第五十五話 魔法知識と疑問


 ゼンフッド魔法学園の授業は必修と選択に分かれている。


 魔法は元より、体術や剣術などの戦闘技術だけでなく、一般知識、帝国や周辺国家の辿った歴史、数学、魔導具に対する取り扱い方、礼儀作法など授業内容は多岐にわたる。


 必修の授業は必ず受ける必要があるが、選択式の授業は生徒自身が学びたい授業を選び、得意な分野、あるいは苦手な分野も重点的に鍛えることが出来る。


 とはいえ選択式の授業が大きく異なるのは三年制の学園では二年生からで、一年生の内はそれほど大きく変化はない。


 今日は必修の魔法知識に関する授業だった。


「あ、あの今日は復習も兼ねて魔法に関する基礎知識の授業をします」


 僕たちのクラス。

 担任教師の名を冠したフロロクラスでは、昨日と変わらずおどおどとした態度のフロロ先生が教壇に立っていた。


 彼女は魔法知識の書かれた教科書を開くよう生徒たちに促し、黒板にたどたどしい手付きで『魔法』と大きくチョークで描いた。


 ……まどろっこしいな。


 だがまあ、ヴァニタスの記憶でも彼女はいつもあんな感じだった。

 ヴァニタスのように開始早々机に突っ伏して寝息をたてる訳にもいかない。

 ここは甘んじて受けよう。


 ……それにしても危なっかしい。


「ま、魔法は体内の魔力を操作し、魔法名を唱えることで発動します。こ、これはみなさん実際に魔法を使用する時に体感していると思います」


 ここはもうすでに知っている知識だ。

 重要なのはイメージ力。

 魔法は使い手の想像力次第で如何様いかようにも変化する万能の力。


「イメージ力が重要な魔法ですが、魔法名を唱えなくても本人の体内魔力の操作力とイメージ力だけでも魔法は発動出来ます。こ、この技術を……えっとじゃあ、レクトールくん」


 フロロ先生から名指しされた少年はレクトール。

 楽天家な性格で常に明るく振る舞い周りの生徒に接する黄色髪の少年。

 顔は整っているが、二枚目というより三枚目を地にいくタイプで、時々失言をしては笑って誤魔化しているのがヴァニタスの記憶にある。


 しかし、彼も流石に誰かれ構わず当たり散らすヴァニタスには不用意に近づかなかったようだ。

 偶然に接触した場合も乾いた笑みで有耶無耶にしていたような記憶がある。


 確か先天属性は『雷』、だったか。

 

「え? オレ? あーと、確か…………む、無詠唱です」

「そ、そうです! 無詠唱とは魔法名を唱えないで魔法を発動する技術です! 熟達した魔法使いは魔法名を唱えずとも魔法を発動出来ます!」


 興奮したフロロ先生は矢継ぎ早に捲し立てるように無詠唱について説明してくれる。


「これは同じ魔法を何度も繰り返し、脳裏にしっかりとした魔法の完成形をイメージする力と、それを寸分の狂いもなく魔力操作の技術を高めることによって可能な高等技術です。無詠唱の魔法の発動速度は通常の魔法より極めて早く。また対面する相手の不意もつけます。口頭で魔法名を発する必要がないので、無音状態からの奇襲、拘束され、発生の困難な状況、酸素を取り込めない環境での魔法発動など多様な場面で役に立ちます」


 しかし、無詠唱はかなり困難な技術だ。

 僕も修めていない技術。


 たとえイメージが完璧でも魔力操作が覚束ないと無詠唱は出来ないし、その逆もしかり。

 あの変身魔法の権威であるアシュバーン先生ですら、一部の魔法でしか無詠唱が出来ないと言えば困難さがわかるだろう。

 

 まあ、無詠唱はメリットだけじゃない。

 熟練していなければ威力は相応に落ちるし、消費魔力も増えると魔法書には書いてあった。


 いまのところは身につけられれば便利な技術程度だな。


「ま、魔法には大きく二つの種類に大別されますがそれは何でしょう? えっとじゃあ、アンヘルくん!」

「……汎用魔法と独自魔法、ですか?」

「そ、そうです! 汎用魔法は球体や矢、壁など多くの人がイメージしやすい比較的習得の容易な体系化された魔法です。対して独自魔法は先天属性にも左右されますが魔法の使い手本人の独自の改良が加えられた魔法を指します」

