第七十八話 封印の森
「外……?」
「そう、外だ! ヴァニタス、お前の決闘する姿には
……とは言われてもな。
学園が休みの日に出掛けると言うことか?
だがどうも口振りからいって違うような気がする。
というか僕の屋敷で行われたハベルメシアとの模擬戦の内容も当然のように知っているのか。
やはり皇族ともなると情報網は広いな。
「そんな
「ある場所……ですか?」
「皇帝直轄地にある『封印の森』だ。帝都リードリデから南西の方角。その昔邪竜を封印したとされるいまは皇族と一部の騎士たちのみが訪れることの出来る場所。あそこはいいぞ。手つかずの自然が残っているし、なにより鍛えるにはもってこいの場所だ」
「鍛える、ですか……」
「ああ、封印の森は皇族や選ばれた騎士たちが己の力を鍛える場所として
皇族の許可が必要な場所。
鍛錬場所と
「どれぐらいの期間のつもりなんですか?」
「う〜ん、帝都から封印の森までは中々距離があるからな。移動時間短縮に竜車を手配するにしても一週間、いや二週間ぐらい欲しいな」
「それは……学園がありますし……」
「心配するな。学園は公休扱いにしよう。私から学園長に
『今日魔法学園に入れたのだってちゃんと学園長に許可を取ったんだぞ!』と自慢げに教えてくれるラゼリア皇女殿下。
学園長……いまだ直接話したことはないが皇女殿下に言われて断れなかったんだろうな。
「なあ、ヴァニタス、いいだろ? お前の実力では学園の授業もつまらないのではないか? ちょっと出掛けて戻ってくるだけだ。な? な? いいだろ?」
む、つまらないというほどではないが……すでに学んだ内容が多いのは事実だ。
暫く学園の行事はない。
学園を留守にしても別に支障はない、か。
それに、皇女殿下のお誘いともなれば無下には出来ない。
様子から見ても彼女は僕に提案しているだけで強制ではないのだろうし、十分に配慮してくれているのもわかる。
だがなあ……。
「ヴァ、ヴァニタスさん? 封印の森ってもしかしなくてもあの封印の森ですか? 冒険者も入れない未踏の地で、そこには手付かずのお宝が眠っているという。あの……封印の森?」
「僕は詳しくないが、お宝って……ただの森ではないのか?」
「な、何をおっしゃるのですか! あの森には
マユレリカ、目が金欲に支配されてるぞ。
だが、商人の家系だけはある。
この商談を逃したくないと目で訴えてきている。
「そうだな。素材の持ち帰りも父上に言って許可を貰っておく。取った分は好きに売り払って構わんぞ。どうせ私だけで行ってもほとんど活用出来ずに土に返すだけだからな」
「さ、流石皇女殿下! 太っ腹ですわ!!」
「フハハ、女性に向かって太っ腹は感心しないが言いたいことはわかるぞ!」
ふふふ、ハハハと笑い合うマユレリカとラゼリア皇女殿下。
マユレリカ……あれだけ恐れ慄いていたのに一気に距離が近づいたな。
それにしても、恐ろしい人心掌握術だ。
一瞬で一人味方につけた。
「ああ、そうだ。あそこの温泉は美肌の湯でな。一度浸かれば肌に張りがでて玉のような肌になれると皇族の間では有名だぞ。それに………封印の森はある霊薬の素材の群生地なんだ。それ目当てで騎士が駆り出されることもある」
「霊薬、一体それは……」
「聞いて驚くなよ」
「?」
「――――若返りの霊薬だ」
「え?」「な、なんですって!?」「?」「ほ、欲しい……」
こ、この皇女、女性陣の
何のことだかついていけていないヒルデガルド以外が急に色めき立つ。
それはもう皇女殿下の一挙手一投足を見逃さないように。
話に加わらないように僕たちから距離を取っていたラパーナですら興味を引かれたのか頭上の兎耳をピクピクとさせ皇女殿下の発言を気にしている。
「ハハハ、やはり女はいくつになっても女だな。しかし、若返りの霊薬と一口に言っても実際の年齢が若くなる訳ではないぞ。精々が見た目上数歳若く見えるようになるだけだ。寿命は伸びないし連続で使用してもほぼ効果はない」
「そ、それでも女なら欲しいに決まっていますわ。若返りの霊薬なんて帝国での流通数は極少数ですもの。や、やはり封印の森にお宝が眠っている噂は本当でしたのね」
「ああ、だがここだけの話にしてくれ。あまり広まると……下手したら反乱が起きる」
爆弾も爆弾だ。
こんな恐ろしい話外には絶対に漏らせない。
女性の美への追求は飽くなきものだからな。
少しでも情報を知っていることを知られたら拷問されても可笑しくないぞ。
ラゼリア皇女殿下……恐ろしい女性だ。
「さて、ヴァニタス。どうする? 私としてはお前が一緒に来てくれれば嬉しいのだが……無理強いはしたくない」
ラゼリア皇女殿下の発言は殊勝だが、背後に控える女性陣の圧がスゴイ。
これは……断ればどうなるか……。
だが……。
僕はちらりと横を見る。
ヒルデガルド……いまだギュッと僕の手を固く掴んで離さない彼女。
彼女の気持ちを考えれば……。
「ムウ、駄目か? なんなら模擬戦で決めてもいいぞ。そうだ、それがいい。私もお前を直に感じたいしな。なあヴァニタス、戦ってお前が納得してくれたら一緒にくる。これでどうだ?」
戦いか。
それも悪くはないが……。
「なら僕から提案が」
「おう、なんだ!」
「ヒルデガルドと戦っていただけませんか?」
「――――え、主?」
「フフ、お前のお気に入りの三人の奴隷の一人。ヒルデガルドか。私の奇襲に反応して咄嗟に主を守ろうとした動き。悪くなかった。相手に取って不足はないな」
「主、どうして?」
僕の提案に不可解なものを見るような目で尋ねてくるヒルデガルド。
掴んでいた手に思わず力が入ったのが伝わる。
「ヒルデガルド」
「主……」
「戦いたいんだろ?
「う、うん」
「戦って僕を守りたいと思ってくれたんだな。奪われたくないと嫉妬してくれたんだな」
「うん、だって、主、私たちの主」
封印の森へ出向くのは正直やぶさかではない。
立場を考えれば断り辛いのもあるが、提案は真っ当なものだし僕への配慮も窺える。
好意……はまだよくわからないが、しっかりメリットまで提示してくれて至れり尽くせりなのは確か。
だが、それでも……ここで簡単についていくと頷けば彼女の気持ちはどうなる。
僕を失うかもと不安に苛まれ、手を離そうとしない彼女の気持ちは?
ずっとモヤモヤと発散出来ない感情を抱えなくてはならない。
なら。
「
「あ、主…………うん、うん! 戦う!」
勝っても負けても、きっとこの戦いはヒルデガルドの成長を助ける糧となるはず。
僕はそう信じた。
「ヒルデガルド! さあ、掛かってこい!!」
「負けない! 主! 奪わせない!!」
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