第二十四話 彼女の答え


 ここで少し奴隷の首輪について説明しよう。


 奴隷の首輪はただ装着しただけでは効果を発揮しない。

 首輪を嵌めた状態で、主となるものが血と魔力を登録することで初めて主と奴隷の間に契約は成立する。


 それが基本契約。


 首輪に内蔵された契約であり、自死自傷の禁止、主からの逃亡の禁止、主への殺傷行為の禁止、主からの『命令』の遵守じゅんしゅなどが該当する。


 では等級とは何か。


 基本契約を変更し、契約の追加、変更を可能とするもの。

 要は等級の高いものほど融通が効き、様々な条件付けを可能とする。


 クリスティナのように性的命令の拒絶権を盛り込んだり、行動可能範囲の拡大や限定、一人称の強制変更。

 場合によっては回数制の命令の拒否権の付与など、複雑で一見意味不明にもみえる契約をも盛り込むことが出来る。


 逆に等級の低いものには最低限の契約しか盛り込まれておらず、追加や変更も出来ないものが存在する。

 例えば許可のない魔力使用の禁止、魔法発動の禁止、他人との接触禁止などが盛り込まれていなかったり、基本契約に追加することが出来ない。

 そういった首輪は主を間接的に不利にさせる工作が可能な場合もある。


 そして、さらに劣化した首輪などは最早『命令』の絶対権への信頼も揺らぐ。


 ああ、そうそう、ヴァニタスがヒルデガルドやラパーナに手を出さなかったのにも理由がある。


 二人の首輪は等級でいえば普通かやや劣化したものだが、性的命令も可能なものだ。

 勿論手を出そうとすれば奴隷は拒否出来ない。 


 しかし、過去ヴァニタスはヒルデガルドを寝室に呼んだ際、彼女の純粋さから無意識に殴られたことがあったため、それ以来性的接触はしないようにしたようだ。

 ラパーナも年齢が低く、ヴァニタスにとっては性的魅力をあまり感じなかったようで手を出していない。


 これも小説の物語ストーリー上の都合ともいえる。

 ヴァニタスは悪役として主人公にハーレムメンバーを供給する役であり、彼がヒロインたちに手を出すようでは物語が破綻する。

 だからこその設定。


 まあ、そうはいってもヴァニタスにとって奴隷三人娘の中で最も気に入っているのは最初に出会ったクリスティナであり、彼女と最初に寝所を共にすると決めていたのだろう。

 だからヒルデガルドとラパーナの二人には夜伽を命じなかった。


 ……物語ではその最も気に入った奴隷クリスティナを、主人公に最初の決闘で奪われ発狂するのだからどうしようもないが。


 僕は苦悶の表情を浮かべるクリスティナを出来るだけ落ち着かせるようにゆっくりと話し掛ける。


「だが、契約を変更するなら両者の合意が必要だ。主としてヴァニタスぼくが血と魔力でもって登録したように。奴隷と主。両者の血と魔力で契約内容を変更する必要がある」

「…………」

「だから僕はここに来た。基本契約の変更は奴隷商人、とりわけ『契約』の属性魔法を操る者でないと変更出来ないのだから」

「………」

「どうする、クリスティナ。君は何を選択する? 君の条件付けた基本契約を変更し、僕にすべてを委ねるか。それとも僕には指一本触れさせないと突っぱねるか。……僕は君の答えが聞きたい」


 さてクリスティナはどちらを選ぶ?

 顔を伏せたままだった彼女は、僕の問いかけに苦しげに視線を返す。

 

「私は……」

「…………」

「……主様は変わられました。以前まで己を鍛えるということをしなかった主様は、いまや私たちと同じ場所、同じ空気を吸って修練に励んでいる。あれほど吹き荒れていた暴言や暴力はまったくなくなり、寧ろ私たちに配慮して待遇を改善しようとさえして下さる」

「当然のことだ。僕は君たちの主だからね」

「……理不尽な命令や悪意ある提案をすることはなくなり、他者から恐れられることも少なくなりました。……屋敷にはまだ主様を怖がっている使用人たちもいますが、それもいつかは改善出来るのではないかと主様の最近のご様子では希望を持てます」

「…………」

「でも! 私は! まだ貴方を信用出来ないのです! 貴方が理不尽に命令したことで不利益をこうむった者がいることを知っている! 貴方が権力を笠に、言葉と力で心身を傷つけた者を知っている!」


 クリスティナの心からの叫びだった。

 心の奥深くに突き刺さったヴァニタスぼくの罪。


「転生で別人になったと貴方はいう。ヴァニタス・リンドブルムは以前とは変わったのだと。ですが! 到底信じられないのです! 私は貴方と同じ顔、同じ声で蔑み、怒り、嗤っていた日々を覚えている! それでどうして信じられるというのですか……」

「そうか……」

「私も貴方様を信じたい。心から信頼したい。ですが……もう少し時間を下さい。……貴方にはまだ私のすべてを委ねることは……出来ません」

「それがクリスティナ、君の答えか……」

「…………」


 深い沈黙が僕たちのいる空間を支配する。


 クリスティナは己のすべてを解き放ったとばかりに、真正面から僕を見据えていた。


 彼女のどこまでも果てがないような透き通った水色の瞳は、これで罰を受けたとしても後悔はないと明白に訴えていた。


 そんな彼女に僕は――――。

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