第五十七話 実技授業


 実技授業を担当する教師はクロード・バフティ。

 眠そうに垂れ下がった目、多少整えた形跡はあるがまばらに目立つ無精髭ぶしょうひげ

 口には煙草タバコ……ではなく口寂しいのか一本の細い棒が咥えられている。


 貴族ではなく平民だったはずだが、貴族の多い生徒たちの前でも面倒くさそうな態度を隠そうとしない。


 彼は集まった僕たちを一通り見渡すと編入生アンヘルのところで一瞬視線を止める。

 

「お前が噂の編入生か」

「は、はい!」

「……『強化』の先天属性ねぇ。教員の間でも噂になってたぞ。なんでもあの方のゴリ押しで編入が決まったとか」

「そ、それは……その……すみません」

「あー、別にいい。謝るな。お前があの難しい編入試験に合格したのは間違いないんだ。…………ま、頑張れ」


 同情の籠もった眼差しでアンヘルに励ましを送るクロード先生。

 同じ平民ということでこれからの学園生活への苦労を予想したのか、ヴァニタスの記憶でもいつも何事にも面倒そうなクロード先生には珍しく真剣な声色だった。


 それにしても、ゴリ押し?

 後ろ楯の人物のことか?

 

 う〜ん、記憶が曖昧あいまいだ。


「今日の実技授業は模擬戦の予定だったが……そうだな。編入生もいるから少し準備運動をしてからにしよう」


 クロード先生は二人一組になるように生徒たちに指示を出す。

 フロロクラスの生徒の総数は十五名、そこに編入生のアンヘルを加えて十六人。


 困り顔のアンヘルには……レクトールが話しかけているな。

 どうやら二人で組むらしい。


 さて、僕も誰か組む相手を決めないとな。

 と、一歩遅れたのが悪かったのかどのクラスメイトたちも素早く組む相手を決めている。


 しかし、一人だけ僕と同じように取り残されている生徒がいた。


「ラルフか……」

「あ、いや、ヴァニタス様……」


 クラスメイトに様付けか。

 ……ヴァニタスが強要したんだよな。


 ラルフ・ディマジオ。

 先天属性は『土砂』と……もう一つ何かあったはずだが忘れた。


 農場を営む両親の元に生まれた平民中の平民。

 記憶ではよくヴァニタスぼくに絡まれては冷やかしやらからかいなど、爵位を盾に過激な接触をされていた少年。

 要はヴァニタスがイジメていた相手だな。


 彼は僕の視線に嫌な予感を覚えたのか反射的に一歩引く。


「ラルフ、一人なら僕と組まないか?」

「え……あ、はい」


 怯えた態度、何度もヴァニタスに無茶なことを言われもう諦め切っているのだろう。

 諦観ていかんの眼差しには生気というものがなかった。

 そんな彼に僕は……。


「ヴァニタス様……か。今後はヴァニタスでいいぞ」

「――――え? え? そ、そんなこと急に言われても……」


 ラルフは『貴族様相手にそんな態度は取れません』と両手と首をぶんぶんと振って思いっきり否定する。

 しかし……怯える彼相手には不謹慎ふきんしんだが、その大仰に慌てる姿に少しだけ笑ってしまった。


「フ、僕が呼び捨てで構わないと言っている。何だ? 気に入らないか?」

「いえ……そんなこと……でも……」

「ラルフ、今後は普通に接して来い。僕たちは同じフロロクラスのクラスメイトだろ? 遠慮はいらないぞ。ん? ああ、身分の差が気になるのか? ならお前が僕に横柄な態度を取らない限りは貴族の特権を笠に何かを要求することはないと約束しよう」

