第八十話 簡易拠点とあの日の模擬戦


「おはよう、ヴァニタス! 昨日はよく眠れたか?」


 朝早くから出くわしたのは人一倍元気のいいラゼリア皇女殿下。

 彼女はテントから顔を出した僕を見かけた途端、はち切れんばかりの笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。


 ここは封印の森近辺に設置された簡易拠点。

 拠点と評した通りここには僕たちのテントや皇女殿下のテントだけでなく、それ以外にも多数のテントが並んでいた。


 これらはラゼリア皇女殿下のお付きの者たちのテントだ。

 皇族ともなると身辺を警護する近衛の騎士や身の回りの世話を任される専属の使用人は当然のようにいる。


 この簡易拠点にいるのは男女合わせ総人数は二十数名といったところか。

 騎士たちは周辺の警戒を任され、使用人たちは僕らも含め不慣れな外での生活のサポートをしてくれる。


 一応面通しも兼ねて軽く挨拶はしたが、みな一様に言葉は少なく、何処か一歩引いた態度だった。

 それより僕たちに同情的な眼差しでいる者が多いのが印象に残っている。


 ……ラゼリア皇女殿下に日頃から振り回されているんだろうな。

 彼ら、彼女らには皇女殿下のおっしゃることならどんな無茶でも仕方ない、というある種の諦めがあった。


 さて、そんな周りを振り回すのが得意な皇女殿下だが、朝早くから鍛錬に励んでいたようだ。

 汗の流れる額を使用人から渡されたタオルで拭っていた。


「ラゼリア皇女殿下、おはようございます」 

「ヴァニタス、堅苦しいぞ。敬称も敬語も要らないと言っただろう? もっとフランクに呼んでくれ。な」


 フランクと言われてもな。

 皇女殿下自身は許可して下さっているが、ここには身内とはいえ騎士や使用人たちの目が多数ある。

 あまり失礼なことは……。


 と、考えて途中でやめた。

 思えば封印の森に向かう道中も皇女殿下は僕相手に積極的に接してくれていたし、何より彼女自身がそうあることを望んでいる。


 ……他人の目がない場所ならいいか。

 悩むのも時間の無駄だしな。


「わかったよ、ラゼリア」

 

 満足そうに頷く皇女殿下。

 まったく……配下の者たちの気持ちがわかるよ。


 朝から物思いにふけっているとラゼリアの視線が僕の背後に隠れる人物に向く。

 彼女はニヤニヤとその人物を舐め回すように眺めた後、とぼけたような口調で切り出した。


「あー、ところでヴァニタス。昨日は何処とは言わないが騒がしかったな。特に私はヴァニタスの隣のテントだったからかもしれないが、何か絶叫のようなものが聞こえ――――」

「う、嘘!? このテントは中の声は外に漏れないはずじゃっ!?」


 はぁ……いまのは皇女殿下なりの冗談だぞ。


 僕のテントはそれなりの性能の物を用意してある。

 外部に音が漏れる構造な訳ないだろう、まったく。


「んん? 何のことだ? 私はただ夜の森は騒がしいなと言っただけだぞ」

「っ…………」


 ぐうの音も出ないとはこのことだな。

 ハベルメシアめ、ラゼリアの罠にまんまと嵌るとは。


「だが……クク、ヴァニタス。こんなところに来てもしつけに余念がないとはな。実に素晴らしい主じゃないか? な、そうだろ? ハベルメシア」

「うぅ……もうやだ……」


 僕と一緒にテントから出てきたハベルメシアだが、その瞬間をラゼリアに目撃されるとは運が悪かったな。


 いたたまれないのか増々小さくなるハベルメシア。

 すると微妙な空気を晴らすように元気のいい声が簡易拠点に響き渡る。


「主、おはよう!」

「ヒルデガルド……おはよう」

「ああ、ヴァニタス。ヒルデガルドを少し朝の鍛錬に借りたぞ」

「ラゼリア様、訓練、一緒!」


 使用人からタオルと水を貰い近づいてくるヒルデガルド。


 彼女はラゼリアの隣まで来ると長年の親友のような距離感で立つ。

 ラゼリアもそれが当たり前のように受け入れていて、訓練で乱れたであろう彼女の髪を直していた。


 先日の模擬戦が嘘のように彼女たちは距離を縮めていた。


「ラゼリア様、強い、まだ勝てない、でも……必ず勝つ!」

「……ヒルデガルドはいい奴隷だな、ヴァニタス。主のためにここまで努力出来る奴隷など私は知らない。大半の奴隷が持つ卑屈さはなく、純粋で、それでいて真っ直ぐで……大雑把なだけの私でも眩しく感じてしまう娘。フフ、それに私に勝とうとする気持ちがまったく萎えていないのもいい。私と戦えば大抵は心が折れてしまうのだがな。……ヒルデガルドはただの一つも諦めていない」


