第二十五話 クリスティナ・マーティアは魅入られる
「――――まあ、当然だな」
私の意を決した迫真の答えを主様は何でもないように返した。
叱責され激怒されるかもしれないと覚悟しての答えを、何も問題はないと諭すように。
「え?」
「クリスティナがまだ僕を信用していないことはわかっていた。
「いえ……私にはわかりません……」
主様はなおも私に問う。
唐突な提案は私がシュカさんに条件付けた基本契約の変更だった。
身を売る私に唯一出来たささやかな抵抗。
しかし、一度も変更を申し出されたことのない意識の外にあった契約を、主様は変えたいという。
それは
ただ私を
主様の漆黒の瞳は何も写さない。
仰ぎ見る私の顔ですら写しているか定かではない。
……主様は私に信用されていないことを悟りながら一体何故こんな提案を?
私にはその理由が思い浮かばなかった。
「クリスティナ、僕は本気なんだ。本気で君の信頼を勝ち取るつもりだ。だからこそあえてこの場所で宣言した。真の意味で奴隷となることを求めた。……ここは
はい、ここは私と
貴方は興奮し
『女、俺の奴隷になれ』と。
私はそれに同意した、するしかなかった。
「僕たちは確かに主と奴隷、それだけの関係だ。一方が一方を搾取し、虐げるだけの関係。そう、いままではそうだった」
「主様……」
「はじまりの地でやり直そう。君が
主様はそっと私の手を取り、そのまま自分の胸へと押し当てる。
え、あ……ちょっ…………胸板に……。
「だが、勘違いしないで欲しい。君は奴隷だ。どこまでいっても奴隷なんだ。何故なら君は――――僕のものだから」
それはあの時となんら変わりないように感じる宣言。
でも……心臓の鼓動が華奢な胸を通じて伝わってくる。
「主たる僕は君に相応しく強くあることを誓おう。ただひたすら自らの決めた道を進むことを誓おう。君を誰にも奪わせないと誓おう」
主様の光すら飲み込む漆黒の瞳は、何も写さないのではなかった。
冷たく冷え切った凍土の瞳ではなかった。
私に誓う言葉の端々に熱がある。
瞳の奥底に一筋の
「僕たちは
「そして……私だけでなくヒルデとラパーナも手放すつもりはないん、ですよね……?」
「ハハッ、そうさ! 僕は強欲だからね!」
「貴方は本当に…………のない方……」
ヴァニタス・リンドブルムという主に……以前とは異なる男の子に。
私だけを見てくれない人でも、自分の欲望に素直な人でも。
彼の側に居たいと思わせられてしまった。
「そして、もう一つ宣言しておく。……僕に君を手放す気は毛頭ない。地獄がもしあるなら僕は君も連れていく。君を誰のものにもする気はない。僕からは決して離れられないと、そう覚えておいてくれ」
そう、挑発的に微笑むヴァニタス様に――――。
ああ、もう逃げられないなと心から悟ってしまった。
「はい……ヴァニタス様」
「フ、それにしてもクリスティナ、君の手は暖かいな。」
「それは……主様の胸が激しく脈打っているから……です」
「む? なら確かめてみるか?」
「ええ!?」
主様は私をぐっと抱き寄せる。
あの細い腕の何処にそんな力がと疑問に思うほどの力強さで。
気づいた時、私は主様の胸に顔を
「――――っ!?」
だ、駄目ぇ〜〜
ヒルデもラパーナもシュカさんも見ているのに。
きょ、拒否、拒否しないと。
せっかくいい感じに主様と胸の内を曝け出して会話出来ていたのにぃ!
あ、いい匂いする。
「どうだ。クリスティナ、僕は平静だろ?」
きっと私の顔面は真っ赤になってる。
恥ずかしさから主様の胸から顔を上げられない。
そう、これは主様のせいであって、断じて私が主様ともっと触れていたいからではない。
ないったらない!
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