第六十九話 広がる噂と覚悟の差
チョコミントと名乗る年若い女性。
明らかな偽名なのに学園長の縁者にも見える容姿。
にこやかに微笑む彼女はいま学園でも大きな噂となっているヴァニタスとアンヘルの決闘について、学園長に助言する立場にあるという。
一体何者なんだ?
正体は見当もつかない。
「貴方たちが教師として素晴らしい人物だとはオリビア学園長から聞き及んでいます。生徒のことを第一に考え、貴族と平民の
「そ、そうですよ。学園長は貴族と平民の衝突を
チョコミントさんは落ち着いた口調だったがオレは思わず学園長に声を荒げてしまっていた。
責めるつもりはなかったのだが、学園長はふぅと一息溜め息を吐く。
落ち込んだ様子だった。
「……私も本来ならこんな
「オリビア学園長にはヴァニタス・リンドブルムを詳しく知る者として学園はなるべく干渉しない方がいいと助言させていただきました」
「な、なんでそんなことを?」
「ヴァニタス・リンドブルムが怪物だからです」
「あ、え? 怪物?」
「ええ」
微笑みは僅かに鳴りを潜め、真剣な声色で断言するチョコミントさん。
いや……怪物って大袈裟な。
ヴァニタスは確かに変わった
。
長期休暇前とは別人レベルに違う。
けどそこまで、か?
「彼は敵に容赦しない。特に自分、いえ自分の大切なものを奪おうとする輩を決して許しはしません。決闘はどうせ止められませんでした。だからこそ有望な教員であるお二人が関わらないよう進言したのです」
「ですが……ヴァニタスの気持ちも多少はわかりますが、退学ですよ。貴族と平民の立場の差はあります。しかし、ここは仮にも両者の平等を謳う魔法学園。……今回アンヘルは悪かったですが……一度の過ちで退学を賭けることになるなんて……重すぎではありませんか。いや、何も出来なかった身で何言ってんだって話ですけど」
「……御優しいのですね。教師としてどちらにもつかなければいけない立場、お察しします。ですが、今回はその優しさが
「超えて、いる?」
「クリスティナ嬢、いえ彼の奴隷の三人はヴァニタスの逆鱗と言ってもいい。ヴァニタスにとって相手が貴族なのか平民なのかは大して関係はないのです。ただ、アンヘル少年は触れてはいけないところに触れてしまった。それだけの話なのです。それにヴァニタスは仮に相手の立場が上だったとしても同じことを求めたでしょう」
それは確信を持って放たれた言葉だった。
あの変わってしまったヴァニタスについて詳しく知る者。
偽名からしても怪しい人物だったが嘘ではない、のか?
「ところで今回の決闘が学園の闘技場で行われる観客を多数入れた形になるのは聞いていますか?」
「……はい、なんでもヴァニタス自ら提案したとか。それでいて、学園の内外から好きに見学していいと」
「ええ、そうです。ヴァニタスくんより申請があり、魔法学園の長として私から許可を出しました。……これもチョコミントからの助言ですね」
「え?」
「クロード先生やフロロ先生がご存知かは不明ですが、この決闘の噂はすでに学園内や帝都の住民の間だけでなく、貴族の当主の間でも大いに話題となっています。悪童と名高いヴァニタス・リンドブルムと季節外れの編入生の戦い。注目が集まるのは当然ですね」
あっけらかんと告げるチョコミントさんだったが、学園長は苦い表情のままだった。
決闘まで発展してしまったのは学園にとっては不祥事とも言っていい出来事だから仕方ないのかもしれないが、それにしても穏やかな雰囲気を纏う学園長にあるまじき恨みがましい視線だ。
……この二人はホントどんな関係なんだよ。
「はぁ……すでに帝国の誇る四大公爵家の当主や皇族の方々からも見学を申し出る声が私のところに届いています」
「え?」
「そ、それって皇帝陛下の血縁の方がわざわざ学園にお越しになるってことですか!?」
急に声を張り上げるフロロ先生。
いや気持ちはわかる。
学園内でも相当噂になっていると思ったが、え? 皇族の方々や公爵家の当主まで?
サラッと呟いていたが到底受け流せない内容だぞ。
そこまで注目を集めていたのか?
「ええ、そのようですね。まったく誰がこのような些事を皇族の方々のお耳に届くほど広げたのでしょう。嘆かわしいことです」
いやお前だろ!
学園長が恨みがましい目で見るのがわかった。
この女が噂を広めて外部から圧力をかけてんじゃねぇか!
