第五十六話 昼食と好奇な視線


 昼食を経て午後は実技の授業となる。


 魔法学園には学生やここで働く教員たちのための食堂も用意されているのだが、今日は屋敷の料理人たちに作って貰った弁当を食べる。


 屋敷といってもこの場合の屋敷はハーソムニアの本邸の屋敷のことではない。

 帝都リードリデには貴族街と呼ばれる主に領地を持たない貴族たちの住む地域があるのだが、そこにあるリンドブルム侯爵家の屋敷だ。


 ハーソムニアよりは狭いものの、そこは公爵家に次ぐ権力を有する侯爵家。

 リンドブルム家が古く歴史の長い家だということもあるのか、訓練場や蔵書室、作業用の工房などどれも小規模ながら実用的な設備が整っていた。

 

「ささ、主様、用意は出来ていますので食事にしましょう」

「ご飯ーー!!」


 事前に言付ことづけていた通りにクリスティナたち三人と合流を果たした僕は、学園の中庭の芝生の上に厚手の敷物ピクニックシートを広げそこに座り込んでいた。


「屋敷の料理人たちが張り切ってお弁当を作ってくれましたよ。はい、主様」

「ん、ありがとう…………ハンバーガーか」


 クリスティナの手渡してくれたトマトとレタス、チーズ、牛肉のパティの挟まれたハンバーガーを見ながら思う。

 そういえば小説世界なだけあって料理すらそれに準じたものなんだよな。


 この世界の料理は混沌としている。

 中世ヨーロッパ風の世界なのだが、世界の辿った歴史の違いなのか、描写の都合なのか転生前の様々な国の料理がある。


 辛味を効かせた中華料理や独特な香辛料を使ったエスニック料理、煮物のような繊細な味付けの日本料理。

 食材も冷蔵庫に似た魔導具マジックアイテムのお陰か、内陸にも関わらず普通に魚介類が流通しているし、新鮮なら刺し身で食べることもあるそうだ。


 それに、日本食と言ったら欠かせない米まで存在しているのには驚いた。

 まあ、これはシュカの生まれ故郷である極東の国が発祥の地のようだが、屋敷の料理人に聞いたら普通にインディカ米ではない米で面食らったのを覚えている。


 ハンバーガーを少し潰して食べながらそんなことを考えていると、キョロキョロと周囲を気にするばかりで食事の手が進まないラパーナが目に入った。


「ほら、ラパーナも遠慮するな。もっと食べていいんだぞ」

「でも……」

「どうした?」

「視線が気になって……」

 

 ラパーナは僕たちと同じように学園の中庭に昼食のために集まっていた生徒たちをチラリと見ては視線を逸らす。

 

「ああ、あれか。だが所詮僕たちを遠巻きに観察するしか出来ない連中だ。気にするだけ無駄だぞ」


 一定の距離を離して観察してくる連中はヴァニタスの悪評を知っていてもそれでもこの場から去らずに好奇の視線を向けてくるだけの連中だ

 怯えるでもなく好奇な視線。


 彼らは僕が転生したのは知らずとも、普段は食堂で食事を取るヴァニタスがこんなところで奴隷と一緒に食事を取る姿が信じられないのだろう。

 本人たちには小声のつもりでもまあまあの声量でこちらを観察しながら遠慮のない言葉を吐く。


「ねぇ、あれってヴァニタス・リンドブルムだよね? 魔法学園にまで奴隷を連れて来てるっていう。でも食事まで一緒にするなんて……普通貴族は奴隷とは食事の席は同じにしない、よね?」

「ああ、貴族連中はそういうの気にするらしいからな。なんでも『下賤げせんな奴隷と同じ食卓を囲むなど信じられん!』みたいなことをいうらしい」

「まあ、そこは貴族同士でも家ごとに違うらしいけど、他の貴族の目もあるしいいようには捉えられないよな。それにしても、普通貴族なら使用人か配下だろうに……物好きだよな。わざわざ奴隷連れてくるなんて」

「でもどの娘も可愛くね? 一人でいいから譲ってくんねぇかなー」

「ば、馬鹿、そんなことヴァニタスの耳に入ったらどんな目に合わされるかわからないぞ」

「大丈夫だって、どうせこの距離じゃ聞こえやしない。それに学園じゃ爵位は関係ないしな。いざとなったら守ってくれるって」


 ハーソムニアの父上の屋敷では父上のやり方ルールに従っていたが、ここは遠い帝都の魔法学園。

 ここ数日は天気も良かったし、せっかくなら共に食事をしようと今日は弁当にしたのだが、やはり貴族と奴隷が同じ食卓にいるというのは目立つのだろうな。


 だがそんなことより気になるのは僕の奴隷たちを欲しいといったヤツ。

 顔は覚えたからな。

 あんな大きな声で呟いて聞こえない訳ないだろうに。


 キッと睨みつけてやると慌ただしく去っていく。


「魔法学園に守られていると本気で思っているヤツがいるとはな。まあ、表向きにはそう発表しているんだし、そんなものか」


 魔法学園内部はともかくその後のことはな。

 そこまで学園は守ってくれない。


 さてと。


 汚れた口元をクリスティナがハンカチでぬぐってくれるのをされるがままに、僕はラパーナへと向き直る。


「ラパーナ、あんな有象無象の声など気にする必要はない」

「でも……」

「僕のことは少しはわかっているだろう? いまさらあんな余計な声などに左右されない男だということをわかっているはずだ」

「はい……」

「だが……そうだな。それでも周囲の視線が気になるというなら……僕を見ろ」

「え?」

「僕だけを見ろ。何も考えるなという意味ではないぞ。もし不安に苛まれたら僕が君の主だということを思い出して欲しいんだ。僕はどこにも行かない。この首輪の繋ぐ絆を誰にも傷つけさせない。……だから安心して僕の側にいて欲しい」


 繊細な面もあるラパーナには周囲の好奇の目線がことさら気になったのだろう。

 だが、それでも僕は彼女にほんの少しだけ変わって欲しかった。

 周囲の目など気にして欲しくなかった。


 その想いが通じたのかラパーナはほんのりと頬を染め頷く。


「はい……ご主人様」

「そうですよ。ラパーナ。主様に常識など通じないんです。私たちが慣れていかないと」

「クリス姉……」

「慣れる、頑張る!」


 ラパーナを励ますクリスティナとヒルデガルド。

 彼女たちはもう僕にすっかり慣れたものだ。

 一緒に食事をしようと誘っても少し困り顔をしただけですんなりと了承してくれた。


「大体ラパーナは周囲の目を気にしすぎです。主様の奴隷なのですからもっと堂々としていないと! そうでないと主様まで下に見られてしまいます!」

「クリス姉……はい」


 尊敬するクリスティナに叱られたのが堪えたのか、ムッと睨んでくるラパーナ。

 その瞳はなんでクリスティナがこんな風になったのか責めているような視線だった。


「クリス姉がますますポンコツになった……」






 実技授業では使用人や配下を同席させることが出来る。

 勿論授業内容には口出し出来ず、訓練場の外から応援する程度だが、それでも可能だ。


 昼食の終わった僕たち四人は好奇な視線を纏ったまま屋外訓練場へと向かう。

 そこで集まったフロロクラスの面々を待ち構えていたのは、ざっくばらんな態度の三十代くらいの灰色髪の男性だった。


「よお、お前ら、久し振りだな。長期休暇でなまってないだろうな」











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