第二十八話 とある善良な住民の話
今日は急いでいたのがいけなかった。
父さんに頼まれた食材の調達。
食堂の息子であるおれ、ステファンは家へと早く帰りたいがために道の選択を誤った。
「おーい、こっから先は行き止まりだ」
「ほら止まれ」
「な、なんだよ。あんたたち……」
見るからに柄の悪い連中。
流れ者だ。
冒険者でも、傭兵でもなく、粗末な武器と防具で碌でもない犯罪をしては次の土地に流れていく輩。
故郷を持たず土地に執着のない彼らは、行きつく先で犯罪を犯すことを特に気にすることのない場を荒らす厄介者。
運がないと思った。
ただ時間を節約するためだけにこの路地を選んだのに、ここは袋小路で逃げ場がなかった。
絡まれている間生きた心地がしなかった。
なんでだよ!
おれは何も悪いことなんてしてないのに!
「ほら、金を出せ! 通行料だ!」
「助けを求めたって無駄だぞ。ここに人なんて滅多に通らねぇからなぁ」
流れ者たちの言い分は本当だった。
人の行き交う通りから少し離れただけで、誰もこんな路地気にかけない。
不幸にも絡まれているおれなんて誰も気にしない……はずだった。
「……貴族、様?」
突然現れた四人組。
中でも異彩を放っていたのは一人の少年だった。
銀に近い白髪に漆黒の瞳。
ヴァニタス・リンドブルム。
領主様の御子息なのに、乱暴者で暴言と暴力ばかりの悪い噂しか聞かない子供。
容姿は可愛らしくとも心根は腐ってるなんて揶揄されて。
もしも通りで遭遇したらすぐに逃げるか隠れるかしろと父さんからも注意されている危険人物。
横に三人の奴隷の少女たちを侍らせ彼は視線の先に立っていた。
何故ここにいるのかはわからない。
でも彼からは父さんが言ったような悪意を……感じなかった。
そこからはあっという間の出来事。
「主様をご不快にさせるとはなんと罪深いヤツらだ! 私が代わりに仕置きしてやる! 覚悟しろ!」
「クソっ、相手は子供だろ? なんでこんなに強えぇんだ!」
「反省! する!」
「グフッ、く、こいつ……素手の割に剣相手に一切躊躇しやがらねぇ!」
少女二人が二対三にも関わらず流れ者たちをボコボコにしていく。
それは戦いの心得のないおれでも圧倒的な差を感じる戦い。
すごい……。
しかし、そんな月並みな感想を抱いたのも少しの間だった。
急に冷水を浴びせられる事態が起きた。
流れ者たちの仲間だ。
路地の向こう、貴族様の背後からの突然の奇襲。
「ラアアアアッーーーー!!」
「主様っ!!」
「主!」
三人の流れ者を素知らぬ顔で圧倒し制圧していた彼女たちが悲痛な叫びをあげる。
虚空に手を伸ばすもここからでは届かない。
振り下ろされた剣は貴族様の構えた短剣を叩き折った。
絶望だった。
唯一の武器が断ち切り、流れ者の仲間がニヤリと嗤った気がした。
「――――死んでくれ!」
おれはただ貴族様に凶刃が振り下ろされるのを見ているしかなかった。
でも――――。
「――――ライトボール」
「ガハッ!!」
心配など杞憂だった。
貴族様は流れ者の腹部に当てた手から魔法を放ったらしい。
路地を滑るように吹き飛ばされた流れ者は、口から勢いよく呼気を吐き出し苦しげに地面に倒れた。
「うむ…………意外と予想より早かったな」
彼は折れた短剣を見て仕方ないと一切気にしない様子だった。
奴隷の少女たちが一斉に駆け寄る。
しかし……貴族様はその動きを片手で制した。
「まあ、待て。まだ立ち上がるようだ」
「ぐぅ……当然だろ。魔法一発で俺を倒せるとでも思ったのかよ。まぐれ当たりの癖によぉ!」
流れ者は立った。
あれで終わったと思ったのに。
でもおれが不安に思うのと対象的に貴族様は楽しそうに奴隷の少女たちに微笑む。
「クリスティナ、ヒルデガルド。手を出すなよ」
「ですがっ、主様!」
「主、一人、大丈夫?」
「心配は無用だ。お前たちの主はこんなチンピラに負けはしない」
「クソッ、こんなところで
「全力でこい。そのうえで僕が打ち砕いてやる」
貴族様が奴隷の少女たちを置いて前に出る。
傲慢な子供だと噂に聞いたヴァニタス・リンドブルム。
理不尽な命令と暴力でハーソムニアの住民を怖がらせ、我が侭放題な悪童。
でもおれには……そんな風には見えなかった。
自らの奴隷すら守ろうと戦いに赴く姿は……堂々たる風格を宿していた。
「行くぞ、オラッ! ファイアボール!」
火属性の魔法!?
空中を飛ぶ火球は真っ直ぐ貴族様を目指す。
「危ない!」
思わず口をついて出た注意を促す言葉。
でもそんな心配なんて本当は欠片も必要なかったんだ。
それがわかっているから彼の奴隷たちは何も言わなかった。
「“
「――――え?」
いま……何が起こったんだ?
「俺の魔法が……逸れた……だと?」
訳のわからないまま貴族様が動揺する流れ者の懐に飛び込む。
「――――
騒がしかった路地が凪のように静かだった。
誰も言葉を発せなかった。
バタンと音を立てて気絶する流れ者を貴族様が見下ろしている。
「む? そこの青年、怪我はないか?」
「は、はい……」
「ならいい。家に帰るまでが買い物だぞ。これからは気をつけるんだな。――――さあ、行け」
「あ、ありがとうございました!」
言われるがままお礼もそこそこにおれは路地から追い出された。
興奮していた。
間近で見る本物の戦いに手が震えていた。
なにより貴族様の……ヴァニタス様の戦う堂々たる姿が目に焼き付いていた。
家に帰り、食材を渡すのも忘れ、おれは父さんに無我夢中で話していた。
おれが出会った本物の貴族と彼を支える奴隷の少女たちの話を。
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