「観戦希望者は多い。中には『暴竜皇女』とも称される皇帝陛下の御息女もいらっしゃいます」
「それはまたなんて言うか……」
「学園の卒業生とはいえ彼女がこういった催しに興味を持つとは私も予想していませんでした。はぁ……ただでさえ彼女はトラブルメーカーだというのに、何故こんな時に関心がこちらに向くのか……」
「ん? 何故でしょうね? 私のせいではありませんよ」
首をかしげしらばっくれるチョコミントさんだが、もうすべてこの謎の女のせいにしか思えない。
「で、その……公爵家の当主様までってのも本当なんですか?」
「はい、特にスプリングフィールド公爵がご興味を示されているようで、私の元には当主自ら観戦に足を運ぶと」
「……マジで言ってんですか?」
「マジです」
ついタメ口っぽく学園長に話し掛けてしまったけど、当主自ら魔法学園を訪れるなんて前代未聞だろ。
決闘の件について呼び出しを受けただけのはずなのに、気づけば何か巨大な流れに巻き込まれている感覚がした。
ヴァニタスを中心とした大きなうねり。
何かがゆっくりと動き出すような、そんな予感。
これが……ヴァニタスが怪物だって理由なのか?
そんなオレの内心を読んだかのようにチョコミントさんが話し掛けてくる。
常に貼り付いていた微笑みはなかった。
「クロード先生、フロロ先生。お二人には申し訳ないですが、ヴァニタスの邪魔だけはなさらないように。……お二人が御優しいのは理解しています。アンヘル少年に同情してしまうのも。ですが、今回だけは手出しなさらないよう。彼も不必要にすべてを傷つける訳ではありません。アンヘル少年に多少助言する程度は許されるでしょう。個人訓練をつけるのもまあ大丈夫ですかね。しかし、たとえ先生方といえど決闘の開催自体を妨害すればどうなるかはわからない。クリスティナ嬢を奪われそうになったヴァニタスの怒りはそれだけ大きいのです。私は……お二人にヴァニタスの敵になって欲しくない」
「……チョコミントさんの言いたいことは少しは理解出来ました。ですが、一つ質問いいですか?
「ええ勿論です」
「チョコミントさんはヴァニタスの勝利を疑っては、いないんですか?」
ヴァニタスの怒りの程も、決闘を止めるべきではない理由も、ある程度は理解していた。
だが不思議だった。
チョコミントさんはヴァニタスの勝利を
言葉の
何故だ?
何故そんなに信じられる。
模擬戦とはいえイルザに圧勝したヴァニタスが劇的に強くなっていることは理解している。
しかし、アンヘルも同じ魔法学園に通う生徒の一人。
それも帝国でも有名なあの『彼女』が後ろ楯になっているほどの少年。
潜在能力でいえばどちらが勝利しても可笑しくないように思える。
だが、オレの質問にチョコミントさんは当然のように答える。
「はい、ヴァニタスとアンヘル少年ではまったく異なるものがある。その差は如何ともし難いものです。だから私はヴァニタスの勝利を疑っていない」
「……差ですか?」
「覚悟が。己の命を賭しても何かを守り、成し遂げる覚悟がアンヘル少年には足りない」
「っ!?」
「決闘は命のやり取り。ですがアンヘル少年はまだ軽く考えているようですね。……もしクロード先生が少しでも彼の助けになりたいというなら、彼にこう伝えなさい。――――殺す気で挑めと。己の希望を叶えたいと願うならヴァニタスを殺す覚悟がなくては勝負にすらならない」
「そ、れは……ですが彼らは学生ですよ」
全身から汗が噴き出す。
呼吸を忘れるほどの強烈な殺気。
嗤っていた。
「チョコミント……それぐらいにして置きなさい。昔の貴方に少しだけ戻っていますよ」
学園長の
横に座るフロロ先生はすっかり気絶していた。
……何だったんだいまのは。
「失礼しました。そうですね。少し恥ずかしいところを見せてしまいました。……兎に角ヴァニタスは決闘となった以上手加減もしませんし、容赦もしません。アンヘル少年を排除する方向に動くでしょう。それはたとえ彼の方が強くなっていたとしても変わらない。ですが覚悟を決め、彼と向き合えばもしかしたら……退学は免れないにしても温情ぐらいは与えられる、かもしれません。ああ、勿論今回の件についてよく反省している前提ですよ」
オレの予感は正しかった。
ヴァニタスがオレを今後も悩ませ、困らせる予感は。
ヴァニタス・リンドブルムの巻き起こす騒動はオレなんかには抑えられない。
今回の件でそれを改めて実感していた。
……無力なオレはただ決闘で死者が出ないことを祈るしかなかった。
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