第七十話 命懸けの決闘


 誰がこんなに集めろと言った?


「ねえねえ、今日の決闘。ヴァニタス・リンドブルムと噂の編入生、どっちが勝つと思う?」

「……確かヴァニタスって光魔法しか使えなかったよな。侯爵家嫡男ってことで他の生徒に横暴に振る舞ってても見逃されてたやつ。容姿はこじんまりしてても性格は最悪だって。学園の中でも外でも悪い噂しか聞いたことねぇけど……あ、でも決闘には代理もあるもんな。貴族だし自分では戦わない、のか?」

「ううん、今回の決闘は両方とも代理じゃなくて本人が戦うらしいよ。命懸けの戦いなのに本人が戦うなんて絶対ヤバいよね〜。でもさ、ヴァニタスは長期休暇から戻ってきたらすっごい威力の魔法を使えるようになってたんだって!」

「あー、なんか聞いたかも。遠距離魔法訓練の的がどうたらって。え、アレ、あいつのことだったのか?」

「そうそう! 実はさ。あの的って何で出来てるか知らないけど信じられないぐらい頑丈じゃん。それこそ複数人で魔法をぶつけたくらいじゃびくともしない。なのにヴァニタスはたった一発の魔法であの的にヒビを入れたんだって!」

「……ほんとかよ」

「でさあ、その後のクロード先生の実技授業でシドニア男爵家のイルザをボッコボコにして勝利したらしいよ」

「あのイルザを!? 確か魔力による身体強化も使えて槍術も火魔法も両方使いこなしてるってやつだったよな? 嘘だろ!?」

「いやホントだって! 最近放課後はずっとヴァニタスと一緒に訓練してるけど、なんか弱みを握られて仕方なくなんだって。それに模擬戦で負けたから自分の女になれって迫ってたらしいよ。しかも、一緒に訓練させられてるラルフって平民の男の子は、毎日のように魔法の的にされて、気絶するように訓練場で横になってるんだって!」

「ヴァニタス……鬼畜野郎かよ」

「それで、対戦相手のアンヘルって生徒なんだけどこっちも――――」


 ……大分誇張こちょうされた噂が広がってるな。

 まあ舐められているよりはマシだが。


 それにしても観客が多い。

 多過ぎる。


 いや、僕は確かに学園側に観客を入れるよう言ったさ。

 主人公面のような輩が今後出てこないよう、生徒や帝都の住民への牽制の意味も籠めて観客を招き入れることを学園に申請した。

 だがこんなに入れろとは言ってない。


 広大な敷地と最新の設備の揃うゼンフッド帝立魔法学園の闘技場。


 今日は決闘が開催される日。


 魔法学園は休みだが、ここには大勢の観客が詰め掛けていた。


 学園の生徒も数多くいるが問題は一般の生徒とは隔離された場所にいる数人の貴族らしき人物たち。

 服装や遠目からでもわかる風格、警戒する護衛からいっても貴族の中でも高位な者だろう。


 闘技場の一角を仕切るように配置された貴賓席きひんせきのような場所。

 あれは……確か学園長か、隣には似た風貌、それこそ学園長の孫娘くらいの人物が……。


 目が合った瞬間、彼女の口が何かを伝えるように動く。


 ……あの耄碌もうろくジジイっ。


 あんなところにいたのか。

 この間、帝都の屋敷で会った時は『ごめん、ヴァニタスぅ、儂お主のことちょっと広め過ぎたかもしれん。でも儂とお主の仲じゃもんな……許して、くれるじゃろ?』と妙な態度だったのはこのとこだったんだな。


 僕の預り知らぬところで勝手に話を広げやがって。

 監視がないとはいえ自由に動き過ぎだろ。

 

「はぁ……」


 一瞬ムッとしたが一つ溜め息を吐いて精神を落ち着かせる。

 ……もう集まってしまったものは仕方ない。

 会場でいまかいまかと待ち侘びているのにいまさら帰れと言ってもおかしいからな


 まあ、僕たちに半端な覚悟でちょっかいをかけてくる輩がこれでさらに減るなら……いいか。

 少し足取りは重かったが気を取り直し、僕は闘技場の中央へと向かう。


「……クソ、なんでオレがこんな大舞台で決闘の立会人兼審判を務めることになるんだよ。う……視線が刺さる。オレは主役じゃないんだぞ。しかも担任ですらない。それなのにヴァニタスもアンヘルもオレがいいとか土壇場どたんばで言い出しやがって。勘弁してくれよ……」


