第二十二話 鍛冶工房 アルクハウゼン武具店
「ここだな。『アルクハウゼン武具店』」
「はい、こちらが主様が……その……特別な剣を注文されたところです」
「ああ、僕の部屋に無造作に置いてあるよ。無駄に装飾ばかりで実用性のまったくない。剣というよりただの置物が」
「……はい。主様は……前までの主様はこちらの工房を訪れた際におっしゃいました。『宝石をふんだんにあしらった僕専用の宝剣を作れ』、と」
「
いまから一年と少し前。
ヴァニタスはアルクハウゼン武具店の親方であるディラク・アルクハウゼンが、ハーソムニアで一番の腕前をもつ鍛冶師だと風の噂で耳にする。
この目の前にあるこじんまりとした店の店主兼鍛冶師は、リンドブルム領のこの場所で代々鍛冶工房を営み、一級品の武器防具を扱う知る人ぞ知る者だと。
ヴァニタスはここを訪れ無理難題を頼んだ。
いや、領主の息子とはいえ貴族の頼み。
ディラクにとってそれは最早強制だったはずだ。
ハーソムニア随一の鍛冶師に作らせた武器を見せびらかしたい。
ただそれだけのための理不尽な要求。
しかも、武器というのは名ばかりのただの装飾を施した剣の形をしたものをヴァニタスは注文した。
その方が派手で目立つからと。
そのうえで料金を踏み倒した。
材料費も鍛冶費用もすべての経費を店持ちで用意させた挙げ句の出来事。
ついでに言えばヴァニタスは作らせた剣の重量に耐えられず持ち上げられなかった。
しかし、自分が頼んだ物を突き返すにはプライドが許さない。
だから部屋に無造作に置いてあった。
……つくづく
「少し寂れたか? 前見た時はもう少し入口がスッキリと整理されていたはずだが」
「それは……」
「まあいい、開店はしているようだし早速中に入ってみるか」
「あ、主様……その……申し訳ございません。あまりご無体なことは……どうか……」
「クリスティナ、心配するな。何もしやしないさ。ただ買い物をしていくだけだ。なんならクリスティナの武器や防具を新調してもいいんだぞ。それだけの金は父上から貰ってきた。いま装備しているのは量産品だろ」
「え! いいんですか! あっ……」
今日のクリスティナは僕の護衛を兼ねているためか武装している。
リンドブルム領の騎士団も装備する武器や防具と同じもの。
数打ちだが、それなりの性能の片手剣と女性用の胸当て。
そよ風に波打つ金の髪も相まって、クリスティナはまさしく正当な女騎士然としていた。
「あーい、いらっしゃいませー」
扉に備え付けられた入店を知らせる鈴が鳴り、やる気のない年若い男の声が響く。
店内をざっと見渡せば、外と同じくどことなく寂れた暗い雰囲気が漂っている。
なにより商品が異常に少ない。
壁に立て掛けられ飾られた、一点物と思わしき剣や槍等は数えるほどしかなく、ガラス棚に納められた短剣や投げナイフは疎らにしか置いていない。
盾も飾ってあるが本当に少数で、鎧にいたっては一体のマネキンが装着している物しかなさそうだ。
壁際に並ぶ他のマネキンには何も着けられていない。
店として成立しているのか疑うレベル。
前ヴァニタスが訪れた時は、棚いっぱい、それこそ視界に映るすべてのところに武具が所狭しと並べてあったはずなのにいまや見る影もない。
唯一充実しているのは樽に詰められた安売りの品くらいか。
ハーソムニアでも知る人ぞ知る店の割には殺風景な光景が広がっていた。
「なにかお探しすかー。悪いけどそんなに商品ないよー」
「何故こんなに商品がない。ここは店舗兼工房だろう? 店の奥には鍛冶場が繋がっているはずだ」
店番らしき少年、年の頃は十七か十八か、ヒルデガルドと同じくらいの年齢の少年に疑問をぶつける。
彼はカウンターに肩肘をつき、手元の布で短剣を磨きながら答える。
「いやー、いま炉の火を絶やしちゃってるからね。武具を作るのも親方の気分次第だから。商品も全然ないんだよ。ごめんねー」
「そうか。親方のディラクに用があったのだがな」
