第123話 最終話:『歪』な猫姫 ―瞬殺の嘆き―

「は、はぁ……。」


 何故だろうか「ライカンスロープ」……確か北欧神話の人狼だった気がするが、その人狼さんがとってもどや顔で自慢をしている気がする若月。


 確かに、魔物のライカンスロープがその国の初めての獣型魔物の冒険者で人の言葉を話して、尚且つ何でもありで、ひょっとしたら日本に帰してくれるかもしれない、マリダさんの異世界の保護者というのは凄いと思うのだが、威厳というか……凄い! というものを会話から感じられない。


 苦虫を噛んでいるような苦々しい顔で、彼? 彼女? への返しの言葉を考えている若月に、黒猫が呆れた顔で言い放つ。


「だから言ったにょ。こいつのことは「何でもあり」だと。だからこそ考えても仕方がないにょ。それに、先程の僕と糞狼の会話は地球でもこの世界でもない『異世界』の話にょ。『物語』としては別の話にょ。だから考えても仕方がないし、関わらないのが本当は一番にょ……。」


「ただ、マリダさんを保護して頂いている凄い方、そう思っておけば良いのですね。」


「そうにょ。考えても疲れるだけにょ。」


「何か分かる気がします。私、この世界に来て一番疲れた気がしますし。」


「はぁ? 失礼しちゃいますね。貴方達! でも、安心して下さいね。わたしもマリダさんと共に過ごすことに喜びを感じていますけれど、どの世界も旅行気分でしか訪れませんし、関わりませんので!」


「えっと……まぁ、そういう訳で、私は元気にこちらの世界で老後を幸せに過ごしていますから、安心してツブちゃんの面倒を見てやってくださいね。」


 マリダが、恩人のらいかんさんのことで、思いがけず会話が白熱していることに驚き、会話を〆る。


「うんにょ。今回も婆ちゃんの声を聴けてうれしかったにょ。」


「ところで、またツブちゃんの『予感』が発動したらしいのだけれど……そちらは大丈夫なの?」


 長い長いこの回想で、全てのものが忘れていたであろう、丈二達が『今現在』あの森に向かっている理由をマリダがツブに聞く。


「もし、もしも、アイツが再びここの脅威になるなら、僕はこの下僕を悪魔にしてでも、今度こそ止めを刺すつもりにょ。」


「ふぇえええ、悪魔って~~。」

 ツブの真剣な顔で言った覚悟の言葉であったが、空気を読まず若月は自分が『悪魔』にさせられるかもしれない黒猫の発言に覚える。


「馬鹿下僕! 覚悟を言ったまでにょ! それに僕と契約して下僕になった以上、それくらいの気概がなくちゃ務まらないにょ! わかったにょ!?」


「は……はいでしゅ。」


 契約により、命令は絶対な若月と黒猫の関係である。

 ここでの返事の縛りは絶対ではなかったが、そう思い込んでいる若月はYESと答えてしまう。


「お……お前、本当に馬鹿にょね。今ので僕を纏って悪魔っぽくなれるようになってしまったにょ……。まぁいいかにょ。」


「ふぇ? ふぇええええ?」


「うふふふ……本当に良いペアね。安心したわ。若月さん本当にツブちゃんをよろしくね。そろそろ、会話の為にマナを補充してくれているらいかんさんの目が回りだしてきたので、今日はこの辺でお暇しますね。」


「あ、はい! マリダさんまたお話しましょう!」


 若月のその言葉を聞いて、彼女の耳に「ウフフフ」と嬉しそうな笑い声を残してその声は消えていく。


 ◇


「ところで、本当にマスターさん達の方はどうなっているのでしょうか? あの『ゼアス・ピオン』さんが攻めてこられているなら、なかなか大変な事態な気がしますが?」


「どうやら、森の奥のダンジョンに着き、調査をはじめたみたいっすよ。」

 マリダとの会話……というよりらいかんさんとの会話を避けていた女神ケレースが、丈二達の現状を若月に報告をする。


「まだ……時間はかかりそうですね。」


「ふんにょ! お前の役割を忘れちゃいけないにょ。連絡係を一応与えられているけれど、そんなのは『おまけ』にょ! 僕はお腹が空いたんにょ! ボアでいいから狩りに行くにょ!!!」


 図書館の中でこんなに叫んではいけませんよ! と注意をしたくなるくらい「にょにょにょ」五月蠅い黒猫であったが、そこは常連に用意されている個室であり、その声は外に届いていない。


 丈二達「フィルム」の冒険者と、悪魔バフォメットに纏わる『長い長い回想禄』に思いを馳せながら、若月と黒猫の『歪』な猫姫コンビは、外で猫姫の警護として整列して彼女を待っているであろう、『小さな眷属』5匹の猫ちゃんを迎えに図書館の外に出るのであった。



