023. 奪還

ヒースの力はもうほとんど残されていなかった。幹部との死闘を繰り広げたせいか、自動回復を使っても体の回復は追いつかない。全身の力を振り絞りながらなんとかティーシャの牢屋まで戻っていた。


ティーシャの牢屋の前に辿り着いた。震える手をなんとか動かして牢屋の鍵を差し込んだ。回転させると、重い鉄の鍵が開いた音がした。


鉄が錆びているのか、音を立てながら牢屋の扉が開いた。ヒースは足を引きづりながらティーシャの目の前に辿り着いた。


「……ティーシャ」


ヒースは呼びかけた。疲れのせいであまり大きな声は出せなかった。ティーシャからの応答はなかった。最初の時と同様、首が下がっていて、腕が吊り下げられている。


「今、助けるから……」


ヒースはティーシャの後ろへと回った。拘束されている紐を解いていく。


気絶はしているが生きている。良かった、生きていて。


ヒースはティーシャに結びつけられた紐を全て解いた。すると、ティーシャは地面に座り込んだ。


「……ティーシャ」


ヒースも座り込んでもう一度呼びかけた。ティーシャの肩を揺すった。すると、ティーシャの目がゆっくりと開いた。


「……ここは?」


ティーシャは辺りを見回しながら言った。どうやら、記憶が飛んでいるみたいだ。


「……そうだ、私、気づいたら気を失ってて……」


ヒースは微笑みながら言った。


「ティーシャ、少年兵団に連れ去られてたんだよ。だから、みんなで助けに来たんだ」


ティーシャはヒースの瞳をまっすぐ見た。


「ヒース……。そっか、みんなが助けに来てくれたんだ」


「そうだよ。みんな、ティーシャが心配で、体を張って助けに来たんだ」


ヒースは笑っていた。


ティーシャはその後、ヒースの全身をゆっくりと見た。ティーシャは驚いた表情をした。


「ヒース!あなた、重症じゃない!?どうしたの?何があったの?」


ヒースは頭をかきながら話す。


「あー……、ちょっと幹部と戦って。怪我したんだ。なんか目に火傷してる人と戦った」


ティーシャは少し考える。


「目に火傷……、それってあの『敏捷のナイフ使い』ヤンキー!?!?」


ティーシャは目を見開いていた。


「……あぁ。たしか、そんな名前だったかも」


「……すごい。あの幹部を倒したなんて……」


「ティーシャの鍵、そいつが持ってたから」


ヒースは鍵を見せた。必死の思いで手に入れた鍵は月の光に反射して光った。


「……なんで、助けに来てくれたの?」


ティーシャは俯きながら言った。その疑問にヒースはゆっくりとした口調で答える。


「……仲間を助けるのは当たり前だよ?」


「……でも、私、ヒースに酷いこと言ったよね。このチームから出ていけって」


ヒースはギクリとなった。


「……ああ、あれは確かにちょっとショックだったよ」


ヒースはまた笑った。


「でも、それが理由で助けないってことにはならない。あんなこと言われたけど、別にティーシャを嫌いにはなってないから」


ティーシャはその言葉を聞いて、俯きながら笑っていた。


「……やっぱり、ヒースには似合わないよ。反逆者」


ティーシャの言葉にヒースは顔を顰めた。


「……どうして?RBの人たちは俺を受け入れてくれてる。だけど、ティーシャだけは違う……。俺は幹部に勝てる。弱く無い!」


ティーシャは何度も頷いた。


「うん、分かってる。分かってるわ。ヒースは強い。実際、幹部も倒した。こんな短期間で、自分の能力も、槍の使い方もどんどん上達して、進化してる」


「……だったら──」


ティーシャは頭を抱えた。


「そうじゃない。そうじゃないの。……私は、ただ、ヒースが弱いからとか、まだ子供だから、反逆者に向いてないって言ってるんじゃない」


ヒースは首を傾げる。


「じゃあ、どうして?」


ティーシャは首元にかけてあるペンダントを握った。


「……ヒースは良い人だから。優しい人だから」


「……え?」


思いがけないティーシャの言葉に、ヒースは戸惑った。


「ヒースは優しい。誰にでも明るくて、自分の芯を曲げず、どんなことにも直向きに頑張ってる。そして、諦めない強い心と信念がある」


ティーシャの声が低くなった。


「……でも、私は理解してる。反逆者として生きていくことの過酷さが。私たちはいつ死んでもおかしくない。それほど、反逆者として生きていくことは難しい」


ヒースは今気づいた。ティーシャは俯いているから分からなかったけど、きっと泣いている。涙がティーシャの下にポロポロと落ちている。


「……ヒースを見ていると、死んだ弟を思い出すの。ヒースを見ていると心が安心する。でも、その反動で心が締め付けられるほど痛くなるの……。ヒースが死んでしまうかもしれないと思うと怖いから。……ヒースを失いたくないから」


ティーシャは顔を上げてヒースを見た。その瞳からは涙が溢れていた。


「あなたを失いたくない……!!」




ヒースはティーシャの両腕を掴んだ。


「そっか。だから、今まで俺にあんな態度とっていたんだね。俺を追い出したいって言ってたのは、そう言う理由だったんだ」


ティーシャの瞳からは涙が溢れ出てきた。


「全部分かってたよ。ティーシャが俺にあんな冷たい態度を取るのは演技だって。俺は、分かるから。ちゃんと見てるから。だから、もういつもの明るいティーシャに戻ってよ」


ティーシャは涙を拭いながら頷いた。


「……うん、うん!ごめん、ごめんなさい」


ヒースはほっとして微笑んだ。ティーシャの泣いている顔を見て頭を撫でた。


「一緒にオーロラを見た時、ティーシャは俺を騙すために見せてくれたんだと思ってた。でも、違うんだね。俺を弟と照らし合わせてオーロラを見てたんだ。だから、あんなに楽しそうだったんだ」


