第七十七話 暴竜皇女ラゼリア・ルアンドール


 魔法学園内部での蛮行にあまりに注目が集まり過ぎたため、帝都貴族街のリンドブルム家屋敷へと場所を移す。

 丁寧に整えられた庭園を見渡せるテラス席に座り、話し合いの場を設けた。


 勿論突然現れたラゼリア皇女殿下の真意を問い質すためだ。


 あまりに唐突な登場、しかも魔法学園内部で襲撃を受けるなど意味がわからなかった。

 途中夫? とか言い出していたし、僕は仮とはいえ婚約者のいる身なのだが……。


 そんな終始困惑したままの僕だったが何故かラゼリア皇女殿下に後ろから抱き抱えられていた。

 どうしてこうなった?


「ヴァニタスぅ〜、なあ悪かったよ〜。お前の奴隷たちを傷つけるつもりじゃなかったんだ〜。ただ力が試したかっただけなんだよ〜」

「…………ええ、手加減して下さったんですよね。わかっています」

「そうか? わかってくれるか? 流石私のヴァニタス! う〜ん、お前は可愛いなぁ。スンスン。うん、いい匂いもするし、抱き心地も最高だ。なあヴァニー、て呼んでもいいか? いいだろ? なぁ?」

「駄目です」

「ん、悪かったよ〜。そんなに怒らないでくれ。親しみの感じる呼び方がしたかっただけなんだ。すまなかったよ〜」


 耳元で囁かれる猫撫で声がこそばゆい。

 というか体をまさぐる手を止めて欲しい。

 それに動く度に後頭部にあのどデカい胸が当たるんだが。


 もはやスキンシップとかいう次元を飛び越えてる。


 どうやら僕と主人公面との決闘を観戦していたらしいことは言動から推察出来るが、なんでこんなことに?


 僕は現実から逃げるように皇族に関する知識を思い出す。


 第四皇女ラゼリア・ルアンドール。

 名前からも察せられる通り彼女はこのルアンドール帝国の皇族の一人だ。


 皇帝陛下には六人の御子がいるが、彼女は三人の兄を持つ四番目の御子。 

 帝国では過去女帝も存在したことのある歴史があり、皇子も皇女も誕生した順に一緒くたに数えられるため、故にこそ第四皇女と呼ばれる。


 年齢は二十二歳、僕とは七歳差。

 十八歳で魔法学園を卒業した後、彼女は気分次第で行動を変えている。


 気まぐれに冒険者としての活動してみたり、皇族として戦地を鼓舞するために訪れたり、騎士団と共に帝国各所に作られた魔物の巣を破壊したりと忙しなく活動している。


 “暴竜皇女”の二つ名は帝国を守る騎士たちがつけたものだと言われている。


 ある時オークの大集落が帝都近辺に作られたことがあった。

 二メートル以上の体格を誇る豚面の魔物オーク。


 二百体からなる大集落に複数の騎士団が討滅に派遣されたが、ラゼリア皇女殿下はそこに無理矢理参加した。

 上位個体の入り交じるオークの集団。

 その約4割を一人で討伐した彼女についた二つ名こそ“暴竜皇女”。


 彼女の唯一つの先天属性『竜骨』も理由の一つだろうが、戦いを直に目撃した騎士たちはオークたちを次々に殺戮していく彼女の姿に畏怖し、彼女の歩みは誰にも止められないと悟ったという。


 ラゼリア・ルアンドールの歩みは誰にも止められない。

 竜の及ぼす災害のように、と。


 それにしても、魔力で作り出した竜の骨があれほど強固とは予想していなかった。

 ……握砲撃インパクト・キャノンで傷一つつかない硬度とかどれだけ硬いんだ。


 現実逃避しつつも不覚にもまさぐられる手に慣れ始めた頃、いつになく険しい表情をしたヒルデガルドが僕の手を引っ張る。


「むう、主から、離れる!」

「……ヒルデガルド?」


 抱き抱えていたラゼリア皇女殿下を引き剥がそうと必死になるヒルデガルド。

 ど、どうしたんだ?