 ※ ※ ※


「そうかー、マリダさんに若月ちゃんとお話しをして貰って正解だったなー。」


 『死滅のフィルムダンジョン』の主バフォメットの元に向かう丈二が嬉しそうに八木に言う。


「んだねぇ~、じょっちゃんにとっては、どうなのかと思うけれど、若月ちゃんにとっては間違いなくこの世界、このフィルムの街、チーム『みたらし団子』が ”居場所” だもんね。」


 八木も東京の自室のパソコン画面を見ながら、難しい顔で言う。


「そうなって貰わんと困るわい! そのために心を歪に染めた彼女をそっちに送ったんじゃからのお!」


 後ろから凛々しい男性の声が八木にそう囁く。


「うっせーよじいさん! どうせ俺をこっちの世界に送ったのもじいさんだろ?」


 丈二は、溜息をひとつ付き、ずっと八木の後ろで見え隠れしていた自分の師匠で八木の会社の社長である祖父暁城一郎に言い放つ。


「お? なんじゃ気が付いておったのか? 流石わしの孫よのぉ!」


「まぁ……実際マリダさんのところのらいかんさんを含めて、そっちに帰る道や『理』も見つけてはいるからなぁ。それも……理不尽な八木の誘導によって。あれ、じいさんの仕業だろ?」


「ほお!?」


「でも、じいさんの狙いは、若月ちゃんを含めて俺を帰させることだけじゃない……わなぁ。だから、もう少しこっちで『生死のやり取り』を楽しんで見せるさ。」


 丈二は復活したサニーを撫でながら、八木はあれを思い出しながらニヤリとする。


「だよね! せっかくアビーエイディのABADコンビが、トウモロコシから作り出したもんな!」


「蒸留…ここまで面白いとは思わなかったよ。もう、俺のBARでこれを出すまでは帰れねぇ!」


「この糞ゼアス・ピオンの思惑かもしれない事件を早々に解決して、半年後には店に出すんだもんね! バーボンを!!!!!」


 存在する世界は違えど、見えているのは権能を使ったバーチャル的な画面の中と外なのかもしれないけれど、丈二と八木はお互いの拳を前に出し、心と心でそれをぶつける。



 ※ ※ ※


 後日談―――。


 悪魔バフォメットに再度会った丈二達は、数日間の再戦を経て、ゼアス・ピオンの襲来の兆しを彼から聞かされこととなる。

 ただ、その場所は、丈二達のいる『死滅のフィルムダンジョン』からほど遠い、ジアス・ピオンと因縁のあったあの『銅鉱山』であった。


 ◇


 そのことを、領主、神殿、冒険者組合に伝えるよう、丈二は若月に権能を通して頼むのだが、黒猫のツブリーナの顔が獰猛なそれと化し、各所に伝言だけ早々に伝えると、若月と5匹の猫姫親衛にゃいを引き連れて、銅鉱山に乗り込む。


 そこで、猫姫親衛にゃいは思いがけない働きをして、黒猫と猫姫である若月の信頼を勝ち取るのであるか、それはまた別のお話。


 ◇


 若月達が銅鉱山に入って15分。

 時間にして、ジアス・ピオンが暴走したあの銅鉱山の広間までの、ちょうど往復程度の時間であろうか……。


 『歪』な黒い禍々しいオーラを、手に持つ小太刀「漆鴉月下小町」に纏わせ、髪が猫耳のようにに膨らみ、薄っすらと光の髭を生やした『若月』が、長い黒髪を掴み、首のようなもの引き摺りながら、鉱山口から出てくる。



「あっけない、つまらない、何の役にも立たない、所詮は道化『手品』すらにも劣る傲慢なだけのそんな殿方でした。


 出会って早々、首を落とされることすらも想像もしていないなんて……はてはて、これを『小物』とでも言うのでしょうか?」



 その傍らで、5匹の猫が「にゃ~ん」とお互いの毛を舐め合っている。


「しかし、死合を本当に楽しみにしていたのですが……。ネクロテイマーゼアス・ピオン、あなた心底つまらない殿方でしたね。」


 かわいらしい栗色の髪を風になびかせ『歪』な少女は、乙女のような笑顔で、楽しむことすら出来なかったそのを嘆きながら……、小さく、本当に小さく、首から下を失った手に持つ ”それ” に向かって、「にっこり」と優しくそう微笑むのであった―――。



――おしまい――

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歪な猫姫と聖霊狼のあるじ。ときどき女神と親友と 左手でクレープ @Egg774

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