「なんで……そんな急に……」

「なに、お前の怯えきった態度が少しだけ気に入らないだけだ」


 目が死んでいた。

 生気のない顔、魔法学園という優秀な者たちの集まる場で授業自体が苦痛だと言わんばかりの態度。


「ラルフ。いままでの僕のことは忘れろ。これからの僕を見るんだ」

「忘、れる?」

「ああ、だがこれまでヴァニタスぼくに苦渋を舐めさせられてきたお前としては簡単に忘れることなど出来ないだろう。……そうだ。お前をいまより強くしてやろう」

「ええ!?」

「ラルフ、お前寮生活だったな」

「……はい」

「家族は? どこか遠い故郷にいるのか?」

「はい……その……オータムリーフ様の領地に」


 オータムリーフ……帝国の四大公爵家の一つか。

 リンドブルム侯爵家より爵位が一つ上。

 まあ、いいか。


「僕は丁度いま手合わせをする人材を探していてな。ラルフ、どうだ、学園の授業が終わった放課後でもいい、僕や僕の奴隷たちと模擬戦でもしないか?」

「え? え?」

「お前は驚いてばかりだな。ラルフ、お前は……強くはなりたくないか?」

「強く……でもぼくは……」

「僕は力を求めている。大切なものを守り通す力を、思うがままに生きる力を。お前もそれに協力してくれないか?」

「力……」

「なあに悪いようにはしないさ。時々手合わせの相手をして欲しいと提案しているだけだ。僕とならお前もいまより強くなれるはずだ。……駄目か?」

「その……考え、させて下さい」


 当然といえば当然だがラルフが浮かべたのは怪訝けげんな顔。

 信用されていないのが丸わかりだ。


 だがラルフはこの魔法学園に農家の息子ながら入学出来るほど優秀な少年。

 ヴァニタスの記憶では常にパッとしない貴族との身分差に怯えているだけの少年だが、鍛えれば面白いことになるかもしれない。


 勿論僕が新しい手合わせの相手を探していたのは本当だが、それはそれとして毎回話しかける度に怯えきった態度のまま接して来られるのも困る。

 同じクラスで常に死んだ目で居られてもな。


 ヴァニタスには友人などいなかったし、平民独自の情報網も学園にはあるはず。

 ラルフが僕の手駒……ゴホン、健全な友人程度になってくれれば色々視点の違う話が聞けて助かるんだが。


「……ヴァニタス、お前、あんまりラルフを困らせてやるなよな」

「ええ、クロード先生。そんなつもりはありませんよ。ラルフとは少し今後のことについてお話していただけです」

「クロード、先生……だと?」


 ん?

 どうしたんだ?

 クロード先生は眠そうな目を見開いて時が止まったように硬直していた。

 しかし、固まった体を解すように一つ咳払いをすると、気を取り直したのか慎重そうに呟く。

 

「……お前オレのことなんか普段呼び捨てだったはずだろ。なんだ? 貴族特有の気まぐれってやつか?」

「別に教員の方に一定の敬意を払うのは普通でしょう」

「気持ち悪!? え? 気持ち悪!? どういうこと!? お前本当にあのヴァニタス・リンドブルムか!?」

「…………さあ、どうでしょうね?」

「そこではぐらかすなよ! 余計怖いだろうが!」

「怖くないですよ? 普通の少年です」

「コイツっ……。なんだ? 長期休暇前はオレの言うことなんてまるで聞こうともしない悪ガキだっただろうが。どんな心境の変化があったんだよ……ちょっと悪ガキの方向性が変わってんじゃねぇか」


 腫れ物にでも触るように距離を取るクロード先生。

 露骨に引かれるとそれはそれでモヤっとするんだが、やはりヴァニタス前のぼくとのギャップか?


「あ〜、まあいいや。もう面倒になった。ヴァニタスお前が授業の妨げにならないならいいんだよ、オレは」


 仕切り直しとばかりに呼吸を落ち着かせると、再び眠たげな目に戻ったクロード先生。

 パンパンと手を叩き生徒たちの注目を集める。


「二人一組で『的当て』をして貰う。汎用魔法でも独自魔法でもいいぞ。試したい魔法があったら的に向って思いっきり撃て。知ってるだろうが的は特別製だ。簡単には壊れないからな」


 『この後に模擬戦が控えているから魔力は使い過ぎるなよ』と生徒たちに忠告するクロード先生。

 すると罰の悪そうな表情のアンヘルがクロード先生に向けて声をあげる。


「あ、あの……クロード先生、俺遠距離用の魔法は……覚えてなくて」

「ああ、お前のペアは……レクトールか。ならこいつの使う魔法を側について色々教えて貰え。あと同じクラスの連中の魔法もよく観察しておけよ。魔法は自分で使うだけじゃない。相手がどんな魔法をどういう軌道、威力、発動速度で使ってくるか知ることも強くなる秘訣ひけつだ」

「は、はい!」

「汎用魔法を覚えるのに必ずしも先天属性が必要な訳じゃないが、属性への適性の問題もあるしな。個人で覚えられる適性も異なる。だが、知っているのと知らないのでは雲泥うんでいの差だ。アンヘルだけじゃない。お前たちも組んだ相手の魔法に気になることがあれば何でも質問しろ。また疑問があれば一緒に考えてやれ。それで新たな独自魔法への道が開けることもある」


 『さ、散った散った』と再び手を叩いて移動を促すクロード先生。

 

 態度はともかく面倒見は良いんだよな。










前話の最後の部分を削除して変更しました。実技授業のはじまりはこちらのお話に移しています。

混乱させるようなことをして申し訳ないです。最近執筆の時間が取れずちょっと荒い文章だったのと、区切りが悪いと感じたので変更させていただきました。

拙い文章で間違いも多いですがどうかお許しいただけると幸いです。

よろしくお願いします。


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