第八十四話 ラゼリア・ルアンドールは観察する
何が切っ掛けかプクリと頬を膨らませヴァニタスを睨めつけるハベルメシア。
まあ大体予想はつく。
大方また何か気に食わないことでもあったのだろう。
色々頭で考え過ぎた結果不満が表に現れたのだろうが、ヴァニタスはその
はぁ……
ヴァニタスの視線に何を想像したのかゾクリと震えるハベルメシア。
まったく、羨ましいほどに仲がいいじゃないか。
思えばヴァニタスとハベルメシアの関係は不思議なものだ。
ヴァニタスは彼女を模擬戦の末、半ば無理矢理奴隷にした。
勿論彼女が宮廷魔法師としての特権を利用し無理を迫った結果なのだから甘んじて受けるべきなのだが、いまのところ二人の関係は険悪なものではないようだ。
私も彼女との付き合いは浅いが、それでも実際に奴隷の首輪を身に着けた姿を見た時は驚いたものだ。
ハベルメシア・サリトリーブ。
誰も寄せ付けない、誰も信用しない女。
生い立ちなのか、彼女の生き方がそうさせたのか、私の知る限りハベルメシアは誰にも心を許す様子はなかった。
宮殿の使用人たちしかり、他の宮廷魔法師との交流しかり、
弟子をとったと風の噂で聞いた時は驚いたものだ。
しかし、それでも彼女が大きく変わることはなかった。
彼女は常に一人で孤独だった。
そのハベルメシアがいま一人の男のコの奴隷であることを不満を漏らしながらも許容している。
宮殿でも度々高慢な態度で人を寄せ付けなかったあのハベルメシアが、だ。
ヴァニタスとの約束では約一ヶ月後ハベルメシアは奴隷から解放される。
果たしてその時彼女がどういった行動をとるのか。
楽しみでもあり、些か不安でもある。
フフ、だがまあ、ヴァニタスなら心配は要らないだろう。
私は結果を見守るだけだ。
「で? ラゼリア、僕たちは何処に向かっているんだ?」
襲いかかってくる魔物を撃退しながら森を歩く道中、ヴァニタスが疑問を投げ掛けてくる。
厶、そういえば行き先を言っていなかったか?
「ハイリザードマンの集落だ」
「……ハイリザードマン、ですか?」
ヴァニタスの一番のお気に入りだろうクリスティナが、私の答えに小首を
クリスティナか……確か没落した元貴族令嬢だとか。
皇族である私相手だと必要以上に
私相手に緊張する必要などないのだが、彼女自身私を前にすると硬直してしまうなら過度な接触は気が引ける。
しかし、ううむ、私としてはヴァニタスのあれこれを色々聞きたかったのだが残念だ。
戦闘中の連係には特に支障はないのだがな。
意識すると駄目なタイプか。
「う〜ん、聞き馴染みがないか? ハイリザードマン、リザードマンの上位種だな。一・五メートルから二メートルの二足歩行の人型の
「湿地帯か……封印の森は広大だとは聞いていたがそんな環境の場所まであるのか?」
「いや、封印の森には湿地帯はない。今回向かうハイリザードマンの集落は森の東にある湖の近くに築かれたものだ。奴らは水辺なら割と何処でも拠点を構えるからな。まあ封印の森でハイリザードマンを見掛けるのは珍しい。恐らく何か強力な魔物に住み家を追われて湖まで来たのだろうな」
「数は?」
「ああ、封印の森の近くには帝国の砦があるんだがそこの騎士たちの報告によると……ざっと四十体以上を確認出来たらしい」
「よ、四十っ!? 多過ぎませんこと!?」
ギョッとした表情で驚くマユレリカ。
ム、戦闘面に不安のある彼女にはちょっと刺激が強すぎたか?
