第七十九話 集まる注目と不遇な少女
数日前の一年生同士の決闘で、編入生相手に圧倒的な力を見せつけた男子生徒、ヴァニタス・リンドブルム。
いまゼンフッド帝位魔法学園の至るところでは彼の話題で持ちきりになっています。
ただでさえ注目の集まる試合でした。
貴族と平民。
魔法学園では両者の格差を問題視し、差別をなくすべく尽力しているが解決の糸口の見えない根深い問題。
以前から悪評の絶えない
結果の予測出来ない試合は皆の興味を掻き立てていました。
その余波は校内だけでなくいつの間にか学園の外にまで波及していました。
学年を跨いで二学年、三学年の上級生だけでなく帝都の住民、貴族街を拠点とする貴族の家々、果てはどこから聞きつけたのかお父様とお母様まで決闘の観戦に来られるとおっしゃる。
多忙を極める公爵家の当主が?
たまたま領地から帝都へ来訪していたとはいえ、父が一学生を気にするなんて信じられませんでした。
しかも、理由を尋ねても旧知の人物から興味深いことを聞いたと
そうして決闘の当日。
……あの光景に衝撃を受けたのは私だけではないでしょう。
集まった学生から
目を離せなかった。
惹き付けられていた。
……かくいう私もあの光景が暫くの間目に焼き付いていました。
ヴァニタス・リンドブルム。
決闘での彼は以前まで噂されていた悪評とは少し異なる姿でした。
私の認識では彼は単なる不良生徒であり、侯爵家の権威を
しかし一方で慎重な面もあり、自分より爵位の高い家の生徒には必要以上に絡んではいかず、言動を注意する教職の方々や生徒同士の
それなのに……決闘のはじまりから終わりに至るまでの徹底的な容赦の無さには、何か彼の信念のようなものすら感じてしまった。
対戦相手である編入生君が
さらに彼の扱う魔法は訓練場にある特別製の的と同じく特別に
……一体どれほどの魔力量があればあれほど強力な魔法を連続行使出来るのか、見当もつきません。
掌握魔法。
彼のことを噂する生徒は口々にその失われたはずの魔法を囁いていました。
……本当にあの掌握魔法を?
古の魔法使いヴァニタス・アーミタイルの魔法。
私も聞き齧った程度ですが知識だけはあります。
しかし、あの魔法は誰もが挑戦しつつも行使することは実現しなかった魔法。
てっきり御伽噺の中の出来事なのだと思っていましたのに……とても信じられません。
信じられないことはもう一つ。
聞けば決闘に至った経緯は自分の侍らせる奴隷に編入生君が交際を申し込んだからだとか。
そんなことで?
しかし彼に取っては許せることではなかったのでしょう。
彼が学園に奴隷を引き連れていたのは有名な話でしたが、そこまで……命を落とす可能性すらある決闘で決着をつけるほど奴隷を大切にする者など聞いたことがありません。
決闘の終わり屋敷に帰る帰路、満足そうな表情のお父様はこうおっしゃられた。
『ヴァニタス・リンドブルム。かの御仁のおっしゃる通り実に興味深い少年だった。リーズリーネ、お前はどう思った。私としては彼をお前の伴侶にしてもと――――』
バ、バカらしい。
ああ、いえお父様のことではありません。
しかし、彼を私の伴侶になんて……。
彼にはすでに婚約者がいたはずですよ、と私が伝えればお父様は『なあに、いざとなれば先方に失礼のないよう私から連絡して許可を貰うさ。それに我が家にはお前の姉のフィーレルもいる。ハハ、第二婦人でも構わないだろう?』
なんて逆に尋ねられる始末。
本気、何でしょうか。
……流石に冗談ですよね。
むくれる私にお父様は笑って誤魔化すだけでその真意まではわかりませんでした。
しかも、お父様だけでなくお母様まで『リズには前に立って引っ張って下さる殿方が必要だと思うの。彼、強引なところもありそうだし丁度いいのではないかしら』などとおっしゃるなんて。
……もうっ。
両親の思いもよらない好印象に私はつい不満を漏らしてしまいました。
ですが……彼が気になるのは事実。
それにお父様だけではなく貴族の家々の間でもやはりあの決闘の話題は広く拡散しているようです。
お父様の口振りでは普段こういった出来事には関心のなかった家々の方も、彼については熱心に聞き回っているようだと聞いています。
しかも、信じられない話ですが誰が真っ先に彼へと接触するかを裏で牽制し合っているとか。
