第二十七話 テンプレ


 それは繁華街から屋敷への帰り道、僕たちが遭遇した取るに足らない出来事。


「な、何するんだよ。や、やめてくれ!」

「『何するんだ』だとぉ? オイオイ、ここを通るには通行料が必要だっていっただろうがぁ!」

「ニイチャン、ダメだねー。こいつ怒らすと怖いよ。飢えた犬っころみたいにどこまでも追いかけっから」

「ハハッ、ホントだよ! こいつしつこいからなぁ、噛み付いたら離さねぇぞぉ。大人しく諦めな」


 なんとなく知らない道を歩ってみたかっただけだった。

 ヴァニタスの知らない道、僕だけが通ったことのある道。

 そんなものをちょっとだけ知りたかった。

 個人的欲求による気まぐれ。


 しかし、その道の先でトラブルが起こるとは流石の僕も考えていなかった。


 しかも……。


「普通こういうのは可愛い女の子が絡まれてるもんだろ! 助けた後に仲良くなって一緒に冒険者として活躍する! そのはずだろ! 何故ここには男しかいない!」

「前方に四人、内三人は人相からしてチンピラで、一人は絡まれたハーソムニアの住民ですね」

「むむ、良くない、奴ら」


 うん、暗がりになった路地の先にいたのは男三人に言い寄られる青年が一人。

 どう見てもただ絡まれて困っている住民の図だ。

 ここからめくるめく運命の出遭いロマンスに発展する余地は微塵もない。


 言い寄っている方はまさしくチンピラといった風貌で、薄汚れた格好にボサボサの髪、視線はどこを向いているのかゆらゆらと揺れ、聞くに耐えない濁声でさえずっている中年共。  

 しかし、三人共に腰には粗末な片手剣を携え、ヨレヨレの服の上から革鎧のようなものを身に着け一端にも武装している。


 一方青年は二十代前半か、手には買い出しでもしていたのか紙袋に詰められた多数の食材がある。

 不安を如実に表した表情からはこの状況をなんとかできる力は読み取れない。


「不運にも絡まれたのでしょうね。通行料などと勝手なことを言っていましたし。繁華街から多少離れたとてハーソムニアにあんな柄の悪い連中がいるとは驚きです」

「怖い……」

「ラパーナ、元気、出す!」

「ヒルデ姉……ありがとう」


 見るからに暴力的な気配漂う三人組にラパーナが怯える。


「お、何だ何だ。綺麗どころを引き連れたお坊ちゃんよぉ。いま取り込み中だぞ」

「なんだぁ? 子供ばっかじゃねぇか。なんでこんなところに、おい、何の用だ」

「待てよ……あの銀に近い白髪に漆黒の目。やたらと金のかかった服といい、この子供ガキ、領主の息子じゃねぇか?」

「はぁっ!? じゃなんだこいつ、貴族かよ!!」

「…………貴族、様?」

 

 僕に気づいた途端ギャーギャーと五月蝿いチンピラ共。

 というか僕のことヴァニタス・ リンドブルムと認識出来るのか。

 てっきり問答無用で襲いかかってくるかと思ったけど……さて、どうなる?


「確かこの街の領主、侯爵家の息子はどうしようもないクズだって聞いたぞ。なんでこんな路地に……」


 こんなチンピラにクズ呼ばれりされるとは、ヴァニタスはどれだけ悪評で語られてるんだ?


