第二十九話 裁きの時


 父上の屋敷、そのだだっ広くも整備された訓練場。

 ここには僕とクリスティナたち奴隷三人娘、離れたところに僕たちを見守るように父上と執事ユルゲン、全体、特に父上を警護するリンドブルム領の騎士団団長グスタフと、この領地でも多大な力をもつ錚々そうそうたるメンバーが揃っていた。


 何故か。


 理由は一つ、僕への謁見を求めた嘆願があったからだ。

 それも対面を求める嘆願。


「そろそろ来る頃だと思っていたぞ」


 僕は少し離れた訓練場の中央でひざまずき、低く地に頭をつけるのではないかとばかりに伏せる二人を見て声を掛ける。


「……はっ、この度は手前共の申し出をお受けいただきありがとうございます」

「で? 酒は抜いてきたのか?」

「……はい、それは勿論」

「ではディラク、マーカス、用件は予想がつくが、改めてお前たちの口から今回の謁見を申し出た理由を聞こう」


 この場を取り仕切るのは僕だ。

 父上から許可を貰い今回の謁見は僕に采配を任せて貰えるように頼み込んでおいた。


 無精髭ぶしょうひげの目立つディラクは僕の問いに意を決して嘆願の理由を説明し始める。


「その……ウチの息子のマーカスがヴァニタス様にお渡しした黒い鞘に納まった短剣なのですが……。あれは息子が鍛えた武器として非常につたないものなのです。いただいた金貨十枚はお返しします。どうか、どうかあの短剣をお返しいただけませんか?」

「ああ、あれだな。見てもらった方が早いだろう。クリスティナ、渡してやれ」

「……はい」


 僕の指示にクリスティナが布に包まれたアレを持ち、ディラクの前まで運んでいく。

 地面にそっと置かれたそれにディラクは最初不思議そうな顔をしていた。


 それは包んでいた布をめくるまでの短い間だったが。


「っ!? これは……!?」

「マーカスからなんと聞いたかはわからんが、これは些細な諍いの際に粗末な剣を受けた結果こうなったものだ。お前の鍛冶の腕が確かなら僕が嘘を言っていないことはわかるだろう」


 ディラクは信じられない面持ちで刃が半ばで折れた短剣の残骸に触れる。

 震える手で柄を握り持ち上げると、断面と剣を受け止めた部分を凝視していた。


「ば、ばか、な……」

「そう、僕はマーカスに見立てを頼み僕に相応しい武器を求めた。その結果がこれだ」

「あああ、このォ、大莫迦野郎がァッ!!」


 臨時の謁見の間となっていた訓練場にディラクの叫びが響く。

 立ち上がった無精髭ぶしょうひげの大男ディラクに父上を守るグスタフが警戒し背中の大剣に手をかける。


 だが、警戒は無用だ。

 僕はグスタフを目で制する。


 ……グスタフはヴァニタスの所業から僕を蛇蝎の如く嫌っているがそれでも止まってくれた。


「マーカスぅ! お前っ!! この莫迦がっ!!」

「ダァッ!?」


 謁見のはじまりからずっと地に跪き伏せたままだった息子を、ディラクは殴り飛ばした。

 最近はあまり鍛冶場に立たなかったようだが、流石ハーソムニアでも有数の鍛冶師、身体能力は高い。

 殴られたマーカスは豪快に吹き飛び地面に倒れた。


「ぐ……ぅ……親父……」

「マーカス! お前は鍛冶師として、いや人としてやっちゃならねぇことをした! 莫迦野郎がっ! 自分が何を仕出かしたのかわかってるのか!!」

「でも……親父……俺は……」

「『でも』じゃねぇんだ! 鍛冶場に立ち武器作るのはいい。練習のために数を打つのはいいことだ。いい出来のものを打てることもあるし、失敗も数え切れねぇほどするだろう。だがなぁ! 元からヒビが入った失敗作を客に渡すとは何を考えてやがる!!」


