第122話 老婆と異世界と『歪』な猫姫とライカンスロープ

 若月は、スマホから流れてくる『老婆』の声を聴き、驚いた顔をした後にゆっくりと目を瞑る。


「こんにちは。このタイミングでご挨拶……ですみませんね。」

「いえ、初めまして。マリダさん。」


「あら、気が付いていたのね。」

「驚きました。でも、このタイミングでしたから。」


「まぁ、ウフフフフ。」

「です。ウフフフフ。」


 若月は、黒猫の飼い主であったマリダと笑いあう。


 ◇


「ばぁちゃん。その後あの『くそ狼』は、良くしてくれてるかにょ?」


 黒猫のツブリーナが、目を細めて慈しみ深い顔で声の聞こえるスマホを見る。


「はい? 失礼ですね。粒猫。わたしが、マリダさんに酷いことをする訳がないじゃないですか!」

 聞こえてきたのは、ツブが『くそ狼』と言った相手だろうか? 男性とも女性とも捉えられる不思議な声色だなと若月は思う。


「そうよ、ツブちゃん! らいかんさんは、とっても良くしてくれるのよ! 失礼のないことを言わないで。」


 マリダの声に「うにょおおお」と項垂れるツブ猫。


「うふふ、マリダさん。そちらの世界で幸せになさっているようですね?」

「お陰様でっ。今あなたが見た映像の通り、わたしは皆さんの優しさで生き延びることが出来たのよ。だから、こちらの世界でも楽しまないとね。」


「そうですか。そうですよね!」

「そうよ、『あなた』も異世界の子よね。」


 若月はびくりとして、目を丸くする。


「わかる……のですか?」

「事前にマスターさんから聞いていたのもあるし、なんとなくね。」


「だから、あなたも異世界の生活に慣れなくて大変かもしれないけれど、そちらの……『フィルムの街』の人々も、いま私がいるこの世界に人たちと同じように、いい人ばかりよ!」


 知っていますよ……若月はそう言いかけて、その言葉を噤み笑顔で「はい」と答える。


「にょお! 何かその言い方、僕よりらいかんさんが良い狼みたいで傷つくにょ。」

 黒猫が不貞腐れて丸くなる。


「何言っているの! ツブちゃんの幾らかは、ちゃんと他の世界だけれど、私の為に頑張ってくれているじゃない。それはちゃんと感じられるものなのよ?」


「そうなのかにょ? 僕にはもうあの分体とはお別れしていて、感じられないにょ。」

「それが『世界樹の……女神オプス様の慈悲』というものかしらね。」


 マリダが慈しみ深く世界樹を女神を言葉に出す。


 ❀


「安心していいですよ。先日大精霊ちゃんの所に行ったときに、少しだけ触れてきましたけど、元気だそうでしたから。」

 らいかんさん? と言っただろうか、ツブ猫が「クソ狼」と言った者がツブ猫に言う。


「あぁ……そうだったにょ。あの妖精の世界、エミリア=ロマーニエのいる『世界樹の迷宮』の世界で頑張ってるんだったかにょ?」


「ええ、しっかりと『根っこ』で、世界樹の害虫駆除をしてましたよ! プププッ。」

「ふにょおおお! お前、そうゆうとこにょ!」


「あー、後。わたしが『地球』というところに行ってしまったとき。人間の子ももちゃんとあの世界から迷い込んだ『もも』という妖精と仲良くなりましてね。その妖精も、あっちの世界のあなたを、良く知っているようでしたよ?」


 ◇


「にょ?」 「え?」


 黒猫と若月は違う意味で声が出る。


「地球!? 地球といいましたか!?」

 先に若月が言う。


「え? あぁ、あなた地球からの『ゲスト』でしたっけ? 地球の日本……秩父というところで数日、勇者で遊ん(げふんげふん) 子守をしましてね。」


「あなたは、異世界と異世界いに行き来が出来るのですか?」

「ん、あー。どうしましょうね。その答えはオプスの女神ちゃんに怒られちゃいそうですね。」


「ここまで言っていて、もう遅いと思うけどにょ。 おい『下僕』!!!」

「ふぁ、ふぁい。」


 何時もよりも鋭い眼光で若月を見る、「彼女のご主人様」でもある黒猫のツブリーナに、若月はびくりとしながら返事をする。


「こいつは、何でもありの『クソ狼』にょ。でも、今のお前は僕の『下僕』にょ! いいかにょ? こいつに帰してもらったら僕も付いていくにょ!? その世界に僕を満たす食事はあるのかにょ?」