 

 たとえばクリスティナなら『ウォーターボール』が汎用魔法に当たる。

 魔力を水へと変化させ球体の形を取らせる。


 汎用魔法は魔力操作のコツやイメージの構築の仕方は魔法書によって詳しく解説されていて、誰でも一定の訓練によって習得出来る可能性がある。

 勿論先天属性や本人の資質にもにも左右されるので一概に全員が習得出来る訳ではないが。


 クリスティナの独自魔法は『水麗鷲プルクラアクアイーグル』がそれに当たる。

 彼女の先天属性『水麗』と『鷲』を組み合わせたオリジナルの魔法。

 

 流麗な水で構成された鷲は狙った対象を追尾して向っていく。

 クリスティナの独自魔法では一番簡単な部類だが、それでも他の人物では真似の出来ない魔法だ。


 フロロ先生はその後も次々と生徒を指名しては魔法についての基礎知識を披露してくれる。


 無気力な見るからにやる気のない少女、シュカのような極東風の少女、獣人の少年。

 あ、アレはヴァニタスが事あるごとに絡んでいた平民の少年。


 しかし、どうにも退屈な授業だ。

 すでに理解してある範囲のことばかり。


 とはいえ自分の解釈や理解とは異なる知識は貴重だ。

 すでに理解の及んでいるところでも聞き逃さない程度に頭に叩き込んでいく。


 だが……その最中に思い出すのは昨日の一幕。

 アンヘルに転生者か尋ねた部分がどうにも気になっていた。






「……主人公、面? 転生者? ごめん、ヴァニタスくん。ちょっと意味がわからないんだけど」


 主人公面アンヘルは僕に問われた言葉の意味がわからないと首を捻っていた。

 そのまったくといっていいほどピンときていない様子からは、誤魔化すために嘘をついているようにはうかがえない。


 転生者では、ない?

 アンヘルはいま現在で最も有力な主人公候補だと思ったんだが違うのか?

 だってあの面だぞ。

 女ったらしにしか見えない。


「うむ、違う世界から記憶を保持したまま別人へと生まれ変わる。僕のいう転生者とはそんな意味だ。心当たりはないんだな」

「あ〜、うん、生まれ、変わり? ちょっと心当たりはないかな」

「他の世界の知識はないのか? あるいは突然知らない知識が沸いてでたとかは?」

「そういう経験はないかな。ごめん力になれなくて」

「そうか……いや、いい。変なことを聞いたな。忘れてくれ」


 悪役貴族ヴァニタスに転生した僕がいる以上誰が転生者でもおかしくない。

 もしこの世界に転生者がいるなら主人公が一番の候補だと思ったんだが違うのか?


 僕の突然の質問に担任教師のフロロ先生は元より、クラスメイトたちの全員が頭に疑問符を浮かべていたが、アンヘルが困ったような表情で謝ったことで教室内に微妙な空気が流れただけで終わった。


 そこからはアンヘルへの質問タイム。


 出身地や先天属性、得意な武器、何故魔法学園に来たのか等を次々と質問していくクラスメイトたち。


 しかし、どうもクラスの大半の生徒が普段の横柄な態度ではない僕が気になるらしい。

 質問の後は黙って席に座っていた僕を気にする視線が時々飛んでくる。


 それでもいくつかの質問にアンヘルは真摯しんしに答え、その様子は善良で純朴じゅんぼくな一人の少年という印象を感じさせた。


 ちなみにアンヘルの先天属性は自己申告では『強化』だった。

 ……主人公なのは確定か。






 そんな収穫のあまりない会話を思い出していたら授業が終わっていた。

 フロロ先生の授業は最初こそ危なっかしいものだったが、概ね後半は理路整然としていた。

 あの慌ただしい感じがなくなればフロロ先生も優秀なのだろうが……いかんせんいまのままではどうもな。


 そうして次の授業は実技となる。

 これも必修の科目だが、恐らく実際に模擬戦を行うことになるだろう。


 しかし、そこで僕は予期せぬ衝撃を受けることになる。

 正確には実技授業の終わり際、あんなことが起こるとは僕には予想出来なかった。










第五十三話の最後の部分をちょっと変更しました。前の表現だとヴァニタスくん個人を狙って見詰めているように感じ取れるので、もっと控えめな表現に変えました。ご了承いただけると幸いです。よろしくお願いします。


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