第七十六話 襲撃者


「け、けだもの……」

「ケダモノ? 僕がか? どちらかというと後半はお前から――――」

「わぁーーーー!!!!」

「おい、突然大声を出すな」

「だって、だって、だって、違うからぁ」

「? 違わないだろ? 散々僕の上で――――」

「むうぅ、違うもん。違うぅ…………もう……旦那様のイジワル」

「旦那様? お前は四番目、いや五番目だぞ」

「――――え?」






 日差しの気持ちいい朝。

 身支度を整え学園へ向かう。


 同行者に選んだのは勿論僕の大切な奴隷たち。

 クリスティナ、ヒルデガルド、ラパーナ。

 一ヶ月限定だが仲間に加わったハベルメシア。


 学園へは馬車で向かう。

 朝の一悶着のせいでのんびりしている時間がなくなった。


 そんな揉めた原因でもあるハベルメシアは、帝都を走行する馬車の床を見ながら顔を真っ赤にして照れていた。


 何だ、突然大声で叫んだせいで屋敷中から何事かと人が集まったことがそんなに不服だったのか?

 クリスティナを先頭にメイドたちが部屋に突撃してきたら大慌てだったからな。

 わからなくもないが……。

 もう僕のものになったというのにあられもない姿を見られたのがそんなに恥ずかしかったのか?

 





 魔法学園は至って普通だ。

 強いて言えば遠巻きに観察してくる輩が僕ではなく、僕の後ろに連れられた人物に注目していることだろうか。


「うぅ……なんでわたしが魔法学園にまで一緒に来なきゃいけないのぉ……」

「お前が負けたからだ」

「ひどい……」


 学園の正門前まで乗り付けた馬車から降りた時も視線が凄かった。

 決闘で目立ち過ぎたからか?

 口々にあれは誰だと指差している。

 ……もう少し隠せ。


 しかし、やはり学生たちの集団、宮廷魔法師を直接見た者は少なかったようだ。

 真紅の首輪の人物がハベルメシアだとはまだ気づかれていない。






「うむ、たまには食堂での昼食も悪くないな」

「はい、主様。あ、お口の端に……失礼しますね」

「食堂、広い、ご飯、美味しい!」

「誰ぇ、わたしが宮廷魔法師だってバラしたのはぁ……」

「はぁ……目線がすごい……」


 魔法学園の食堂は学生か教員なら無料で食事が出来る。

 貴族の生徒はともかく平民の生徒にはありがたい計らいだ。


 もっとも若者のための料理だからか量は半端なく、僕は少し減らして貰ったぐらいだが。


 食堂は暗黙の了解でそれとなく貴族と平民で別れているらしい。

 一応貴族側と思わしき席に着いたが不躾な視線が刺さる。


 やはり奴隷と同じテーブルについていることが気になるらしい。

 しかし、表立っては文句を言う輩はいない。

 突き刺さる視線を無視して食事に集中する。


 そういえば、遠巻きに囲んでくる学生たちの視線は朝とは少し異なっていた。

 どうやらどこからか僕の奴隷となった人物が宮廷魔法師第二席その人だとバレてしまったらしい。


 まあ、魔法学園には高位の貴族の子供たちも多い。

 どこかのパーティーか何かで見かけたのだろう。

 時間の問題だったな。


「うわぁ〜、スゲェ美人だな。側に侍らせてるってことはもしかしてあれもヴァニタスの奴隷なのかよ。信じられねぇ。……え、宮廷魔法師? んなはず無いだろ。奴隷だぞ奴隷」

「嘘でしょ。あれが“無窮無限”のハベルメシア? いやいや、ただ同じ名前なだけでしょ。ハハっ、冗談言わないでよ。え、マジ?」

「あ、あれは……ハベルメシア様? 嘘だ。そんな、あの無限の魔力を持つと言われる帝国の誇る偉大な宮廷魔法師が……奴隷だなんて……。わたしの憧れが奴隷?」


 好奇な視線に晒されながらも食堂での一幕は終わる。


 食堂の端で黒髪の生徒が突然卒倒して黄色髪の生徒に医務室に運ばれたらしいが……僕は知らん。






 多少の混乱はあったが、いつものメンバーに一人増えただけの平凡な一日。

 しかし、授業も終わり放課後、訓練場に移動する最中にそれは起きた。


「……ん?」


 女だった。


 僕たち五人の進路の先、数十メートルは彼方に、濃い桃色髪のショートカットの女が仁王立ちしている。


 戦闘服らしき黒を基調とした服。

 否が応でも目線の吸い込まれる存在感ある豊満な胸。

 筋肉質な手足はスラリと長く、身長は百九十センチメートル近くある。

 ……何もかもデカい女だ。


 学生じゃないな。

 明らかな不審人物はその黄金に輝く瞳で僕を捉えていた。

 目が合った瞬間ニヤリと口の端が釣り上がる。


「あ、あの御方は……」


 ハベルメシアが女を目撃した途端に動きを止めた。


 だがそんな隙を見せている時間はない。

 わからないのか。

 あの女、明らかに僕たちに向けて戦意を放ってる。


 戦う気だ。

 この魔法学園のど真ん中で。


「主様! こちらに!」


 咄嗟に進路の先にいる女を危険な人物と判断したクリスティナ。

 僕を背に庇うようにして前に出る。


 学園内のため武器がない。

 クリスティナは魔法を主体に戦うべく前傾姿勢でありながらもいつでも狙いを定められるよう構える。


「――――ッ」

 

