第二十一話 鉄鋼と泉の都市


 リンドブルム侯爵領の中心都市ハーソムニア。

 “鉄鋼てっこうと泉の都市”とも呼ばれるこの都市は、領内の鉱山で多数採掘される鉄鉱石を利用した鉄産業と、豊富な地下水源が特長のリンドブルム領で最も発展している都市だ。


 魔物の侵入を防ぐ外壁は重厚な鋼で覆われ、立ち並ぶ家々も金属で強化された見るからに頑強な作り。

 きちんと舗装された都市内の道路は多数の馬車が往来し、歩く人々は所狭しと行き交う活気ある場所。


 侯爵家の屋敷があるのもこの都市の一等地であり、いま現在僕らは繁華街に繋がるハーソムニア一番の大通り『竜骨通り』を歩いていた。


 ちなみにこれらの知識は全て領主である父上と、何故か自慢げに話してくれたクリスティナの感想であり、物語の中では出てこなかった情報だった。


「次、次何処行く!」

「おっと、そんなに引っ張らないでくれ」

「ヒルデ、主様が困っていますよ」


 山盛りの朝食を平らげたヒルデガルドは、恋人繋ぎのまま僕の手を思いっきり引っ張るため、手首の関節が捻り上げられちょっと痛い。

 彼女は楽しそうに無邪気に喜んでいるだけなので我慢するしかないけど。


 そういえば朝食では一度やってみたかったことをして貰った。






「はあ!? わ、わたしが主様に食べさせるんですか!?」

「うん。さっき手を繋ぐのを嫌がったじゃないか。食べさせて欲しいな〜って」

「いや……私は……」


 屋敷では奴隷である彼女たちと同席して食事を取ることはない。

 料理自体は同じものが出るし、量も種類も十分あるだろう。

 しかし、部屋は基本別室で時間帯も異なるものとなる。


 彼女たちは僕の奴隷であり、給仕係ではない。

 そもそもそんな教育は受けていないはずだし、記憶の中のヴァニタスぼくも同席するよう『命令』していない。


 食事の際に食堂に控えるのはメイドたちの仕事。

 よって彼女たちが僕の食事の時間帯に共にいることは屋敷にいる限り基本的にない。


 だが、屋敷では父上のルールを尊重するが、ここは屋敷の外。


 それでも領民たちの目はこちらを注視しているけど、それこそいまさら。

 ここに来る過程でもヴァニタスの所業のせいで好奇の目、いや恐怖におののく目で見られていたし、道を歩けば露骨に避けられていた。


 どうせ嫌われているならいまさら何を思われても構わない。

 僕の自由でいいだろう。


 僕はクリスティナの目の前に置かれたスクランブルエッグを指差し、ついで彼女の手に握られたフォークを見る。


「さあ、簡単だろ。ちょっとその卵を僕に分けてくれるだけでいいんだ」

「で、ですがそんな恋人同士のようなこと……困ります」


 クリスティナは助けを求めてヒルデガルドとラパーナに視線を振るが、ヒルデガルドは山盛りのソーセージとハムを片付けるのに忙しく、ラパーナはイヤイヤと首を振って拒絶を示していた。


「…………『命令』ではないのですよね」

「ああ、こんなことで『命令』なんてしないよ。あくまでも自主的にクリスティナに食べさせて貰いたいだけだ。どうしても嫌ならまたの機会に頼むとするよ」

「う……諦めては下さらないのですね」


 クリスティナは小声で『ラパーナが無理矢理させられるくらいなら……私が!』と気合いを入れ、意を決してスクランブルエッグを差し出してくれる。


「うん、美味しい」

「うう……衆人環視の中、こんな恥ずかしめを受けるなんて……。前までなら殴られるだけだったのに、別人とはこういうことなのですね。……模擬戦の時点で段々とわかってきていましたが、改めて主様は変わったのだと思います」

「そうか……わかってくれたか……ならもう一口頼む」

「ええ!」

「あれだけの量じゃ足りないよ。他の料理も注文するからまた食べさせてくれ。ヒルデガルドも足りなかったら遠慮なく言うんだよ。ラパーナも。父上から軍資金は貰ってきているからね」

「もっと食べる! 肉! 肉!」

「…………はい、ありがとうございます、御主人様」






 うんうん、赤く頬を染めクリスティナが料理を食べさせてくれたのはいい思い出になった。


 彼女は恥ずかしさのあまり頭がショートしたらしく、暫くボーっとしていたけど、僕としてはそんなクリスティナの新たな表情を見れたのも嬉しいところだ。

 そうだよ。

 やっと男の人だけでなく女の子と交流できている気がする。


 やはりメンヘラ気味のお爺さんアシュバーン先生は置いてきて良かった。


「主、次! 次!」

「こ、こら、ヒルデ! 危ないでしょう! 通りには馬車も走っているんですよ」

「主、強くなる、だいじょぶ!」

「もう!」


 次か……なら。


「鍛冶屋に行きたいな」


 思い出すのはヴァニタスの部屋の中にある装飾だけはやたらと豪華な剣。

 無造作に置かれたそれは、部屋を掃除するメイドたちも手を触れないヴァニタスの特注した剣。


ヴァニタスぼくが以前剣の製作を頼んだ店があっただろ? あそこに行こう」

「ですが…………いえ、わかりました。お供致します」


 苦い表情を浮かべたクリスティナに案内を頼む。


 次の目的地は決まった。

 目指す先はハーソムニアで一番の腕をもつと言われた鍛冶師の営む鍛冶工房。


 貴族の特権を笠にヴァニタスぼくが無理矢理武器を作らせた挙げ句、代金すら踏み倒した店。











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