第十四話 父との歓談


 奴隷三人娘との交流から数日。

 場所は父上の執務室。


「君のことだ。心配はしていなかったけど、あの娘たちとも随分と打ち解けたようだね。熱心に模擬戦をしていると聞いている。屋敷のメイドたちも噂しているよ。……坊ちゃまヴァニタスは変わったと」

「それはいい意味でしょうか?」

「勿論いい意味だとも。以前までは暴言と暴力の嵐で聞く耳も持たなかったのが、少しお尻を触られるくらいで丁寧に接してくれるようになったとね」

「特に好かれようとはしていないんですけどね」

「君はヴァニーとは違う。欲望のまま振る舞っても……悪意がない。自然体で何事にもぶつかっていく君には人を引き付ける何かがある。彼女らにもそれがわかるのさ。……まあこれはすべて私個人の推察だがね」


 父上はうんうんと頷いて答えてくれるけど、そういうものだろうか。

 うーん、まあいいか。

 意識せずともメイドたちからの印象が良くなったのならそれに越したことはない。

 

「ところで母上はどうしたんですか? 今日も朝から見ていませんが?」


 母上は僕の宣誓から数日は落ち込んだままで部屋に籠もりきりだったが、いまでは屋敷ですれ違えば軽く挨拶してくれる程度には慣れてきていた。


 いやあれは慣れたというべきなのか?

 二日後くらいには何故か急に態度を軟化させたと思う。


「というより最近調子でも悪いのですか? ヴァニタスのことがあった直後ですから私を避けるのも無理はないのですけど、朝はいつも私室にいるようですし、起きてくる時間帯も昼間を過ぎて夕方が多いと聞いています。メイドたちには詳細を尋ねても何故かはぐらかされるんですけど」

「ああ、ラヴィニアのことか。彼女とは最近は毎晩愛し合うようになってね。私が張り切るものだから体力を使い果たして起きられないんだよ。ハッハッハッハ!」

「んん????」


 え……いまなんと?


「いや〜、君にならって私も少しばかり思うがままに生きてみようと思ってね。そうしたらどうだ。やはり私の妻は美しく可憐だ。娘たちが生まれてからはそういったことは自然と無くなって久しかったのだが……つい昂ってしまってね」


 父上ってこんな人だったっけ?


「ヴァニーがいなくなったことはとても悲しい。だが、未来にも目を向けてみようとそう思ったんだ。……ところでメイド長のササラだが、改めて見ると可愛らしい顔立ちをしていると思わないか? それに秘書のエリーカともよく見ると目が合う頻度が高い気がする。ボディタッチも多い」

「……………」


 はっちゃけすぎじゃないか!?

 これはなんだ……本当に父上か?

 僕にならったと言うけど、まさか……寝た子を起こしてしまったのか?


「いや……父上の好きにされるといいんじゃないでしょうか。母上さえ許してくれれば構わないと思いますよ。帝国は一夫多妻だったはずですし。私は特に干渉しません。でも……そうですね、許可は取っておいた方が物事は円滑に進むとは愚考します」

「ヴァニタス、まるで私が手当り次第に女性に手を出すチャラチャラした男だと思っているなら心外だぞ。私もラヴィニアを愛している身。彼女の目を盗んで他所の女性とうつつを抜かすなんてことは断じてない。……しかしだな、それはそれとして彼女たちの想いに目を背けるのも……人の道に反している。そう思わないか?」

「あ、はい、そうですね父上」


 いやもうこれ、なに言っても聞かないな。


 流石ヴァニタスの父と言うべきなのか?

 抑圧されたなにかから解放されていい顔をしているのがどことなくムカつく。


 僕が手ずからお仕置きしようとは思わないけど、母上はこうなった父上をどう思うのだろうか。

 ……それこそ考えるだけ無駄かもな。


「話は変わるがヴァニタスの要望していた魔法の講師、手配が済んだぞ」

「本当ですか!?」

「実は別室に待機して貰っている。会うかい?」

「勿論です。何故そのようなことを? 待たせるなど失礼ではないですか」

「うむ、だが先方のご意思でね。自己紹介は自分でしたいと。ならいま呼んで来てもらおう」


 父上は部屋の隅に控えたメイドの一人に言付けすると、講師の先生を呼びにいかせる。


 数分後、部屋の扉を叩くノックの音。


「御当主様、お客様をお連れしました」

「入ってくれ」


 ドアを開けるメイドの後ろから現れたのは――――。


「おはよう、ヴァニーちゃん。遊びに来ちゃった」


 母上の姿をした……別のなにか。

 穏やかなで慈愛に満ちた顔も、聞くものを落ち着かせる声もまるっきり同じ。


 でもそこにいるものは母上とは致命的に異なっていた。











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