「ふぇ? いえ、無い……と思いましゅ。」

「うむにょ。それににょ……。お前はあっちの世界にお前の幸せはあるのかにょ?」


「……そう、ですね。」

「何、あのヘタレマスター丈二と、こっちの世界で暫く過ごして、ゆっくり考えろってことにょ。」


「そうですね。私、この世界、この国、そして何よりフィルムの街の『チームみたらし団子』が好きですもの!」


「うみゅ、今はそれでいいにょ。」


 地球という故郷の固有名詞に心が一瞬動いたが、若月は、日本では隠密という名の『殺し屋』であった……そう育てられた。

 それは、幻覚の中でさえ、その隠密集団の「秘密」に触れただけで丈二の首を撥ねてしまう程、この世界に来ても消えることのない若月の『呪い』として、今もはっきりと彼女の中に生きている。


 その『歪』な彼女の精神が、再び地球の日本に戻ったところで、きっと同じで闇に紛れて、心を捨てて、世間に疎まれることを恐れて、こっそりと生きていく時間に戻るだけだ。


 こちらの世界で、彼らは「みたらし団子」の面々は、それを「面白い」と言って受け入れてくれている。


 そのメンバーに同じ日本出身の丈二がいて、彼が最初にそれを言い出したのは、奇妙な話ではあるが、この数日で得た彼らと過ごす時間は、確実に自分を自分たるものへと導いてくれていると若月は確信していた。


「うふふ、ありがとうね。その街を、その世界を好きになってくれて。」


 マリダの喜びが、声に乗って伝わってくる。


 ……ああ、そうだ。彼女の言う通り、ここで暫くは一生懸命生きればいいのだ。

 若月は、心の底からそう思っている自分が好きだなと、そんな感情の芽生えを感じる。


「何となく吹っ切れたようだにょ?」

「はい、こちらの世界をこれだけ楽しみながらも、帰る憧れを『呪い』として持っていたようですね。」


 ✿


「だにょ。それが『呪い』じゃなくなったときに、考えればいいんだにょ。 そんなことより~~! クソ狼! さっきの「根っこ」の僕と何で、あの世界の「導きの妖精ナビゲーター」が、知り合いなにょ? あれは、あの世界のシステムのはずにょ。」


 粒猫は優しく若月に答えた後、思い出したようにらいかんさんと言う「クソ狼」に問う。


「あぁ、あの『もも』という導きの妖精ナビゲーター、『神秘の涙クオーツ』が宿ってましたよ。」


「何にょ!? それはどうゆう……。ふう、今の僕が考えても仕方ないことにょ。でも、あっちの僕は、大変なことに巻き込まれているようだにょ。」


「そうですね。世界樹の意思がそうさせているのでしょうから、わたしたち部外者には関係のないことでしょう。でも、その『もも』のマスターは……ふふふ。『花』魔法の使い手らしいですよ!?」


「ほう、それならば……きっと。にょ!」

「ええ……。」



 ※ ※ ※


 暫く続く、ふたりの会話にちんぷんかんぷんな若月であったが、取り合えず、彼女の思ったことを聞いてみる。


「お話し中すみません。えっと、らいかんさん? あなたは一体何者なのですか?」


「え? わたしですか? 私はこちらの、あなた達から見て『異世界』の冒険者ですよ! ランク最低ですけれど。;;」

「ふぇ?」


「あ、でも。わたし獣型モンスターで初めての『冒険者』なのですよ! えっへん!」

「獣型の「モンスター」なのに、お話が出来て『冒険者』なんですか?」


 その、モンスターで冒険者という驚く若月の声を聴いてらいかんさんは、若月達には見えないが、あっちの世界で、キューティクルばっちしのたてがみと胸を張り、どや顔で言う。



「ええ、モンスターですよ。

 だって、『わたしライカンスロープなので』!!」(ドヤァッ!)

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