 ムッとした表情にはいつもの無邪気で天真爛漫てんしんらんまんな様子は窺えない。


「主! 離す! 離す!」

「おお、すまないな。独占し過ぎたらしい」


 ヒルデガルドの抗議、一歩間違えれば、というか奴隷と皇女という立場の違いを考えれば、彼女の態度はかなり失礼だった。

 しかし、ラゼリア皇女殿下は特に彼女の無礼を気に留めていないようで、すぐに拘束を解いてくれた。


 僕が軽く目で失礼を謝罪するとパチリとウィンクで返される。

 う、うん、僕の奴隷ヒルデガルドの失礼に当たって可笑しくない態度をあっさり許してくれるのはありがたいが、何故こんなに好感度が高いのか、それがわからない。


「主、こっち、いる!」


 しかし、ヒルデガルドは一体どうしたんだ?

 彼女がこんなにムキになるなんてかなり珍しい事態なのだが……。


 まさか……嫉妬してくれているのか?


「ヒルデガルド……」

「主、私たちの主、あのひとのものじゃない!」


 僕がラゼリア皇女殿下に取られると思ったのか……。


 ヒルデガルドの視線はラゼリア皇女殿下に向いていた。

 敵意、までは行かないが絶対にこの手は離さないという気迫が籠められていた。

 

 だが、皇女殿下はそれを楽しげに受け流すと、目線をテラス席の端でちぢこまるハベルメシアに向ける。


「それにしても……プッ、ククク。ハベルメシア、宮廷魔法師でも第二席まで登り詰めたお前が奴隷になるとはな。あの高慢ちきな姿はどうした。いつになくしおらしくなってるじゃないか」

「そ、それは……」

「父上もお前には手を焼いていたからな。普段宮廷魔法師としての仕事もたまに断ったりする癖に、立場の弱い宮殿の使用人たちには威張り散らして。何度か注意したが一時いっとき大人しくなるだけで直しもしない。いつかは痛い目を見ると父上は心配していたんだぞ。それに十年以上も宮廷魔法師でいる癖に男の影がまったくない。途中戦地にて孤児を拾ったと聞いた時は期待したのだが、可愛がるだけで特に進展はなかったからな。宮廷魔法師の結婚は一大事なのに、抜けているところもあるお前の結婚相手には父上も長年頭を悩ませてきたんだぞ」

「うぅ……はい、すみません……」

「だが、その姿を見るにヴァニタスが預かってくれて正解だったようだな。順調に調教、もとい躾は進んでいるようだ。だが、己の不始末の結果とはいえヴァニタスの寵愛ちょうあいを受けられるとは、正直羨ましいぞ」

寵愛ちょうあいって……そんな……」

「フハハハハ、あのハベルメシアが頬を染めて恥ずかしがるとは! 珍しい姿を見れて嬉しいぞ! だが、その様子ではまだまだ足りなそうだな。精々主に可愛がって貰え」

「うぅ……どうしてわたしがこんなはずかしめを……」


 調子に乗りやすいハベルメシアも流石にラゼリア皇女殿下には頭があがらないようだな。

 というか皇女殿下が強すぎる。


 すると二人の様子を戦々恐々せんせんきょうきょうと見守っていたマユレリカが僕に小声で耳打ちしてくる。


「あ、あのヴァ、ヴァニタスさん? ど、どうしてこんなことに? 皇女殿下になんてわたくし会ったことございませんのよ。ど、どのように接すれば良いのか見当もつきませんわ」

「…………普通にしろ。多分それが一番いい」

「普通がわからないんですの! 普通ってなんですの! 皇女殿下に対する普通なんてわたくしわかりませんことよ! というか現役の宮廷魔法師を奴隷にしたという話もわたくし詳しく聞いていませんのよ! 何故ハベルメシア様がここにいますの!? 一体! どうなって! ますの!」


