第八十一話 魔物の存在する世界


「よ〜し、ヒルデガルド、片っ端から魔物を殺し尽くすぞ〜〜!」

「おお〜〜!!」


 仲良く腕を天に突き上げて気合を入れるラゼリアとヒルデガルド。

 動きと表情は可愛らしいが叫んでいることは物騒極まりない。


 だが当然と言えば当然だ。


 ここは魔物の存在する世界。

 街や都市、帝国最大の人口を誇る帝都も含め、この世界に住む人々は例外なく魔物の脅威に晒されている。


 魔物とは体内に魔石を宿した生物だ。

 多くは人に害をなす生物であり、人を見掛ければ襲ってくる好戦的なものばかり。

 生息している土地の環境にもよるが多種多様な種類が存在し、その強さも個体によって大きく異なる。

 稀にそれらを手懐け従魔とする者もいるが概ね人類の敵といっていいだろう。


 僕たち人類と魔物は長年に渡って争いの歴史を辿ってきた。

 人は魔物を狩りその血肉を生活に役立て、魔物は自分の生息域を守り、人々を日々の糧とするべく襲う。

 両者は少数を除いて相容れず、だからこそ彼女たちは魔物を殺すのに躊躇しない。


 油断すれば命を奪われるのは自分たちだと彼女たちは知っている。

 彼女たちにとって魔物とはこの世界で生存を賭け争う敵なのだから。


「フハハハハッ! 私も久々に封印の森まで来たが、騎士たちでなく仲間と共に狩りをするなど初めてのことだ! 楽しみだな、ヒルデガルド!」

「うん、魔物、戦う!」


 これから起こることに興奮しているのだろう、ラゼリアのテンションが見たことのないほど上がっている。

 普段操る『竜骨』の魔法といい、こういった戦いを好むところは“暴竜皇女”の二つ名の通りだな。


「主、森行く、魔物、倒す!」

「……ああ、行こうか」


 強引に僕の腕を引っ張るヒルデガルド。


 あの日……模擬戦の後のはかなさをいまの彼女からは感じない。

 しかし、表には出さないだけで、彼女の内側には燃えるような感情がたけっているのが目を見ればわかる。


 ラゼリアとの模擬戦で敗れたあの日から、彼女は強さを渇望かつぼうしていた。

 ……この鍛錬の旅が彼女に取っての成長の場となればいいんだがな。






 封印の森への鍛錬の旅に赴いたメンバーは、この旅の提案者であるラゼリアを筆頭に、僕、クリスティナ、ヒルデガルド、ラパーナ、マユレリカ、ハベルメシアの七人。


 そう、魔法学園からこの旅に共に同行することになったのは意外にもマユレリカだけだった。


 実は当初この旅の目的が鍛錬と知り、イルザも来たがっていたのだが、僕を誘ったのが皇女殿下と知り名残惜しそうにしつつも辞退した。

 イルザの友人であるユーディはその様子にホッとした表情を見せていたので、配慮の出来るイルザは彼女のことも考え自ら身を引いた部分もあるのだろう。


 学園での訓練にはよく付き合ってくれていたラルフだがこの旅には同行していない。

 僕は彼も連れて来ようかと誘ったのだがすげなく断られてしまった。


 まあ、誘いを断る際には何処か思い詰めた表情をしていたので、ラルフにも何か思うところがあったのだろう。

 それ自体は別に構わない。


 だが、彼には僕の留守中にある宿題を出しておいた。

 最後に別れる時のラルフは僕の一言に何かの天啓を得たような表情していたから、学園に戻った時に成果を聞くのが楽しみではある。


 ああ、忘れるところだった。

 アシュバーン先生だが帝都ではかなり自由に動いていた。

 主人公面との決闘であれほど人が集まったのは、チョコミントとかいう巫山戯た偽名の人物に変身して色々暗躍していたからだ。


 この旅にも同行するかかなり悩んでいたが、どうやら皇帝陛下から何やら頼まれごとをされたらしい。

 惜しみつつも楽しんでくるようにと見送られた。


 しかし『儂のこと、忘れんでくれよ。若い娘に囲まれておるからと師匠のことを忘れたら駄目じゃからな? 一日一回は思い出すんじゃぞ! 絶対じゃぞ! 絶対じゃからな!』といつものメンヘラムーブをカマしてきたので、あっちの心配は微塵もしなくていいだろう。


