第五十話 真紅の首輪


「ハァー、まさかこのアタシがこんな貴族様のお屋敷に連れて来られるとはねぇ……」

「奴隷商人ともなればいくらでも機会はあっただろう? いまさら緊張するようなことか?」

「まあね。しかし、まさかリンドブルム侯爵家の屋敷に呼ばれるとは思ってなかったんだよ。エルンスト・リンドブルム。アンタの父上はアタシたちのような後ろ暗い商売をする連中にあんまり介入してこなかったからねぇ」

「それはシュカ、お前が阿漕あこぎな商売をしてこなかっただけだろう」

「ああ、だけど余計なチャチャが入らないからこそこの土地を拠点に選んでたんだよ。都市が発展してる割にアタシみたいな奴隷商人が商売するのにも寛容かんようだったんだ。……だけどねぇ。さっき面通しされた時なんて言われたと思う? 『これからはリンドブルム侯爵家も奴隷を有効活用したいと考えている。ひいては君たちとの関係も見直すつもりだ。商売の内容にまでは介入しないが、我らにも奴隷を売って欲しい。せっかく我が領地で商売するんだ。安く売ってくれると助かる』だってさ。買ってくれるのは嬉しいけどまさか値切ってくるとは」


 『普通貴族は面子プライドがあるから値切ったりしないで言い値で買ってくれるんだけど、面と向かってあんなこと言われるとは予想外だよ』と困り顔でシュカは続けた。


 父上は僕と奴隷三人娘の関係性の変化を間近で見ているからな。

 ヴァニタスだった頃なら一方的な契約で縛る奴隷には憐憫れんびんの情しかなかったのだろうが、いまなら奴隷とも信頼関係を結べると知っている。


 父上が奴隷の首輪を外し解放するつもりなのかはわからない。

 だが、奴隷というある種そこにある人材の宝庫に目をつけたのだろう。

 いままでは領地の運用や騎士団にもほとんどいなかったはずの奴隷を組み込み、信頼を得て仲間とする。


 奴隷たちの待遇にさえ気をつければ彼らはリンドブルム領を発展、守護するのに大事な戦力となり得る。

 そもそも非道な対応さえしなければ、奴隷なんて種類にもよるが、金で労働力と信頼が買えるようなものだ。

 有効活用した方がいいに決まってる。


 貴族の中には奴隷なんて下賎げせんな連中を使うとはって過剰反応するヤツもいるだろうが、外野は吠えさせておけばいい。


「ああ後『息子をよろしく頼む』だってさ。……にしても奴隷商人相手に簡単に頭を下げるかね。こっちが驚いて面食らっちまったよ。それにあの堂々とした佇まい。イケメンなのもあって迫力が違ったねぇ。……悔しいけど初戦はこっちの敗北か。まったく、気が弱くて爵位の低い貴族たちからも舐められていたはずのリンドブルム侯爵家当主様が、あんなに侮れない存在になるとは……噂には聞いてたけど、まったく誰の入れ知恵かねぇ」

「言っておくが僕ではないぞ。リンドブルム領の方針を決めるのは父上だからな」


 『嘘を言うんじゃないよ』とシュカは疑うが、奴隷の購入は実際に父上が決めたことだ。


 ……本当だぞ。


 父上に奴隷商人シュカを呼ぶから話をするならその時ですよ、とは伝えたけど。

 交渉は最初に相手に罪悪感を植え付けた方が後々有利ですよ、とは言ったけど。


 父上には父上の考えがある。

 初手でシュカへの不意打ちも加味して予想外のことを連発し、動揺させる目的もあったのだろう。

 実際シュカは侯爵家の当主に頭を下げさせたと思って微妙に父上に苦手意識を持っていそうだ。

 ……それにしても父上もしたたかになったな。


 さて、父上の話はこの辺りで切り上げ本題に入る。

 今日シュカをこの屋敷に呼んだ理由は他でもない。

 