ヒースはティーシャの目を見て言う。


「でも、今度は違う。弟じゃなく、俺として、ティーシャとオーロラを見たい。二人で見よう。ティーシャの夢は、俺の夢でもあるから。二人で、一緒にオーロラを見よう。必ず」


「オーロラ見たこと、覚えててくれたんだ」


ティーシャは涙を拭いながら微笑んだ。


「当たり前だよ。あんなに綺麗なもの見たことなかったんだもん!」


ティーシャとヒースは目を合わせた。


ヒースのボロボロな姿が月に照らされた。ボロボロだけど、その姿は凛としていて、輝いていた。瞳は星を集めたように、光っていた。


「だから、俺は死なない……!!絶対に、ティーシャとの二人の夢を叶えるまで」


ティーシャはその言葉を聞いてまた泣き始めた。声をあげて泣いた。ティーシャはヒースを抱きしめた。


「……絶対、絶対二人で見る。ティーシャが叶えられなかった夢を、俺が叶える。俺とティーシャで、オーロラが見れる所まで一緒に行こう」


ヒースも力強くティーシャを抱きしめる。


「……約束する!!……俺は死なない、どんなことがあっても、絶対死なない……!!」


ヒースの強い言葉がティーシャの心の中で響いていた。


その後、ヒースの体には力が入らなくなった。疲労のせいで、気絶してしまった。


「……ヒース!?」


ティーシャはヒースの顔を見た。ヒースは息をしている。どうやら、眠ってしまったようだ。


ティーシャはヒースの顔を太ももの上に乗せて微笑んだ。そして、ヒースの顔を見ながら撫でた。


「……ありがとう、ヒース」


ティーシャとヒースの姿が月の光に照らされていた。




ティーシャはヒースを担いで歩いていく。狭い廊下を抜けると、そこにいたのはRBのみんなだった。


「「ティーシャ!!」」


みんなが振り返って二人を出迎えた。


「良かった〜心配だったわ〜」


抱きついてきたのはレナーだった。


「……レナー、苦しい」


ティーシャはレナーを突き放そうとするが全く離れる気配がない。


「おかえり、ティーシャ」


笑って出迎えるロバート。その後ろではライアンが腕を組みながら微笑んでいた。


「ただいま」


それに笑って答えるティーシャ。


「ティーシャー!」


足元にくっついてきたのはピトだった。ピトはティーシャの足に頬を擦り付けていた。


「それにしても、すごいわね……」


目の前の景色を見ながら、引き気味にティーシャは言った。何人もの団員たちが倒れ込んでいる。


「最初は苦労してたんだけど、レナーとライアンが来てからもう団員たちを圧倒できてね!この通り、全員倒しましたー!」


ロバートは得意気に言った。


そう、レナーとライアンがここに来てからは圧勝した。おかげで、ヒースはヤンキー一人だけに集中でき、幹部を倒すことができた。


「ところで、ヒースはどうしてこんなに帰りが遅かったんだ?全く、こっちは苦労してるって言うのによ」


ロバートは両手を上にあげながら文句を言った。


「ああ、どうやら、幹部の相手をしていたらしいの」


「「ええー!!!!」」


ティーシャの言葉にみんな口を揃えて驚いた。


「ほんと、私もびっくりした。しかも、相手はあのヤンキーよ」


ロバートは動揺してうまく呂律が回っていない。


「ヤンキーって、あの『敏捷のナイフ使い』??まじか……。それで、勝ったのか?」


「ええ」


「すげぇー!!!やるなー!ヒース!」


ティーシャは笑っていた。


「……どうやら、お疲れみたい。本当に、よく頑張ったわ」


全員がヒースの顔を見ていた。


「今日は、ヒースが一番の功労者だな」


ライアンがそう言うと、みんなが微笑んでいた。


「さぁ!いくぞ!次はいよいよドラファ研究所だ!!」


「「おう!」」


みんなが声を出して歩き出した。次の目的地はドルファ研究所。ここからが本当の戦いだ。


全員が横になって歩き出した。真ん中を堂々と歩くリーダー、ライアン。その横で大きなリュックを背負って歩く医者、ロバート。さらにその横で歩く料理家ピト。


ライアンの反対隣にいるのは副リーダーの弓高いレナー。レナーは眠っているヒースの頬を指でツンツンして楽しんでいる。その横でヒースを背負いながら歩き、レナーに注意しているのは槍使いティーシャ。


そして掌握の能力を持つ、ヒース。


総勢六名。RBメンバー達が歩いていくその姿はまさに勇者の凱旋。地面には負けて倒れている団員たちが道を開けている。


「……ん?」


ヒースが目覚めた。ティーシャの背中に乗ってゆっくり目を開ける。


「目覚めたね、ヒース」


「うん」


優しくティーシャは話しかける。


「これから、ドルファ研究所へ向かうよ」


みんなのやる気に満ちた横顔を見ながらヒースは微笑んだ。そして、ヒースの心にも火がつく。


「……うん!行こう!俺たちはまだまだこれからだ!」


ヒースは大きな声は出せないが、気迫に満ちた表情をしてニヤリと笑っていた。


その瞳はキラキラと光り輝く。これからの未来に希望を抱きながら、一歩ずつ、六人で進んでいく。

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RB:レナーブルーン【仮題】 大田博斗 @hirotohiro3rd

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