 ……先日の模擬戦、か。


 激しい戦いだった。

 いまでもあの光景が鮮明に思い浮かぶ。

 ヒルデガルドとラゼリア、互いに譲らない二つの力の激突を。






「――――泥螺弾でいらだん!」


 ヒルデガルドの泥魔法。

 螺旋回転する泥の弾丸は汎用魔法のマッドショットを発展させた独自魔法だが、速度も正確性も遥かに増している。

 彼女の扱う魔法の中では基本故に最も使う魔法といっていいだろう。


 だが……。


穿つ竜骨の突撃槍ドラゴンボーン・ランス。温いぞ、ヒルデガルド! もっと強力な攻撃で来い!」


 骨槍の軽い一振りで泥の弾丸が薙ぎ払われる。


 ラゼリア皇女殿下は自分に飛んでくる泥魔法などまったく意に介していなかった。

 寧ろもっと来いと要求する余裕まであった。


「でやあっ!」

「フンッ!」


 一気に距離を詰め殴りかかるヒルデガルド。


 彼女は魔力による身体強化が出来る。

 主人公面アンヘルの『強化』の魔法ほどではないが、魔力を帯びた体は通常の身体能力を超え高速戦闘を可能にしていた。


 ヒットアンドアウェイ。

 ヒルデガルドの基本の戦闘スタイルは近、中距離における拳打と蹴撃を主体にしたものだ。

 武器を持たず体術と泥魔法を組み合わせ付かず離れず戦う。


「だあっ!」


 しかし、何度殴りかかっても、蹴りを放っても、皇女殿下には通用しない。

 恐らく皇女殿下もヒルデガルドと同じように身体強化を施しているのだろう。

 彼女はその場を一歩も動かないままヒルデガルドの攻撃を受け止めていた。


「っ!?」


 幾度となく近距離からの体術が弾かれ、仕切り直しとばかりに一旦距離を取るヒルデガルド。

 皇女殿下を中心として円を描くように地を駆ける。


 しかし、それを狙いすましたかのような追撃。


「ほう、ならこれは躱せるか? 羽撃く竜骨の羽礫ドラゴンボーン・フェザーダート


 動き回るヒルデガルドを捉えるための面攻撃。

 皇女殿下の背から骨の翼が現れたかと思った瞬間、羽ばたきと共に無数のつぶてが飛ぶ。


 物自体は小さいが竜骨は僕の握砲撃インパクト・キャノンでも傷一つつかない強度。

 あれが当たればかなりの負傷を負うのは間違いない。


 実際ヒルデガルドの躱した礫は、地面が軽く陥没するほどの威力があった。


「っ!? 泥硬連打でいこうれんだ!」


 迫る無数の礫に躱しきれないと悟ったヒルデガルドは、その両手に泥を纏い迎撃する。

 手をコーティングする泥は硬度に優れ、硬い竜骨とも打ち合えた。

 彼女は苦しげな表情ながらも無数の骨礫をなんとか捌き切る。


「くっ――――泥幕どろまく


 姿勢を限りなく低くした状態での魔法行使。

 地面に片足で弧を描くように線を引くと、その部分から泥が上方向へと噴出する。


「一時的に姿を隠す魔法か……さて、これで私には泥の向こう側で何が行われているかわからない、と」


 だが所詮泥のカーテンは一時の時間を稼ぐことしか出来ない。

 ヒルデガルドもそれは承知していた。

 それでも荒れる呼吸を整えるためには身を隠す以外になかった。


 少しの時を置いてヒルデガルドが反撃に出る。


泥螺弾でいらだん!」


 泥のカーテンを貫通して飛ぶ泥の弾丸。

 あっさりと払い除けられる。


「おおおおおっ!!!!」

「真正面から来るか……面白い」


 ヒルデガルドの選択は一直線にぶつかっていくことだった。

 小細工なしの一発勝負。

 この一撃にすべてを賭けると彼女の気迫が物語っていた。


「砕け、ろ! ――――泥螺凱旋でいらがいせん!!」


 右手に集束した螺旋渦巻く泥の塊。

 一点に集中した力はラゼリア皇女殿下を打ち砕くべく彼女の体を動かす。


 右の拳を先端に体ごとぶつかる勢いのヒルデガルド。


 しかし……。


「鋭く早い、いい攻撃だ。しかし、悲しいかな私に勝つには力不足だな。――――噛み砕く竜骨の顎ドラゴンボーン・ヴァイト


 ラゼリア皇女殿下が迎撃のため繰り出したのは、ヒルデガルドの体などすっぽりと納まってしまいそうな巨大な竜の頭骨だった。


 天を衝く二本の角、上下の顎に生え揃った鋭く太い牙、暗い空洞の広がる両の眼窩がんか

 

 おどろおどろしい雰囲気を纏ったそれを皇女殿下は盾として使った。

 本来は敵を噛み砕き致命傷を負わせる強力な魔法なのだろう。

 しかし、ヒルデガルドの身を案じ頭骨の額で攻撃を受け止めるに留めた。


 それはきっと皇女殿下なりの優しさだったのだろうが……それだけ二人の間には力の差があるという証明でもあった。


「ああああああっ!!!!」

「…………無駄だ。私の竜骨魔法はその程度では砕けはしない」

 

 ヒルデガルドの全力の魔法は竜の骨に阻まれ届かなかった。











前のお話のリーズリーネと両親の会話部分が少し言葉足らずだったので追記しました。お話の流れは変わっていませんので、気にならない方は続きを読んでいただけると嬉しいです。お手間を取らせてすみません。

よろしくお願いします。


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