「そう心配するなマユレリカ。ハイリザードマンは確かに強固なコミュニティを持つ仲間意識の高い魔物だが、私たちなら問題なく倒せるだろう」
リザードマンは集団で行動する性質を持ち、集落ごとに
これは上位種も同じであり、また、階級分けされたリザードマンの集団ではいくつか役職が決められている。
肉弾戦を主とする戦士階級のリザードマンから、リザードマンの社会では欠かせない祭儀を司る存在であり、魔法を主とする
だが、ハイリザードマンの実際の強さはそれほどでもない。
四十体は少々多いが、複数のCランクの冒険者パーティが入念に作戦を練れば壊滅させることも可能だ。
私は不安げに表情を曇らせるマユレリカを説得するべく、彼女の不安を煽らないよう
すると説得の甲斐あってか、彼女は渋々ながらも了承してくれた。
「わ、分かりましたわ。ラゼリア皇女殿下がそこまで、そこまでおっしゃるのなら、わたくしも覚悟を決めてお供致します! そ、それでですね 皇女殿下。わ、若返りの霊薬の材料は……」
「フフ、そう急かすな。まずは地力を鍛えなければこの鍛錬の旅の意味がなくなる。それに若返りの霊薬の素材となる月鏡草の原生地は森の遥か奥地にある。一歩一歩進まなければ到達出来ないぞ」
「そんなぁ〜、わたくしの
露骨にがっかりするマユレリカ。
すまんな。
この旅に誘う理由にもなった月鏡草の採取もさせてやりたいのは山々だが、原生地はまだまだ森の奥地にある。
そう一足飛びには行けないな。
落ち込むマユレリカの肩を叩き励ましていると、ハベルメシアが何やら思い詰めた表情で俯いているのが視界に入る。
ん?
「ハイ……リザードマン? ……わかった! わたしが倒すから! わたしが一体残らず倒して見せるから! 役立たずなんて言わせないからっ!!」
役立たずなんて誰も言っていないんだが……突然どうした?
森を歩くこと数十分。
目的地の湖のほとりには木製の高い壁で覆われたハイリザードマンの集落があった。
規模は当初騎士たちから聞いていたのものより遥かに大きい。
集落を一望出来る樹上から偵察すれば推定百体以上のハイリザードマンの集団。
私たちは風下の茂みに隠れ様子を窺っていた、のだが……。
ハベルメシアぁ……。
「わたしがやるから! 手出し無用だから! 模擬戦の時は発動しなかったけど、わたしだって、わたしだって……やれば出来るんだから!! …………――――
静止の声も虚しく茂みから飛び出したハベルメシアが発動したのは、彼女が宮廷魔法師にスカウトされた最大の要因となった魔法。
彼女の持つ『炉』の魔法の独自なる力。
“無窮無限”を体現する無限の魔力を得る魔法。
ハベルメシアは胸の前で両手で何かを包み込むように祈る。
それは彼女の妖精のような容姿も相まって、時が止まったかのように魅入ってしまう神秘的な魅力を秘めていた。
手の内に顕現するは超小型に形成された浮遊する球体の炉。
中央に白光の明滅するそれは、顕現した途端、いやハベルメシアが魔力を注ぎ込んだ途端、脈動するように鼓動を打つ。
何もされていないというのに苦しさすら感じる圧迫感。
……ふぅ、久々に体感したな。
あれこそハベルメシアの切り札。
そして、これから敵には慈悲の欠片もない怒涛の攻撃が襲いかかる。
「――――ウィンドピラー」
ハベルメシアの前方の空中に現れる風を束ねた柱。
それはただのはじまりの合図。
「――――ファイアピラー、ウォーターピラー、アースピラー、」
風、火、水、土の四属性の汎用魔法。
四属性の魔法の連続発動。
これだけなら帝国の豊富な人材を持ってすれば再現することも可能だろう。
しかし、数が違う。
加速度的に増す魔法、魔法、魔法、魔法。
空間を埋め尽くす魔法は、
「…………」
ハイリザードマンの砦。
私たちはそれが数多、無限に連なるかのような魔法で押し潰されていく様を目撃した。
巨大な門も、木製の障壁も、見張り台も、族長の住み家だろう一際大きな住居も、戦士階級だろう武装したハイリザードマンも、豪華な装飾の施された杖を携えたハイリザードマンの
残るは無限に放たれた魔法が大地を穿ち作った大穴と、ほんの少しの瓦礫、そして耳に残る破壊音の残響。
誰も言葉を発せなかった。
息の詰まるような沈黙。
しかし、そうとはわからないハベルメシアは満面の笑顔で私たちに振り返る。
『わたしだってやれば出来るでしょ?』と言わんばかりの会心の笑み。
しかし、私たちの言葉も発せない様を見た彼女は一瞬で凍りつき動きを止めた。
恐怖。
彼女は恐怖していた。
私たちに、いや、ヴァニタスに恐れられることに。
そんな
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