 大分パニクってるな。

 気持ちはわからないでもない。

 伯爵家、しかも帝都からそれなりに離れた地方の貴族ともなると皇族と接する機会などまずない。

 それなのにこの場には奴隷となった宮廷魔法師と帝国の第四皇女が揃っている。


 主人公面との決闘騒動の時は下手に関わらない方がいいと彼女は接触して来なかったが、まあ蓋を開けて見れば宮廷魔法師を奴隷にしてるからな。

 面倒だったから特に詳しい事の顛末てんまつも知らせてもいなかったし。

 彼女が慌てるのもわかる。


 だが、ラゼリア皇女殿下については僕もわからないんだよな。

 そもそもなんで僕に会いに来たんだ?

 まさか……本当に僕を夫にするため、なんて言わないよな。


 でもこれまで接してきた彼女の性格を考えると何か裏があるようには思えない。

 え……本当に?


「マユレリカ・ランカフィール!」

「は、はい!」

「事前にヴァニタスのことは調べてきたからな。お前が婚約者だとは知っている。勿論私はお前が正妻で構わんぞ。私が後からヴァニタスを見出したのだからな」

「い、いえ! わたくしのことはどうかお気になさらず!」

「そうもいかん。順番は大切だからな。いずれ生まれる私たちの子供たちを後継者争いで苦しめる訳にはいかない。こういったことは初めにしっかりと決めて置かないとな」

「ですが……わたくしはその……賊に攫われた身で……」

「何を言う! 私から見てもお前は高潔な精神を失っていない。賊に攫われたとしてお前の価値は変わらなかったのだ。やはりヴァニタスは女を見る目も優れている。うん、やはりお前が正妻がいいだろう」


 ……マユレリカを襲った不運も知っていたのか。

 それでも構わないと即答する姿。

 皇族か、何か惹きつけるものがあるのは確かだ。


 しかし……正妻の件は余計混乱するような気がするがどうだろう。


 妻の立場が違う場合、誰を後継者にするかは周囲の声に左右されることもある。

 優秀さで決めるか、血統で決めるか。

 家臣や配下の中でも誰を後継者に押すか割れるだろう。

 

 勿論僕が断固たる意思で決めれば良いのだが、それでもわだかまりが残れば兄弟姉妹の不和の種にもなる。

 難しい問題だ。


 って、何故僕はそんな遠い未来の心配をしている!?

 不味いな、完全にラゼリア皇女殿下に引っ張り回されてる。


「うぅ……流石皇族の方ですわ。でも、正妻の立場を譲られても、ハイそうですかなんて言えませんわ……」


 マユレリカも皇女殿下の押しの強さに感動しつつも怯んでいた。

 彼女も気の強いところはあるのだが、この場はもはやラゼリア皇女殿下の独壇場どくだんじょうだった。

 

「ムウ、不満か、仕方ない後でこの件についてはじっくり語り合おう」


 一人頷きながら呟く皇女殿下に意見出来るものは誰もいない。

 え、これいつになったら終わるんだ?


 それでも用件を聞かなければ先に進まない。

 僕は意を決してこの場で一人だけ楽しそうな皇女殿下に問う。


「それで……ラゼリア皇女殿下に置かれましては何用で僕を訪ねて下さったのですか?」

「ヴァニタス……連れないな。私たちの間に敬語など不要だ。残念ながらいまはまだ違うが、将来の妻に接するようにしてくれればいい」

「そう、ですか。ラゼリア様はどうして僕のところへ?」

「敬称も要らないのだが……仕方ない慣れるまで待とうじゃないか。さて、その件だな。ヴァニタス、お前――――」


 ラゼリア皇女殿下が僕を訪ねてきた理由。

 果たしてそれは何なのか。


「――――魔法学園の外に行ってみないか?」

「……外?」











すみません、遅くなりました。


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