「それで? 頼んだ物はきちんと用意してきたんだろうな」

「勿論だよ。最高級の首輪を二つ用意した。そこのお嬢ちゃんたちの分だろう?」


 シュカが配下に持ってこさせたのはクリスティナの首輪と同じ真紅の首輪。

 奴隷の首輪の中でも最も質の高い首輪。


「うむ、いい色だ」


 クリスティナの首に嵌められた首輪と遜色そんしょくない輝き。

 これならヒルデガルドにもラパーナにも似合うだろう。


 僕が首輪の輝きに二人の首に嵌められた姿を想像していると、後ろから急に慌てた声がかかる。


「ちょ、ちょっと待っていただけますか!?」

「どうした、クリスティナ?」

「その二つの首輪はヒルデとラパーナの物なのですよね?」

「そうだ。まだ二人には話をしていないが、シュカには彼女たちの分を確保して貰っておいた」

「な、何故この場に私まで? いえ、ヒルデとラパーナが関わってくるのなら私も同席したいのは変わらないのですけど……シュカさんの視線が気になって……」


 ああ、シュカは部屋に入った直後から終始ニヤニヤしてクリスティナを見ていたからな。

 気になったのか。


「いや、クリスティナの基本契約を変更しようと思ってな」

「……え?」

「今日シュカに屋敷に来てもらったのは他でもない。性的命令の拒絶可能の基本契約を変更するためだ」

「あ、主様! それは私の覚悟を待っていただけるのではなかったのですか!」

「待つつもりだったがもういいかなと思って」

「軽い! 軽いです! 私そんな軽い女ではないです!」


 顔を真っ赤にして絶叫するクリスティナ。

 なんだ、僕が大人しく待っているだけとでも思っていたのか?


「だが本当に嫌か? どうしても?」

「うっ……その顔は止めて下さい。断り辛い……」

「断るのか? 僕はこんなにも君が欲しいのに」

「ううう……」


 感情がオーバーフローしたのかその場で口をパクパクさせてもだえるクリスティナ。


 うむ、なら先に二人に話をつけるか。


「ヒルデガルド、ラパーナ。話は聞いていたな。僕は君たちの首輪を交換したいと願っている。……首輪の色で僕たちの関係が変わる訳ではない。だが、僕は君たち二人もクリスティナと同様決して手放すつもりはない。その証として……君たちの主の証としてこの首輪を贈りたい。どうだ? 一度奴隷から解放され、それでももう一度僕の奴隷になってくれるか?」


 僕は出来るだけ真摯しんしに尋ねた。


 僕の本心が伝わるように。

 彼女たちを大切に思う想いが伝わるように。


 少しの空白があった。


 もどかしい時間。


 しかし、ヒルデガルドがその口をゆっくりと開く。


「……主、奴隷、もう一度なる」

「ヒルデガルド……いいのか?」

「主、変わった、寂しい、でも、……主といると、楽しい」


 たどたどしくヒルデガルドは言葉を紡ぐ。

 それは彼女がいまの僕に抱いてくれた印象。

 これまで共に過ごしはぐくんできた絆を表す言葉。


「主、競う、共に強く、高く」

「…………」

「一緒に、側に、ずっと」

「………」

「奴隷、関係ない、主は、主、私は、私」


 支離滅裂しりめつれつにも聞こえる言葉の羅列。

 ただ心の内を吐き出すだけの独白。


 だけど……僕には伝わるものがあった。

 彼女がこの先も僕と一緒にいたいと願っていてくれていると心で理解していた。


「僕もヒルデガルド、君と一緒にいたい。たとえ地獄へと赴く道でも、どこまでも堕ちていったとしても君とずっと一緒に……」

「うん、主、私、一緒。永遠に、死がわかつ、ううん、死が私たちを離したとしても」

「ああ、共に」

「二人なら、強くなれる、一緒なら、もっと強く。死を、乗り越えて」

「強く……そうだな。強くなろう。理不尽な死を跳ね除けられるくらいに」

「主、もう一度、よろしく!」


 ヒルデガルドの笑顔が眩しかった。


 死がわかつ、しかし、悲壮な覚悟ではなかった。

 ただ強く。

 死すらも超えて強く。


 ヒルデガルドが僕に待ち受ける死の運命を理解しているのかはわからない。

 でも彼女は僕の隣で共に強くなることを願った、願ってくれた。


 ヴァニタスではない僕を見つけてくれた彼女。

 いなくなったヴァニタスを惜しんでくれた彼女。


 彼女と共に歩めることがこのうえなく嬉しかった。






 新しく自分の物となる真紅の首輪に興味を示すヒルデガルドから視線を移す。

 まだ返事を貰っていない娘がいる。


「……ラパーナはどうだ? もう一度僕の奴隷になってくれるか?」

「わたしは……」


 僕とヒルデガルドのやり取りを見詰めていたラパーナはうつむいていた。

 ……ただひたすらに申し訳なさそうに。


「ごめんなさい、ご主人様……わたし……まだもう一度あなたの奴隷になれる覚悟は……あり、ません」











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