 闘技場の真ん中で苦い表情。浮かべるクロード先生の元へと歩いていく。


 途中対角線上から現れたのはどことなく精悍な顔つきへと変化した主人公面アンヘル

 学園の制服に身を包んではいるが、手足の細かいところには目立つ傷がある。


 レクトールの協力の元激しい訓練を行っていたとは噂で聞いたが、どうやら決闘直前まで修行に明け暮れていたようだな。

 傷ならポーションか回復魔法で直せばいいものをご苦労なことだ。


「…………」「…………」


 相対する。


 無言の時。

 しかし、アンヘルは何か言いたげだった。


「あの! ヴァニタスくん!」

「……ちゃんと刃引きしていない武器を持ってきたんだな」

「……う、うん。ヴァニタスくんは真剣勝負でないと納得しないだろうからってクロード先生が」


 チラとクロード先生に視線を移す。

 先生はとぼけるように明後日の方向を向いていた。


「そ、それでヴァニタスくん! 本当は決闘の後がいいかと思ってたんだけど……」

「…………」

「レクトールに言われて考え直したんだ。やっぱり、その今日まで避けられてたけどちゃんと謝りたいって! あの、魔法誓約書の時はしっかりと謝れなかったからっ……」

「黙れ」

「っ!?」


 話し合いを望んでいたのだろうが、必死の表情で話し掛けてきた主人公面を黙らせる。


「問答は必要ない」

「でも! 俺は、ヴァニタスくんにもクリスティナさんにも失礼なことを!」

「……お前はここに何をしに来た」

「それは……その……」

「戦いだ。命懸けの、互いの求めるものを得るために片方を蹴落とすための戦い。……いまさら話し合いがなんになる? 謝罪など、会話など不要だ」

「っ……だけど……」

「お前は僕からクリスティナを奪おうとした。それがどれだけ許し難いことか」

「ご、ごめん」


 いまさら謝罪などなんになる。

 会話をしたからと言って僕が手心を加えることなどない。


 それは向こうも同じだ。

 退学がかかっているんだぞ。

 いまさら話し合いなど意味がない。


 ……刃引きのしていない武器を持ってきたから少しは期待したのだがな。


「クロード先生、開始の合図を」

「……ヴァニタス、言っても無駄だと思うが……殺しは勘弁してくれよ」

「確約は出来ません」

「ヴァニタスくん……」


 そうして互いに距離を保ったまま開始の合図を待つ。


 腰に携えた幅広の片手剣を抜くアンヘル。

 クリスティナの扱う細くしなやかな剣とは異なる重厚感を感じさせる剣。


 ……強化の魔法で筋力も上昇するからそれ前提の武器なのか。

 丁度両手剣と片手剣の中間程度の武器だ。

 

 対する僕だが腰の短剣はまだ抜かない。

 あくまで自然体。

 両手をぶらりと下げた形でアンヘルを正面に見据え立つ。


 いよいよはじまりの時は近づいていた。


 観客が徐々に張り詰めていく空気の変化に息を飲む。


「両者準備はいいな………………はじめっ!」


 クロード先生の気合いの入った合図。

 同時に動き出す。


 だが、躊躇のない僕が先だった。


「――――双握ダブルグラップ

「っ!? 強化ブースト!」


 勘がいいな。


 まあ、当然か。

 イルザとの模擬戦で掌握魔法の弱点は判明している。

 僕の手が不審な動きを見せた時点で強化の魔法を使うことを決めていたのだろう。

 魔法の発動はすこぶる早かった。


 だが。


「――――極握砲撃波フルインパクト・バスター


 僕が放ったのは破壊の砲撃。

 しかも、握砲撃インパクト・キャノンとは異なる集束した魔力による破壊流。


 十メートル近く離れていたアンヘルに一直線に向かう光の束。


「いきなり!? ぐっ……」


 初動に遅れたアンヘルだが上手く躱した。

 しかし破壊流は止まらない。

 多数の観客席のすぐ下、闘技場の壁面へと直撃する。


「うおおっ!?」

「キャッ!」

「オイ、この壁ホントに大丈夫かぁ!?」


 轟音と観客の悲鳴。

 それを意図的に無視しつつ僕は即座に次の手を打つ。


双握ダブルグラップ――――掌握圧殺グラスプ・コンプレス


 両手で大気中の魔力を集束し、そのうえでアンヘルに向けて翳す。

 挟み込むように手を動かした。

 

「ぐぐ……ぁ……何だ……コレっ……」


 破壊流を避け距離を取っていたはずのアンヘルを圧迫する不可視のナニカ。


「ハ、高強化ハイブースト!!」


 しかし、拘束は短時間で終わってしまった。

 本来は遠距離の対象ですら圧し潰す魔法なんだがな。


 いまのは強化ブーストよりさらに自身を強化する魔法か。

 力づくで僕の魔法を突破するとは……やるじゃないか。


「ハァ、ハァ……いま何を?」

「主人公面」

「っ!?」

「殺す気で来い。でなければ――――お前が死ぬぞ」











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