「あ、そうなの? アンタ親方の知り合い? 悪いけどここに親方は――――オマエっ……」
気怠げだった態度を急に一変させた少年に、クリスティナがさっと前に出て僕を庇う。
それを僕は片手で制した。
「何処かで会ったか?」
「会ったもなにもっ…………な、いや、その髪と整った容姿、ヴァニタス・リンドブルム様……ですよね。領主様のご子息の」
「ああ、僕がヴァニタス・リンドブルムだ。君は?」
「いやいや俺なんて……その……ただの店番ですよ。貴族様と会話するなんて恐れ多い……」
挙動不審な少年に警戒を解かないクリスティナ。
ヒルデガルドも不穏な空気を感じ取り眼を鋭く尖らせる。
「ま、ま、待って下さいよ。マーカスです! ただのマーカス!」
「マーカスか……ディラクはどうした? 店がこんな状態で何処に行った?」
「あの……親方はちょっと、出掛けています。すぐには戻って来ません」
「うむ、少し話をしたかったんだが不在なら仕方ないか……そうだ」
「な、何でしょうか!?」
目を見開き驚くマーカスにふと思いついた頼みを伝える。
「武器の目利きには自信があるか? 良ければ短剣を一本頼みたいんだが」
「え……?」
「短剣だ。僕が持てる程度の重量で取り回しやすいやつなら何でもいい。マーカス、お前の見立てで選んでみろ」
「いや、俺は……」
「武具店の店番だろ? 選べるはずだ。それとも僕に相応しい武器はここにはないか?」
「……………………」
「うむ、ならディラクがいる時にでも頼むとしよう。なに、咄嗟の武器が欲しいと思っただけだ。忘れてくれ」
「……………………ま、待って下さい! これ! これはどうですか!」
立ち去ろうとした僕たちを焦った表情で呼び止めるマーカス。
差し出してきたのは黒い鞘に納まった一本の短剣。
「これは?」
「……ひ、秘蔵の品です。ウチの店でも一本しかない。と、特別なお客様にお出しする品、です」
「試してみてもいいか?」
「は、はい」
鞘から刃渡り十数センチメートルの刃を解き放ち、軽く何度か振る。
意外にも軽いな。
さっと日の光を反射させ、刃を改めて確認する。
剣の腹に片手を当てすっと撫でた。
「フ、なるほど」
「な、何かご不満だったでしょうか?」
「代金は?」
「は? 代金……?」
「この短剣の代金だ。非力な僕でも扱える短剣。丁度こんなのが欲しかったところだ。これを貰っていく」
「ほ、ほんとに?」
「なんだ。買ってはいけなかったか? 秘蔵の品を」
「いえ、その…………代金はいりません。貴族様からお金をいただく訳にはいきませんから」
頭を下げ目を合わせないマーカス。
だが、この短剣に金を払わない訳にはいかないな。
「クリスティナ、この短剣の相場は幾らだ?」
「その……私もあまり武器の良し悪しはわからず……すみません」
「構わん。大体でいい」
「なら金貨二枚から三枚程度でしょうか。素材や製造方法にもよりますが」
「金貨十枚だ。マーカスに渡してやれ」
「ハッ!」
「ま、待って下さい! こんなに、こんなに受け取れません!」
「少ないだろうが取っておけ。秘蔵の品貰っていくぞ」
「その黒鞘の短剣、主様は本当にお使いになられるのですか?」
「ん? ああ、マーカスに固定する腰ベルトも貰ったしな」
「主、似合う!」
「そうか? ありがとう」
「主様の身につける武具です。マーカス殿には悪いですが……せめてディラク殿に見繕っていただく方が確実なのでは?」
不安げな眼差しのクリスティナ。
僕は彼女の不安を和らげるように努めて穏やかな声で話し掛ける。
「いいんだ。これでいい。……少しの戯れだよ。アシュバーン先生じゃないけどね。ところで次に向かう場所だけど……」
「はい」「次!」「……」
「奴隷商人のところへいく。――――いいな?」
「「「っ!?」」」
僕の発言に三人娘が一斉に驚き固まった。
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