第三話 些細な選択


「整理する時間をくれ」


 ヴァニタス・リンドブルムの真実を伝えた後、父上はそれだけを言い残すと動揺する母上を連れて部屋を出ていった。

 老執事ユルゲンも動揺した面持ちを隠せなかったがどこか納得のいった表情をして二人についていった。


 父上も母上も実の息子の精神的な死に少なからずショックがあるのだろう。

 それがどれだけのクズ野郎のことだとしても親というものは子供のことが気になるものだ。


 変に笑い飛ばされたり、追い出されたりしなくて良かったと逆に考えよう。


 という訳で僕は父上の書庫からメイドに持ってこさせた魔法に関して記された書籍を読み耽っていた。


 感想だが、実に面白い。


 この世界の魔法は体内の魔力を操作し、魔法名を唱えることで発動する、いわゆる普通の魔法だ。

 魔法名を唱えない無詠唱という技術も存在するようだが、要は本人の想像力次第でいかようにも変化する万能の力。

 先天属性と呼ばれる最も得意な属性こそ定められているものの、『ファイアーボール』や『ウォーターアロー』といった、カクヨムでもよく見かける最早一般的ともいえる念じることで発動するイメージ力の重視される魔法。


 ん?

 カクヨム?

 もの凄く、もの凄く重要なことのように思うが……思い出せない。


 ま、いいか。


 取り敢えず思い出した範囲ではヴァニタスぼくは光属性の魔法を使えるようにと鍛錬していたようだ。

 勿論そこはヴァニタスぼく

 習熟度自体大したことはなく、途中で投げ出したからか基礎的な魔法ともいえる『ライトアロー』ぐらいしか使えない。


 小説の中のヴァニタスは奴隷たちを前面に出して主人公に嫌がらせを続けるキャラクターだった。

 故にこそ戦闘力という面では必要ないと判断されたのだろう。


 そこに本人の性格もあり、派手さと格好良さを求めたものの、伸び悩み面倒になって辞めた。

 ただそれだけだ。


 ああ、そうそう僕がヴァニタスの記憶を引き出せる理由だがこれもよく分からない。

 ヴァニタスの人格は僕にはない。

 まあ、前世の記憶は一切ないのだが。

 しかし記憶は薄っすらと残っていて、引き出そうと集中すればなんとなく思い出せる。


 脳にでも焼き付いているのか?

 心臓移植では生前の持ち主の記憶を垣間見るなんてことも聞いたことがあるし、体が覚えているのだろうか。


 なんにせよこの世界で生きていくには何かとヴァニタスの記憶は便利だ。

 目も当てられない悪行ばかりで気が滅入ることもあるけど。


 それついでだが問題もあった。


「あっ……」

「またか、すまない」

「…………もう、ヴァニタス様……困ります」

「悪かった。以後気をつける」


 特に意識していないがメイドの尻が近くを通るとつい撫でてしまう。

 僕は以前こんな性格だったか?

 いや違う、明らかにヴァニタスの影響だろう。


 頬を赤らめ部屋を出ていくメイドを見送り溜め息を吐く。

 どうやら肉体に引っ張られて予期せぬことをしでかす場合もあるようだ。

 こればかりはどうにも慣れないが仕方のないことだと割り切ろう。

 ……メイドの尻は柔らかいし悪い気はしないしな。


 取り敢えず体の問題は一旦棚上げにする。

 悩んでも答えなんて出ないし。

 

 ともかく魔法に関して僕は一つ思いついたというか、書庫の本を読み進める中で気になったことがあった。


 それはヴァニタスのキャラクター説明に出てきた同じ名を持つ伝説の魔法使い、ヴァニタス・アーミタイルの扱う魔法。


 掌握魔法と呼ばれる通常の魔法発動のプロセスとは異なる様式を持つ特異な魔法。


 流石侯爵家の書庫というべきか、幸運も極まったというか、幸いなことに掌握魔法について詳しく記された魔法書は手元にあった。


 僕は夢中になってその本に書かれている内容を頭に叩き込んだ。

 前世ではなかっただろう魔法という現実に胸が高鳴っていた。


 これを学ばなければ勿体ないだろ!






 ヴァニタスに転生した彼は知る由もないことだが、本来ヴァニタスの最も得意とする先天属性は『虚無』。

 これは物語ストーリーの本編とは異なるスピンオフの巻末にてひっそりと明かされた設定。

 そのため前世にてスピンオフの存在自体を知らなかった転生前の彼は、生涯知ることのなかった事実である。


 ヴァニタスが光属性の魔法を学んだのは派手さを求めたからだ。

 わかりやすい強さと格好良さを求め、傲慢さから自らの先天属性を調べることを怠った。


 しかし、ヴァニタスに転生した名もなき彼は数多ある魔法の中から誰もが習得していない掌握魔法を選んだ。


 それは作中でヴァニタスのキャラクター説明に出てくるだけのたった一文。

 世界観を広げるためだけの文言ファンサービス


 『伝説の魔法使いヴァニタス・アーミタイルは掌握魔法を扱う』

 たったそれだけのことが頭の片隅にこびりついていたからこその偶然の気づき。


 しかし、いまや現実となったこの世界では掌握魔法は誰も習得していない、しようとすらしない失われた魔法だった。


 ほんの些細な切っ掛けが世界に変革をもたらすこともある。

 ここから始まるのはヴァニタスが魔法世界の頂点を獲るため歩み続ける物語。


 小説に記された設定故に誰もが見向きもしなかった魔法ちからが世界に牙を剥く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る