第十三話 麒麟児の片鱗
「ここでいいだろう。さあ、ヒルデガルド、僕に向けて魔法を撃ってみてくれ」
「ホントに? いいの?」
「構わない。模擬戦の前に少し試してみたいことがあってね」
ここはリンドブルム侯爵家の訓練場。
思えば転生してから初めて外に出たな。
うん、よく整備された訓練場? だ。
実際の良し悪しはまったくわからないけど、ここに来るまでの道のりで見かけた屋敷周辺の庭園や施設はしっかりと管理されており、使用人たちの努力のほどが窺えた。
「主様! 危険過ぎます! 何故自分に向かって魔法を撃たせるのですか? 的ならいつも通り私がなります!」
クリスティナは律儀だな。
嫌いな主相手でも身の危険を感じれば、主のためを思って止めようとしてくれる。
約束を重んじる彼女は自らに課した主を守るという誓いを守っている。
だけど心配は無用だ。
「クリスティナ」
「は、はい!」
「切っ掛けはヒルデガルドの一言だが、これはいい機会なんだ。さっきも軽く伝えただろう? 僕は変わった。それを示すため模擬戦をするんだ。まあその前に彼女にはちょっとだけ僕の都合に付き合って貰おうと思っている訳だけど」
「……主様が変わった。先程の転生? というものですか? 私にはあまり理解できなかったのですが……」
クリスティナたちはヴァニタスが一度死を迎えたことを知らない。
うむ、やはり父上たちと違って簡単には信じてくれないな。
いままでのヴァニタスの所業で信頼など皆無だろうから仕方ないんだが。
「ヒルデガルドの扱う魔法は『泥』だったな。多少の怪我は織り込み済みだ。遠慮することはない」
「主様っ! あーもう、ヒルデ! 一番弱い魔法にしなさい! いいですね!」
「う、でも」
「でもじゃない!」
「わかった、弱い魔法、撃つ」
弱い魔法か……そうだな、そこから始めるのが無難か。
「……来い、ヒルデガルド」
「主、行く――――マッドショット!」
ヒルデガルドの体の前に突き出した手の先から空間から泥の塊が勢いよく射出される。
それは魔力を操作し泥へと変化させた属性魔法。
僕が望んだこととはいえ、これが直撃すれば確実に痛い思いをすることになるのは明白だった。
だが――――不思議と恐怖はない。
五指を広げ右手を前に伸ばす。
飛翔する泥の弾をその手で掴むように――――。
「っ!!」
「主様! ああもう! だから言ったんです! 危ないって!」
「ハハハハッ! 当たり前だ。ぶっつけ本番で成功する訳がない!」
「主、様?」
ヒルデガルドの魔法が直撃し訓練場の隅にふっ飛ばされた僕は、地面に仰向けになりながら思わず笑っていた。
その様子を奇怪に思ったのかクリスティナが不安げに声を発しているとわかる。
しかし、いまはどうでも良かった。
額にぶつかった泥の塊など何一つ痛みを感じなかった。
「変、いま、なに起きた? 主、なにした?」
よろよろと立ち上がった僕にヒルデガルドが訳がわからないといった表情をする。
彼女には先程の瞬間僕が何かを仕出かすと本能的にわかったのかもしれない。
残念ながらまだ期待には添えなかったけどね。
「悪かったね。次は模擬戦形式で構わない。さあ、ヒルデガルド。――――やろうか」
「う、うん。模擬戦する」
「主様? まだ続けるのですか? ああ、可愛らしいお顔が泥だらけに……。うぅ……怪我はしてませんよね? ですよね?」
混乱するクリスティナをよそにこの日、僕はヒルデガルド相手に何度も挑み、その度に敗北することになる。
模擬戦は日が暮れるまで延々と続き、やきもきしたクリスティナに強制的に止められるまで二人して最後はムキになって繰り返していた。
何度吹き飛ばされたかわからない。
何度地に伏したかわからない。
でも……。
「楽しいな、ヒルデガルド!」
「うん! 主、弱い! でも、強くなる、楽しい!」
二人だけの時間は楽しかった。
模擬戦を通じてヒルデガルドの心と繋がれた気がした。
それが何よりも嬉しかった。
「ご主人様もヒルデ姉も本当に楽しそう……」
「もう、私の心配を返して下さい。……二人だけで楽しむなんて……ズルい」
すっかり立つ気力もなくなった僕をヒルデガルドが抱き上げてくれた。
とと、これは……もうちょっと体力も鍛えないと駄目だな。
「主、前と違う……違う、人?」
「ああ、
「少し、寂しい……?」
「そうか……ヒルデガルドはそう想ってくれるのか。代わりにお礼を言っておくよ。ありがとうヒルデガルド。……そして、これからよろしく」
「うん! 主、もっと強くなる!」
楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。
でも今日のこの日のことは忘れないだろう。
ヒルデガルドはヴァニタスじゃない。
僕を見つけてくれたのだから。
ヒルデガルドは今日のこの日のことを忘れないだろう。
弱い主、守るべき主、手のかかる主が徐々にでも、僅かづつでも強くなる主へと変わった。
転生の意味はわからずとも主に起きた多大なる変化を感じ取り、僅かな寂しさと同時に高揚感を覚えていた。
いつの日かこの主は自分を超える可能性があるかも知れない。
模擬戦を通じて知ったのは麒麟児の胎動。
未知なる可能性への期待。
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