていない。

 心の奥底にわたしを蔑んだ人たちを見返したい想いがあったのかもしれない。

 いまは弱いわたしでもいつかは……。

 わたしには冒険者以外に生きていくすべを考えられなかった。


 でも、冒険者になったからといってすべてが好転する訳じゃない。

 寧ろ五つも先天属性を持っていながら、その内容と魔力不足で並の冒険者以下の働きしか出来ないわたしは悪い意味で瞬く間に有名になった。

 

 誰もわたしを知らない土地に来たはずだった。

 でも……弱いわたしに寄り添ってくれる者は誰もいない。


 支えてくれる人なんていなかった。

 それよりも騙そうとする人の方が多かった。

 

 信用出来ると思う人が出来てもみんなわたしを陥れようと近づいてくる人ばかり。

 彼らにとって弱いわたしはただの搾取されるだけの獲物でしかなかった。


 誰も信用出来ず、根無し草として土地を転々とする孤独な日々。

 そうした日々が続く中、逆境の中でわたしは一つの魔法を開発する。


 無限の魔力を得る魔法。


 天啓てんけいだった。

 禄に独自魔法も使えないわたしが得た最高の力。


 それからはあっという間だった。

 あれよあれよという内に宮廷魔法師にスカウトされ第二席まで登り詰めた。


 帝国からの給金で生活は安定し、皇帝陛下の保証してくれる地位のお陰で身分は確立され、特権まで得た。

 余裕の出来たわたしはある日戦地にて気まぐれに子供を拾い育てることにした。


 育てるといってもわたしに子供への接し方なんて、まして子育てなんてわからない。

 街から離れ隔離された一軒の家を買い取り、そこにアンヘルを住まわせた。


 わたしは時々様子を見に行くだけ。

 たまに修行と称して魔法の訓練をしてあげたけど、親代わりというにはちょっと会う回数が少なかったと思う。


 純粋で正直なアンヘルの存在はわたしの孤独を少し癒やしてくれた。

 でも……孤独な一人ぼっちの疎外感は変わらなかった。


 なんでなの?


 なんで旦那様の元にはこんなにも支えてくれる仲間が……家族がいるの?


 わたしには誰も寄り添ってなんかくれなかったのに!


 無限の魔力を得るまで誰もわたしを見てくれなかった!


 無限の魔力を得た後誰もがわたしの戦う姿に恐怖した!


 それは……わたしが悪かったの?


 悪かったのだろうといまなら思う。

 わたしはただ傲慢になってしまっただけだった。


 悔しいけど、ううん、もう悔しいなんて感情はほとんどないけど旦那様とわたしは……違う。


 同じ傲慢でも彼には信念があった。

 譲れないものがあった。


 大切なもののため何もかも投げ出す覚悟があった。

 それを踏まえて何も失わないためにすべてを賭ける覚悟があった。


 わたしは?

 

 何もかも足りない。


 わたしの大事なものは何?


 お金?

 確かに貧乏生活は辛かった。

 冒険者時代は常にお金に困っていて、誰もやらないような雑用の仕事も率先して受けていた。

 でも違う。


 宮廷魔法師の地位?

 ううん、初めはそんなものに固執なんてしていなかった。

 宮廷魔法師になったのはたまたまスカウトされたから。

 わたしの心血を注いだ独自魔法が評価されたのが嬉しくてつい受けてしまった。

 違う。


 わたしの大事なもの……それはアンヘルぐらいしかない。


 でも……それを守るためにわたしがしたことは?


 皇帝陛下に認められた地位を使い、小賢しくも結果を覆そうとしただけ。

 上から目線で希望を伝えるだけで何もかも望み通りに事が運ぶと信じてしまっていた。


 それに、わたしには旦那様のような覚悟はなかった。

 相手を噛み殺すまで容赦のなく潰す覚悟も、反撃される覚悟も。


 わたしはただ羨ましい。


 わたしを上回る力を持つ旦那様。

 それでも孤独ではない旦那様。


 彼の側には常に誰かがいる。

 彼を案じ、彼からも信頼される誰かがいる。


 わたしは……誰かに寄り添って貰うことを考えるだけで、誰かに寄り添うことを知らなかった。






 で、でもそれはそれとしてエッチなのはいけないと思う!

 そういうのはこう……将来を約束した相手でないと駄目だから!


 でも……きっと旦那様はわたしの些細な抵抗は無視して今日も辱める気だろう。


 だって!

 さっきからお前全然役に立たないなって視線がバシバシ飛んで来てるんだもん!


 わたしを負かした旦那様。


 わたしに孤独ではない生き方を見せてくれる旦那様。


 わたしはまだ彼のことを完全には信頼出来ていない。

 でも惹かれつつあるのは……否定出来ない。


 うぅ……わたしはそんな軽い女じゃないから!


 約一ヶ月後、わたしは奴隷から解放される。

 その時こそ、その時こそわからせてあげる!

 

 わたしが簡単に絆されると思ったら大間違いなんだから!


 わたしを五番目と言ったこと後悔させてあげる!











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