……見極めなくては。
あの学園中に広まっていた悪評とは少し異なるヴァニタス・リンドブルムを。
そうして私はいま彼の元へ、
ですが勿論個人的な理由だけではありません。
「あ〜〜、リズ先輩! 今日はどうしたんですかぁ? ここ一年生のフロアですよ?」
「……ええ、少しフロロクラスの生徒に用がありまして」
「へ〜、てっきり生徒会の用事かと思ったんですけど、違うんですね〜」
『頑張って下さい〜』と間延びした応援の声を受け止めつつ校舎を進む。
そう、私がヴァニタス・リンドブルムのいるフロロクラスへと向かう目的は生徒会の用事でもあります。
私はリーズリーネ・スプリングフィールド。
スプリングフィールド公爵家の次女であり、生徒会、正確には生徒会執行部の書記を務める者でもあります。
ゼンフッド帝位魔法学園は生徒たちの自立を促すため、生徒たちの自治活動にも力を入れています。
生徒会執行部はその最たるもの。
学園で行われる各行事の進行や運営、部活動への予算の配分、校内新聞などの広報活動、学園内の治安維持など活動は多岐に渡ります。
彼と接触するのは私の所属する生徒会の長直々のお願いでもありました。
『リズ君、噂のヴァニタス君だが……ふふっ、生徒会に誘ってみるのはどうだろうか? 面白くなるとは思わないかい?』
生徒会長のお考えは私にはわかりません。
あの
『リズ君は公爵家の令嬢だろ? すまないが君から彼に生徒会の意向を伝えてくれないか? その方が穏便に済むだろうし』
ニヤニヤと笑う生徒会長に正直イラっときたのは秘密ですが、何故だか私が彼への接触を一任されてしまいました。
はぁ〜。
思わずついて出た溜め息を周囲に悟られないように吐きます。
憂鬱な気分のまま校舎を歩いていると
「……失礼、そちらの男子生徒さん」
熱心に机に向かって何かを呟く一人の少年へと声を掛ける。
他の生徒もいましたが彼が一番近く、他の生徒は急に教室へと現れた
しかし……。
「あの……集中しているところごめんなさい。ヴァニタス・リンドブルムはこのクラスだと伺ったのですけど……」
返事がなかったためもう一度尋ねるも男子生徒は私の方すら見向きもせず机に齧りついたままでした。
「あー、あの上級生の方? ですよね。すみません、ラルフはいまヴァニタスの出した宿題が頭から離れないみたいで。用事ならオレが代わりに聞きますよ」
そう言って代わりを買って出てくれたのは黄色髪の少年。
彼は机で何事かを呟気続ける男子生徒、ラルフという少年を見ながら苦笑いを浮かべ、私へと話し掛けてくれました。
宿題?
ヴァニタスが?
「宿題……はわかりませんが、ヴァニタス・リンドブルムに用があって来ました。私は二年のリーズリーネ・スプリングフィールド。彼はどこでしょうか?」
「スプリングフィールド……公爵家の……」
一息で用件と自己紹介を済ませます。
どうやら私自身早く用事を済ませたいと焦っていたのかもしれません。
私の名を聞いて少し動揺した様子だった黄色髪の少年は、自分のことをレクトールと名乗った後、ばつの悪そうにこちらを伺ってくる。
一体何が……。
「……すみません。ヴァニタスは……いま学園に居ないんです」
「――――は?」
後日、ヴァニタス・リンドブルムにあのラゼリア皇女殿下がいち早く接触したと聞き思わず納得してしまいました。
皇族であるラゼリア皇女殿下なら、牽制し合って動けない貴族の家々を一足飛びに飛び越えてヴァニタスへと会いに来たとしても可笑しくないと。
ですが……少し、ほんの少しだけ悔しかったのも事実。
私が
ヴァニタス・リンドブルム。
帰って来たら覚えていなさい。
貴方の真実を必ず見極めて見せます。
……改めて彼への接触を決意する私でしたが、お父様もお母様も、接触出来なかったことを報告した生徒会長ですらも、微笑ましい眼差しで見てきたことには何故か辱めを受けた気分でした。
私は! 彼に! 執着などしていません!
ヴァニタス、この屈辱は必ず晴らしますからね!
だから早く学園に戻ってきなさい!
やっと更新出来た……。
遅くなり申し訳ないです。
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