吸血鬼と仔犬 (僕にちSS)

彩芽綾眼:さいのめ あやめ

瞬く命

それはあくる日のこと。

あてもなく、放浪するように旅をしていた時に。正教徒とカトリックのそれぞれの旗を掲げて、騎兵突撃を互いにしかけ合うような、そんなつまらない宗教戦争を、殺戮によって血の海にかえた時のことだ。


興味本位に、その一国である人間の国に足を踏み入れたのだったが。やれ門番やら近衛兵このえへいやらが獲物を向けてきたので地面のシミに変えたところ、非戦闘員たる国民らは、羽虫か何かのように盛大に逃げ惑い、またある者は…蛮勇か正義感かは知らないが、俺にほこを向けて激しくののしる者もいた。


そんな人間たちを視界におさめながらも。俺はただただ、心にぽっかり穴が空いた空虚自分を見つめていた。

恩師を失ったばかりで苦しくて、戦争なんて物をする人間がどうしようもなく醜く感じて…、それでもただ悲しくて。

心が張り裂けそうなくらい、ただただ絶望していた。


本当は人間なんてどうでも良かった。本当は自分が可愛かっただけだ。

眼前に広がる地獄絵図だって、ホントはどうでもよかった。

「あぁ、苦しいな…」

俺はつぶやきながら、野次馬の群れを一刀にせる。

「ッ…グアァァァ!」とわめく悲鳴も「娘だけは生きてくれ…」と事切れる声を聞いても関係なかった。俺は自分が可愛かっただけだ。

俺は涙を流しながら殺して、枯れるまで泣いて…そうやって国1つを滅ぼしても、心は晴れなかった。


俺はそうして荒れた果てた国の土地を、何日も何日も歩き回った。

不眠不休で何年も、疲れ果てていつか倒れたら吸血鬼の肉体と一緒に心も治ると思った。哀れな俺は、すがるものも嘆く声もなく。廃人のように放浪していた。

そんな中で、降りかかる火の粉をどれだけ払ったかも、覚えていない。


国を滅ぼしてから何日か経ったある日、見世物小屋の影から小動物の小さくてか弱い寝息が聞こえてきた。

怖いもの見たさと言うべきか、もしかしたら心の中も少しはマシになっていたかもしれないし、また違った理由があるのかもしれない。ただ…何気なく、俺はその寝息の主を探したのだ。


傷ついて、痩せ細って、荒い呼吸と深い呼吸を寝ながら交互に繰り返すような、子犬がいた。

今にも事切れそうなその子犬は見た事のない犬種で、その有り様に自分を重ねてしまった。

可哀想…そう思ってしまった。

「これじゃ本当に偽善者だ…」

俺は呟いた。


食料の少なくなった土地の動物が、ときおり食い口を減らす為に我が子や同族を殺す姿を見たことがある。

おそらくは、命からがら逃げてきたのだろうと同情してしまう。


俺は返り血で血まみれの身体をせわしなく動かして、食料や包帯を探した。

第2の父としたったアイツを失った心を、誰かに尽くすことで癒したかったのかもしれない。

とにかく、アイツを失って以来、初めて気力を出したのだと思う。


奇跡的と言うべきだと思う、子犬は元気を取り戻したのだ。人間の作った保存食や医療の道具が子犬の命を救ったのだ。

子犬がまた立ち上がった時、皮肉だと思った…。俺は子犬に命の大切さを教えられたし、人間の凄さも教えられた。

「ワォンッ」

と元気になく姿はとにかく嬉しかったし、時間が経って乾いているとはいっても俺の血まみれの体に擦り寄る姿には並々ならぬ罪悪感を憶えたし。

よく見れば、遠目で見ると立っているように見える巻き尾だとか、ピンと張った良い姿勢だとか、オオカミに似た骨格をしているクセして焦げ茶色をまぶしたような毛色だったり。それはまるでアイツから聞いた故郷の話で出てきた柴犬そのものじゃなかろうか。

そう気づいた時、加減をしながらも子犬を抱きしめて綺麗な毛並みに顔をスリスリしたものだ。


それからしばらくした頃、立派な成犬せいけんとなった子犬が全く姿を現さなかった。

俺は少し冷汗をにじませて、定住地から近所を探し回ったのだ。


路地裏を走っていた時、小動物の悲鳴が聞こえた。

「お前か!?」

そう思って振り返り、その方向へひたすらに走り出す。


そこは難民の住む隠れ家があった。

俺は建物を破壊したわけではないから、俺から見つかりにくいように工夫された場所が隠れ家になっていた。

"あの子犬"は、そこにいた男たちに引きづられていた。男たちは数メートル先で、"泣き叫ぶあの子"を引きづっていた。

その光景を見て、俺は心で泣いていた。声が出なかったのだ。発声する変わりに、喉の奥から空気が漏れる音がした。


心が先走る。考えるよりも先に身体が動いた。駆け出す俺の身体には、果てしなく真っ黒な霧がまとわりつく。

黒い霧は、空気抵抗をかき消して。俺の動きを妨げるものを排除して、おかげで俺は、風よりも早く走れた気がした。


俺がしたのはそれだけだった。

男たちの背後を取った時、先走った心のままに命を奪おうとして…、俺が足を止めた途端に身体にまとわり付いていた霧が俺の身体を離れて、…追い越して。それだけで終わったのだ。

俺が男たちを手にかける前に、俺にまとわりついていた霧が男たちを粉微塵こなみじんにしていた。


後に残ったのは男たちの肉片と大量の血液と、瀕死の"子犬"だった。

その子犬も致命傷を負っていて、手遅れだった…間も無く息を引き取った。

「もう、とっくの昔に成犬なのに――子犬としか呼べないなんて…」

こんなことなら、名前を付けておけばよかった。墓に名前を刻めたのに。

「吸血鬼だから…、命に終わりが来ることを考えなかったのかもしれない」

俺は"少しだけ"、吸血鬼である自分を恨む。

そして後悔の言葉が漏れる。

「また人を殺してしまった」

"コイツ"のおかげで、命の大切さを知ったのに。

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