第二十三話 奴隷商人とクリスティナの契約


 奴隷商人の店は意外にもハーソムニアの繁華街の近くにある。

 奴隷を購入するような客層は大抵金持ちだから、買い物帰りに他の店に寄れるようにする配慮なのだろうが、通りの賑わいとは別に、一歩奥に入れば裏の側面もあると思うとなんともいえない気持ちになる。


 アルクハウゼン武具店の店番マーカスから黒い鞘に納められた短剣を譲り受けた僕たちはそこに向かっていた。


 向かう先は最もヴァニタスの記憶に残っている場所だ。

 僕たちは迷うことなく入口を見つけ入る。


 薄暗い入口に従業員と思わしき屈強な男たち。

 彼らの案内で僕たちはこの店の店主の元へと案内される。


「やあ、ヴァニー坊っちゃん。久しぶりだね」

「シュカか……そうだな」

「ふふふ、そこの元貴族令嬢だったクリスティナを売って以来かな? 随分とまあご無沙汰じゃないか」


 前世でいう遊郭にでもいるような扇情的な格好をした、二十代前半にも見える女、シュカ。

 本当の年齢はわからないし、聞く気もないが、媚びるような声色で優雅にキセルで紫煙をくゆらせる彼女は独特の雰囲気を纏っていた。


「どうしたんだい? お気に入りの三人の奴隷たちを引き連れて。まさか……その娘たちに飽きたのかい? 贅沢な子だ。ふふ、しかし、あれから随分時が経った。新しい奴隷なら入ってるよ。ヴァニー坊っちゃんも一目見れば気に入るだろう娘もウチでなら揃えてる。……見てみるかい?」

「悪いな。興味は多大にあるんだが、今日の用事はそれではないんだ。ああ、言い忘れた。今後、僕のことはヴァニタスと呼べ」

「なんだい? 雰囲気が少し落ち着いたと思ったらこのアタシに呼び名を変えろと? どういう風の吹き回しだい?」

「僕は変えろと言った。聞こえなかったか?」

「…………まあ、いいさ。十五歳だ。大人びたい年頃だろうしね。で、ヴァニタス坊っちゃん、ご用件は?」


 ほんの少しだけ余裕のある表情が崩れ、不機嫌さを垣間見せたシュカ。

 ああ、哀れで世間知らずな子供だと思ったのが、まるで貴族のように威圧してきたのが嫌だったのか?


 だが仕方ない、相手は百戦錬磨の交渉を取り仕切ってきた女郎。

 個人的には彼女の退廃的な雰囲気は嫌いではないが、舐められたままでは今後結んでいく関係にも支障がでる。


「クリスティナ、僕の前にこい」

「っ!? は、い……」


 怯えた表情のクリスティナ。

 自分が何故ここに連れて来られ、何故僕の前に立たされたかわかっておらず不安らしい。


「今日僕は何故ここに来たと思う?」

「……わかりません。……ですが、新しい奴隷を購入するのではないのですか?」

「違う」

「なら…………私たちを、私を手放すのですか……?」

「それも違う」


 手放される心配がなくなったからか露骨にホッとした表情を浮かべるクリスティナ。

 ヒルデガルドとラパーナも三人の内誰かが離れることにならないことを知り、険しかった表情が僅かに和らぐ。


「奴隷の首輪は品質によって等級が異なる。クリスティナ、お前にはわかるな。何せお前の首輪は同じ奴隷の首輪だが、ヒルデガルドやラパーナとは似て非なるものだ」


 クリスティナの首輪。

 ヒルデガルドやラパーナの首輪がただの黒色の首輪なのに対して、彼女の首輪だけは真紅に輝いている。


「はは、そうさ。クリスティナの首輪は等級でいえば最上級のものだからねぇ」

「はい……シュカさんのおっしゃる通りです。私の首輪はヒルデやラパーナとは……違う」

「もう、クリス、シュカさんなんて他人行儀なことをいうんじゃないよ。シュカお姉ちゃんと呼べといっただろう? 何せアンタを買ったのはアタシだ。没落貴族のお嬢さんが、どうしても落ちぶれていく家族に金を渡したいと自分で自分の身を売りにきた。リンドブルム領へ連れてきたのはアタシだけどね。何せいい買い手が中々現れなかったから。クリスはこんなに可愛いのに……可笑しいねぇ」

「…………」


 シュカはクリスティナの要望に答えた。

 彼女を法外な金額でもって買い取り家族にその金を渡した。


 だが、クリスティナは自分を売る際に条件をつけた。

 買い手が現れなかったのはそのためだ。

 その条件は……。


「奴隷の首輪、それも最上級となるものなら首輪自体に盛り込める契約が異なる。それは、ある意味主すら縛る契約くさり。……クリスティナ、お前は自分が性的にはずかしめられないよう奴隷の首輪に性的命令の拒絶可能を盛り込んだ。そうだな」

「う……あ……は、い」

「今日ここに来たのは他でもない。その契約を変更し、クリスティナが真の意味で僕の奴隷となれるのか確かめるためだ」

「っ!?」


 これ程美しく気高い女に手を出さない?

 馬鹿な!

 十五歳の若い体だぞ、性的欲求がないなんてあり得ない。


 ヴァニタスは手を出せなかっただけだ。

 契約に守られたクリスティナに邪な欲望でもって指一本触れられなかった。


 だが、僕は違うぞ。

 女に気後れするヘタレ野郎とでも思ったか?

 

 物語ストーリーの指し示すままに、奪われるまでただ指をくわえて静観しているとでも?


 主人公と出会うまでもない。


 彼女は僕のものだ。











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