 そうだ。

 あの黒鞘の短剣にははじめからヒビが入っていた。


 自慢じゃないが僕の身体能力は高くない。

 細い腕に低い身長、およそ戦う者にしては足りない筋力。

 ……自分で分析して悲しくなるな。


 だが、その分繊細だ。

 短剣の刃を指で撫でた時、目に見えないほどの細かいヒビが入っていることには気づいていた。


 あの激昂ぶりを見るとディラクはそのことをマーカスから聞いていなかったようだな。


「…………」

「何故だ。何故こんなことをした。よりにもよって……ヴァニタス様に……」

「親父! 俺は!」

「うるせぇ! お前の言い訳なんて聞きたくねぇ! 黙ってろ!」

「!?」


 ディラクは息子マーカス一喝いっかつし黙らせると、事態の成り行きを見守っていた僕に向き直る。


 険しい表情には覚悟があった。


 何かを決意した男の表情が。


「……ヴァニタス様」

「なんだ?」

「息子が仕出かしたことは……謝罪します。こいつはとんでもないことをやっちまった」

「ああ、僕にヒビの入った短剣を秘蔵の品と偽ってワザと渡した。そのうえ謝礼の金貨まで受け取った」

「あの金はオマエが――――」

「うるせぇ、黙ってろ! ……そうです。鍛冶師として人としてマーカスはやっちゃならねぇことをした」

「…………」

「それを承知でお願いします! どうか息子の命だけは! 命だけはお許し下さい!」

「お、親父ぃ……そんな……」


 深々と頭を下げ謝罪するディラク。

 マーカスはそれを見て呆然自失としてショックを受けているようだった。


 だが、ディラクの覚悟がそんなものの訳がなかった。

 彼は腰元に携えた剣を抜く。


 訓練場がにわかにざわついた。

 しかし、あれは僕が持ち込みを許したものだ。

 彼らから何も没収する必要はないとそのままにしていたもの。


 再び動き出そうとするグスタフを強く視線で止める。


 動くな。

 ディラクの行き着く先を僕に見届けさせろと。


 視線を戻す。

 ディラクは剣を……自分の首にてがった。

 刃が食い込み僅かに血が滲む。


「ヴァニタス様、この度の息子の仕出かしたこの騒動、どうか私一人の命で止めていただけませんでしょうか! 責任はすべて私にあります。鍛冶工房を営んでいながら、飲んだくれてばかりで商品の管理も禄に出来ないこの私の!!」

「親父は、親父は悪くないだろ! 悪いのは俺だ! ああ、そうだ。俺がワザとヴァニタス・リンドブルムに失敗作を渡した! 俺が全部悪いんだ! 親父は……何も悪くねぇよ……」

「マーカス……」

「……」

「親ってのはなぁ。子供が可愛いもんなんだ。どんなことを仕出かしても子供が一番大事なんだ。……俺が酒浸りになって鍛冶場にも立たなくなったせいでお前には苦労をかけたな。……許せ。俺が、俺がすべて悪かった」

「親父ぃ……」

「ヴァニタス様、お願いします! 私の命で、どうか! どうか、息子の命までは!!」

「親父ィーーーー!!」


 盛り上がっているところ悪いが僕はディラク、お前を無為に死なせて終わりにするつもりはないぞ。


「クリスティナ。【命令だ。ディラクの剣を弾き飛ばせ】」

「――――はい、主様」


 僕の魔力を籠めた『命令』により、訓練場をクリスティナが突風のような素早さで疾走する。


 ギンッと金属同士のぶつかり合う音色が響くと、ディラクの手元を離れた剣は高く宙を舞った。


「あ……なん、で……?」

「主様の『命令』です。悪く思わないで下さいね」

「ディラク、お前に今回の騒動の責任を取らせるつもりはない。そこで成り行きを見ていろ」

「…………息子のために……死なせてもくれないのですか?」

「そうだ。すべては僕の裁量で決まる。お前が決めることではない。そこで大人しくしていろ。すべての決着がつくまで」

「は、い……」


 剣をクリスティナに弾かれたディラクは、力が抜けたのか両膝から崩れ落ち倒れるように跪く。

 うむ、これでディラクが変なことを考えることはないな。


 僕は空中を舞い地面に突き刺さった剣を呆然と眺めていたマーカスに問う。


「さて、マーカス。ちょっとした進行の遅れはあったが、お前に聞こう。……何故こんなことを引き起こした。理由を説明してみろ」


 マーカスは立ち上がる。


 その表情には怒りがあった。

 隠すことのない激怒が彼を支配していた。


「……全部、全部オマエが悪いんだろうが! オマエがっ! ヴァニタス・リンドブルム! オマエのせいで親父は飲んだくれて武具を作らなくなっちまった! あれだけ好きだった武具作りへの熱意がなくなっちまった! そのせいでお袋は体調を崩して、寝込んでばかりで禄に動けもしない! 誰がやった。ヴァニタス! オマエだ! オマエがやった! 俺たち家族を崩壊させたのはヴァニタス、オマエだ!!」










こちらには書くのを忘れてしまったのでお知らせです。サポーター限定ノートにて


第十九・五話 ラヴィニア・リンドブルムの悶々とした日々


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