第六十八話 クロード・バフティは苦悩する


 呼び出されたのはゼンフッド帝立魔法学園を取り仕切る学園長の部屋。

 オレはいまその部屋に繋がる扉の前で、何故か一緒に呼び出されていたフロロ先生と鉢合わせていた。


 突然の呼び出しだったからか、激しく動揺したままだったフロロ先生を宥めつつ、入室の許可を求めるノックをする。


「どうぞ」


 中から聞こえたのは穏やかな女性の声。


「……失礼します。クロード・バフティです。お呼びと聞き参りました」

「フ、フロロ・ケイトです」


 学園長室。

 ルアンドール帝国一の魔法を学ぶ園のはずだがその部屋はあまりに質素だった。

 空間こそ中々に広いが、もう少し豪華にしても罰は当たらないんじゃないかと思うほど物が少ない。


 簡素な机、申し訳程度の観葉植物、窓にかけられたカーテンの色まで地味だ。

 ほとんど調度品もなく絵画が一枚壁に掛けられているだけ、唯一部屋の大部分を占めているのは無数の書籍が納められた本棚ぐらいか。


 本当に必要最低限の物しか置いていないような部屋だ。


 しかし、滞在する者に不快感を与えないその部屋は、どこか学園長の人柄を表しているようでもあり不思議と落ち着く空間だった。


 ま、そんなこと言っても学園長みたいな偉いお人となんてほとんど話したことなんてないんだけどな。

 あくまで印象だ、印象。


 だが、何故だか狼狽えていたフロロ先生もこの部屋に入室した途端に少し大人しくなった。

 ……助かった。

 あのままの状態では話し合いですらままならなかったからな。

 同じ教員であるオレを見ても怯えてたし。


 独特の落ち着いた空間にリラックスした空気が流れていたところに一人の年配の女性が近づいてくる。


「クロード先生、フロロ先生。わざわざご足労いただきありがとうございます」


 物腰柔らかな女性。

 薄いブラウンの髪に新緑の瞳、見た目四十代くらいの御婦人。

 実年齢はもっと高いのだろうが、左目に片眼鏡をかけ、揺らぐことなく上品に立つその姿からは年齢による老いはあまり感じない。


 この人物こそゼンフッド帝立魔法学園の学園長オリビア・シュトローエンだった。


「学園長……」

「さあ、こちらにお座りになって下さい。一緒に紅茶でもいただきながらお話をしましょう」

「は、はあ」


 促されるままソファに座ると、学園長手ずから紅茶を淹れてくれる。

 恐縮しながらもご厚意に甘え用意していただいた。


「あ、ありがとうございます、学園長先生」

「いいえ、お口に合えばいいのですけど。熱いから気をつけて下さいね」

「は、はい! いただきます!」


 案の定慌てたフロロ先生が『熱いぃ!』と舌を火傷する様を見ながら思う。


 ……このニコニコと対面に座る女性は一体誰なんだ?


 学園長も紹介してくれないし、あくまで自然と座ってるんだが……どう考えてもおかしいよな。


 艷やかなブラウンの髪に輝く新緑の瞳の二十代くらいの女性。

 髪や瞳の色から推察するに、どことなく学園長に似ているようにも見えるが、親戚とかか?


 学園長の家族の話まではオレも知らないし正体に見当もつかない。


 え、本当に誰なの?


 だが、疑問を口にする前に動く人物がいた。

 先程までハー、ハーと火傷した舌を冷やしていたフロロ先生だったが、急に思い詰めたような表情になると学園長に食って掛かる。


「あ、あの! 今日は! アンヘルくんとヴァニタスくんの決闘の件で呼び出されたんですよね! わたしが不甲斐ないばかりにその……決闘にまで発展して……。あ、あ、あの! ク、クビですかぁ!」


 思い詰めているのはわかりますが、結論を急ぎすぎでしょ。

 というかその前にフロロ先生もこの謎の女性を気にして下さいよ。


「大丈夫……落ち着いて下さい、フロロ先生。誰もクビになんてなりませんよ」

「ほ、ほんとですかぁ?」

「ええ、本当です」


 まるで子供をあやしつける母親を見ているような光景。

 学園長は怯えるフロロ先生の手を取りゆっくりと諭す。


「……その落ち着いたところ申し訳ないんですけど……今回の呼び出しはやはり決闘の件、なんですよね?」

「そうです。お二人には決闘の際に介入しないよう申し付けてしまいましたからね。……その際は無理を言って申し訳ございませんでした。お二人の気持ちを考えれば片方とは言わず、両方の仲を取り持ちたかったはずなのに……」

「あー、いえ、謝らないで下さい。介入出来ないのは残念でしたが、アレは……アンヘルに落ち度があった」


 貴族の立場を考えればアンヘルは初手から悪手を打った。


 奴隷は主の所有物。

 そこに個人としての価値を見出したとしても主に仕え、所有されている事実は変わりない。


 アンヘルの告白は本人はどう思ったかはともかく、それを公衆の面前で横から奪おうとする行為に等しかった。


 ……アンヘルは少し貴族や奴隷に関する知識が足りなかった。


 はぁ……落ち込むな。

 ヴァニタスも前とは別人のように変わっていたし、オレがその場にいてやれれば命のやり取りにまでは発展することはなかったかもしれないのに。


 でもなんで学園長はオレたち二人に介入しないよういったんだ?

 普通ならここまで大事おおごとになる前に、教員が両者の話し合いの場を設けられるはずなのに、今回はそれも許されなかった。


 まさか……。


「……不躾なんですが……そちらの女性は? 見たところこの学園では見掛けたことのない方なんですが……」

「………………ええ、自己紹介がまだでしたね。彼女は――――」


 その……学園長、間が怖いんですけど。

 さっきまで穏やかだった学園長が急に鋭い眼差しで謎の女性を睨む。


 え、本当にどんな関係なの?


「え? ああ、私ですか。クロード先生、フロロ先生、お初にお目にかかります。私は――――チョコミントです」


 ん?

 聞き、間違いか?


 いま変な単語が出たような……。


「私はチョコミントです。どうぞよろしくお願いしますね。クロード先生、フロロ先生」

「チョ、チョコミント?」

「はい、私の名前です。何かおかしいですか?」


 おかしいに決まってるだろ!

 どう考えても偽名じゃねぇか!


 え?

 一体何がどうなってんの?


「が、学園長?」

「彼女はチョコミントです」


 何故お墨付きを!?

 しかも、そんなに苦い表情で!?


「チョコミント、お好きなんですか?」

「嫌いです」


 なら何故偽名に選んだ!

 フロロ先生の純粋な疑問に間髪入れず答えるチョコミントさん。


「チョ、チョコミントさんは何故ここに?」

「何故でしょう?」


 クソ、面倒臭い。

 なんだこの女。


「……チョコミントには今回の決闘に関することで助言を貰いました」

「え?」

「お二人に介入しないよう申し付けたのも彼女の助言からです」

「何故、彼女が?」

「私がヴァニタス・ リンドブルムについて詳しく知る者だからです」

「は?」


 チョコミントと名乗る謎の女性。

 彼女のニコニコと微笑む姿からはその真意は窺えなかった。











遅くなってすみません。

中々執筆の時間が取れない。


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