 速い。

 ただ疾走してくるだけなのに圧がここまでくる。


「主、守る!」

「ヒルデ!」

「あ、待っ――――」

 

 ヒルデガルドが先手を打つべく一直線に僕へと駆ける襲撃者に攻撃を仕掛ける。


「たあっ!」


 渾身の蹴り。

 しかし、くうを切る。


「やあっ! はっ! てやあぁ!」


 正拳突き、回し蹴り、アッパーカット。

 素手での格闘が得意なヒルデガルドの攻撃は、しかし、どれもが防がれ、躱され、耐えられる。

 ……まったく効いていないだと?


「この! この! なんで……」

「いい動きだ。ウンウン、悪くない」


 大人と子供。

 突然の奇襲とはいえそんな印象さえ受けてしまうほど謎の女とヒルデガルドには力量の差があった。


「ほらっ」

「うぐっ……」

「ヒルデ! くっ……! 水麗薄刃プルクラアクアスライサー!」


 ヒルデガルドが一撃で吹き飛ばされた?

 しかも、手刀と共に放たれたクリスティナの魔法も難なく躱している。

 このデカ女……強い。


「ま、待って待って! その御方はっ!」

「待つ暇などない! ハベルメシア、役に立たないならラパーナを連れて下がっていろ!」

「くっ……この力は……キャッ!?」


 腕を捕まれ投げ飛ばされるクリスティナ。

 アイツめ……クリスティナとヒルデガルドを。


 二人を退け数メートル先にまで接近してきたデカ女。

 ニヤニヤと嬉しそうに笑うその表情は僕の次の手を待っているかのようで……。


グラップ――――」


 右手に魔力を集束させる。


 対してデカ女は左手に巨大な骨の槍を出現させた。


穿つ竜骨の突撃槍ドラゴンボーン・ランス


 何だアレは。

 曲がりくねった複数の白い骨が一本の槍へと形成されている。

 異形のもつ圧倒的な威圧感。

 何故かデカ女が持つに相応しいと感じる荘厳そうごんさ。


 ……構うものか。


握砲撃インパクト・ キャノン!」


 っ!? 砕けない!?

 デカ女が骨の槍を盾代わりに構えるが、僕の魔力砲撃を真正面から受け止めても傷一つつかない。


「主!」「主様!」

双握ダブルグラップ――――」


 なら次はもっと強力な一手を、と身構えた瞬間、デカ女の放っていた戦意がみるみるしぼんでいく。


「?」

「いい奴隷を持っているな、ヴァニタス」


 デカ女は立ち上がろうとするヒルデガルドたちを一瞥いちべつした後、骨槍の柄尻を地面に叩きつけると周囲一帯に響き渡る大声で叫ぶ。


「流石、私の見込んだ男だ! 嬉しいぞヴァニタス! この私に怯むことなく立ち向かうその気概。一瞬も逸らすことなく前を見据える瞳。まさにお前こそ私の求めていたものだ!」

「?」

「それでこそ私の夫になるに相応しいっ!!」

「――――は?」


 デカ女は骨槍を投げ捨て僕へと近づいてくる。

 そこには敵意も殺意も、先程までの戦意すらなく、ただただ衝動に駆られたような――――。


「むぐっ」

「ああ、ヴァニタス! お前はなんて雄々しい男なんだ。それでいてこの可愛らしい顔立ち。まさに私の求める男のコだ!」


 く、苦しい。

 バカ力で胸に押し付けるな。

 こ、呼吸が出来ない。


虚無接触ヴァニティ・タッチ

「おお、力が抜ける。その魔法は決闘の最後に使った魔法だな。だが……悪くない。悪くないぞ!」


 いや、ちょっと待て。

 全然力が緩まないんだが。

 

「むう、やめる!」

「た、助かった。ありがとうヒルデガルド」

「主、助ける、当然」


 デカ女のこれまた長い手足に絡め取られていた僕を、ヒルデガルドが無理矢理引き剥がしてくれた。

 すると、慌てた様子でハベルメシアが駆け寄ってくる。


 コイツ……僕たちが襲われている間、結局何もしなかったな。

 本当に宮廷魔法師、だよな。

 色々迂闊なところばかり見ているからかつい疑ってしまう。

 ……後でお仕置きだな。


「っ!?」

「それで? 何なんだお前は」


 魔法学園内部での突然の襲撃。

 しかし、立ち回り方を見ても僕たちを殺すつもりはなかったようだ。

 軽くあしらわれただけでクリスティナにもヒルデガルドにも怪我はない。


 ……だが強さは本物だった。


「わ、私から説明するよ。この御方は皇女殿下。ルアンドール帝国第四皇女。“暴竜皇女”とも呼ばれる――――」

「ラゼリア・ルアンドールだ。ヴァニタス、私はお前に会えて嬉しいぞ」


 暴竜、まさに傍若無人ぼうじゃくぶじんを体現したかのような女が僕たちを襲撃してきた。











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