「主様を……よりにもよって『クズ』だと?」

「むう、嫌な奴」


 あっという間に怒りが沸点に達したのか、クリスティナが腰の剣に手をかける。

 ヒルデガルドも腰を低くし身構え臨戦態勢を取った。


「はぁ……まあ、仕方ないか。不快な連中には退場願うとするか……」

「ええ、主様に不敬な物言いをする輩、私に任せていただければすぐに制圧いたします」

「殴る、蹴る、倒す!」


 クリスティナとヒルデガルドはすっかり戦う気だな。

 まあこの二人ならこんなチンピラ風情、魔法を使わずとも剣術と体術だけで制圧出来るだろう。

 二人と何度も模擬戦を通じて戦ってきた僕にはわかる。


「何をこそこそと喋ってやがる!」

「オイ、待て! ……そのスミマセン。貴族の坊っちゃんだとは知らず、俺たちはすぐこの場を去りますんで……どうか……そのご容赦を」

「何いってんだ! オレは貴族相手でも戦えるぞ。権力なんかに屈しねぇ! 貴族だろうがなんだろうがぶっ殺――――ムガッ」

「うるせえ! 余計なこと喋んな。ス、スミマセン、連れは口だけはデカい奴でして。じゃあ俺たちはこの辺で……」


 何やら内輪揉めをしているようだったが、その中で比較的冷静そうな奴が頭を低くして謝ってくる。

 しかし……。


「誰が帰っていいといった?」

「へ?」

「僕の前でリンドブルム領の住民を脅しつけておいてタダで帰れると、本気で思っているのか?」

「いや……その、ですから謝って……」

「不要だ」 

「……?」

「お前たちからの謝罪も、お前たちの存在も不要だと言ったんだ。なにより僕を不愉快にさせただけでも万死に値する。クリスティナ、ヒルデガルド、殺さない程度に痛めつけてやれ。父上の騎士団に引き渡す」

「はい! 主様、お任せ下さい!」

「ぶっ飛ばす!」


 僕の指示で即座にチンピラ共にかっ飛んでいく二人。


「ふ、ふざけんな! 俺は謝ったじゃねぇか! なんで――――ゴフッ!?」

「主、侮辱、ダメッ」

「バカが、貴族相手に謝ったって無駄なんだ! このっ! 小娘がぁ! オレに勝てると思ってんのかぁ!」

「勝つ、それだけの力が私たちには、ある。主様の奴隷である私たちにはっ! ハアッ!」

「コイツ、なんだこの剣捌きは!? 速ぇ!」


 瞬く間にチンピラ共に接近した二人は剣術と体術で圧倒していく。

 腰の粗末な剣を抜き放ったチンピラ相手にも決して臆することなく。


 うん、安心してみていられるな。


 だが、彼女たちの活躍を見学していた僕とラパーナに脅威が迫る。


 油断していた訳ではない。

 しかし、あんなゴミみたいな連中に仲間がいるとは露ほども思わなかっただけだ。


「お前ら! 俺の仲間に何してやがる!」


 僕たちの後方から現れたその男は一目でチンピラ三人組より上の実力を持っているとわかった。

 なにより着ている装備が遥かにマシだ。


 抜き放ち上段に構えた剣は良く研がれているし、魔物の皮を使ったであろう毛皮のついた革鎧は動きを阻害しないよう体型にキチンと合わせたもの。


「ラアアアアッーーーー!!」

「ひぃぃ」


 奇声を上げ走り迫るチンピラのボスらしき男。

 震えて動けないラパーナを背後に庇い、黒鞘の短剣を抜く。


「主様っ!!」

「主!」


 クリスティナとヒルデガルドの悲痛な叫び。

 でもそんなに心配する必要はない。

 僕だって幾度となく模擬戦を熟していた。

 模擬戦用の模造剣を持ったクリスティナ相手に接近戦の対策も多少かじっている。


「オラァッ!」


 振り下ろされる剣の軌道に短剣を合わせた。

 これで――――。


 剣を受け止めた瞬間違和感があった。


 バキンッと手元から不吉な音がなる。


 短剣が……半ばから折れていた。


「ハッ、武器の整備も禄にしてねぇのか! 悪いな、坊主ガキを殺すのは趣味じゃねぇんだが、ここで死んでくれ!!」










★評価、フォロー、ご感想をいただけると幸いです。


貴方様の応援が執筆の励みになります!


どうかよろしくお願いします!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る