 ……一日一回は嫌だ。






 草木が生い茂る深い森の中、僕たちは警戒しつつも隊列を組み進んでいた。


 先頭はこの封印の森狩り場の地理に一番詳しいラゼリアに任せ、次に突然の魔物の襲撃があっても即座に動けるヒルデガルド。

 三番手は宮廷魔法師として実力だけは確かなハベルメシアが続き、その後ろに攻撃手段はあるが動きに不安があるマユレリカとラパーナ。

 僕はマユレリカたちのサポートにすぐ移れるよう隊列の後方で全体を見渡し、最後尾には迅速な動きの取れるクリスティナが控えてくれる。


 事前にラゼリアから聞かされた通り強い魔物が生息しているという封印の森。

 何故武力に不安のあるマユレリカやラパーナまで? と思うだろうが、マユレリカの方はラゼリアが上手く説得していた。

 

 『わたくしが封印の森で魔物討伐!? む、無理ですわ! だってわたくしの魔法はまだまだ実戦レベルとは程遠いのですのよ! そ、それは誘拐されたあの日から鍛錬は一日足りとも欠かしておりませんが、皇女殿下のおっしゃる通りだとすると森の魔物はどれもお強いのでしょう? わたくしでは……力不足ですわ』と渋るマユレリカに『マユレリカ、そう取り乱すな。……なあ、マユレリカ、お前はヴァニタスの認めた女だ。あの! ヴァニタスが婚約者で構わないと認めた女。聞いたぞ。誘拐された先では自力で賊を殺し脱出を図ったのだろう? しかも使用人たちを見捨てることなく自分だけ助かることを良しとしなかった。マユレリカ、お前は強い女だ。高潔な女だ。なあ、一緒に森で狩りをしないか? 拠点で待つだけの時間はつまらないぞ。森では私がお前を守ると約束しよう。な、な? いいだろ? 私はお前が戦う姿が見たいんだ』と説き伏せるラゼリア。


 封印の森まで来たのも魔物から剥ぎ取った素材や植物、鉱石などの採取物が自分たちのものになると聞いていたからだっただろうマユレリカだが、ラゼリアの熱心な説得により複雑な表情を浮かべながらも最後には探索に赴くことを了承した。

 『まあ、そ、そうですわね。わたくしが同行した方が高く売却出来る素材も判別出来ますけど……。はあ……これも皇女殿下のお願いとなれば仕方ありません、か……』と言い訳しつつ自分に言い聞かせる様は、それでもラゼリアから掛けられた言葉が嬉しかったからかちょっとだけニヤけていた。


 ……本当にラゼリアには人たらしな面があるな。


 そして、もう一人のラパーナだが、彼女は自分から森への同行を申し出てくれた。

 マユレリカの誘拐事件ではずっと屋敷で待機することしか出来なかったラパーナ。


 あの日の悔しさをラパーナは忘れていなかった。

 いま彼女の手には彼女の細腕でも扱えるように調節された短弓が握られている。


 マユレリカ同様、接近戦には不安はあるものの、これまで僕たちと共に訓練してきたラパーナの弓の腕は中々で、動体視力がいいのか高速で動いている標的にも高確率で命中させられる。

 彼女の腰に備え付けられた矢筒には特殊な効果のある矢もあることから、主戦力といかずともラパーナもいまでは十分僕たちの力になってくれるだろう。


 そうして、封印の森を警戒しつつも進むこと数十分。

 未知との出会いはすぐに訪れた。


「ん! 何か、来る!」


 初めに声をあげて一同に警戒を促したのはヒルデガルド。

 彼女は周囲の生き物の気配を察知することに長けているためいち早く近づいてくる存在に気づけたようだ。


 隊列の前方から草木を踏みしめ掻き分ける音が響く。


「ガルルル、ガウッ! ガウッ!」


 現れたのは黒い巨狼、ブラックガルム。

 事前にラゼリアから聞かされていたこの森に暮らす魔物の一匹。


 狼型の魔物にしては巨大な体。

 全長は三メートル前後あるだろうか、全身が黒い艷やかな毛で覆われ、赤く鋭い目が僕たちを睥睨へいげいする。


 ブラックガルムは群れで生活することはないと聞いていたがどうやら単独のようだな。

 他に仲間が現れるような気配はない。


 ん? そういえば僕にとっては初めての魔物との戦闘になるのか。

 竜車で帝都に赴く時何度か遠巻きに魔物を目撃したが、それも竜車のスピードを考えれば遭遇していないのと同じことだったし、ヴァニタスの記憶でも偶然魔物と遭遇してもクリスティナたちに命じて追い払わせていた。


「……ブラックガルム、相手にとって不足はないか」

「ガルルルルルッ!!」


 獰猛どうもうに牙を剥く黒い巨狼。


 魔物の存在する世界、その洗礼が僕たち一行に襲いかかって来ていた。











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