第7話 心
敵歩兵隊が崖伝いにこちらに攻めてくる。
だが私には策が三つある。
一つは崖伝いに渡ってきた疲労の大きい兵士を囲うこと。
これは平地になっている場所まで誘導し、捉えるというもの。
前の戦いから察するに戦闘教育は受けていないようだ。
自分たちから不利になる前線に出てくるのだから。
疲弊した兵士を槍で殴り、気を失ったところを介抱する。
私のやり方だ。
「しかし、まあ……なんともうまく行くもんだ」
私は感心した様子で、兵士たちを見やる。
狭い道を一人ひとりやってくるものだから、その一人を数人で囲めばいい。こんな単純な作戦でいいのか。
そして、もう一つ。
山の頂上からヘンリーたちが集まり、岩の大玉を転がす。
これにより脇道のようになっていた
あとは上から攻撃すれば、難なく殲滅できる――。
だがこれでいいのか?
呆気なさすぎる。
それに部隊長が顔を見せていない。
まるで前に出ることを恐れているかのような相手だ。
ここまで来てはいさよならと言って帰るわけでもないはずだ。
何かからくりがあるはずだ。
救助された男から話を聞こうと、酒樽片手に誘う私。
「ねぇねぇ。あっちのこと、教えてよ?」
あくまでも可愛く、おしとやかに。
「なんでい。何も言えやしないぜ」
なまりの強い男性だった。
「おらに答える権限さ、なか」
私はコップにビールを注ぐと、その男に差し出した。
「いいから飲んでみて?」
「毒や、なか?」
隣にいたヘンリーがコップに口をつけて飲んでみせる。
「安心だぁ」
なまりの強い男は飲み干すと、すぐに頬を赤くする。
「お酒、弱いんだね」
「んだ。おらは……おらは……」
泣きじゃくる男。いわゆる男泣きというやつだろうか?
さらに酒を進めるヘンリーと私。
「辛かったね。吐き出しましょう?」
「そうだ。ハワードのやっこさんが、子どもらを人質に、そしておらたちはたたけぇって」
泣きながらに謝罪を口にする男。
「なるほど。背後にはそんな道理があったのか」
私は感心するように呟く。
「しかし、人質をとっているとなると、我々の方から攻めるのは難しいのでは?」
ヘンリーが片眉を釣り上げて言う。
「大丈夫。それに関しては策があるから」
ドワーフを解放してよかったと心の内から願うばかりだった。
感謝するべきことが多すぎて、逆に今の自分は何を持っているのだろう、と思うほどだ。
私は周りに恵まれている。
それでもやる必要がある、か……。
野戦病院を設立してから、山の上にのぼる私たち。
頭上からの攻撃に弱いのはどこの軍隊でも同じだ。
山の頂きから、小石を投げ込む。
それだけで敵兵はかなり危険な立場に立たされた。
落ちていく小石をかわしても、仲間とぶつかる。
敵兵が手薄になったところに、弓兵が一斉射を行う。
救護班と一緒に崖を滑り降り、敵兵のど真ん中にたどり着く。
「みな大怪我をして動けないでしょ。ここに野戦病院を立てる。皆のもの、手伝え!」
仲間を見捨てることのできない敵兵はその力の限りを尽くし、病院を立てていく。
テントを張っただけの簡易的な病院だが、肩や足、太ももに受けた矢を引き抜き消毒と手当てを受ける。
そんな彼らに、もう戦う意思などなかった。
戦闘をやめると、口々にハワードの悪行を言い合っていた。
「子どもを人質にとるなんて!」「前々から血なまぐさいとは思っていたんだ」「横領しているらしいぜ」「ロリコンじゃないかって話もあるぞ」
「動けるものは私についてこい! ハワードの首を貰いに行く!」
この言葉に呼応するかのように歓声が沸き立つ。
私は皆を引き連れて最後の決戦場・アルザッヘルに挑む。
しかし、最後の力、ドワーフが作ったエクスカリバーを使う機会はなかったな。
それにドワーフの道具は鍵抜けの技術もすごい。
これなら子どもたちが捕まった
「これはお主が持て。ヘンリー」
「え。いや……ええ?」
「私の方が目立つでしょ?」
「それはまあ、そうですが……」
「よし。じゃあ皆のもの行け!」
アルザッヘルの町並みに一軒の闘技場がある。
その奥からは夜な夜なすすり泣く声が聞こえるという。
その声の主はハワードに捕まった子どもたちの鳴き声だった。
アーロンの兵団は討滅したあと、ここに来るように命じられていた。
古びた建物に入っていくとそこにはハワードが立っていた。
「あらあら♡ クレア=オールポート嬢じゃないの♡」
「ハワード=アップルガースね。今日こそは蹴りをつけようじゃないの!」
「あら。そんなことを言っていいのかしら?」
後ろには檻に閉じ込められた子どもたちがいる。
不適に笑みを零すハワード。
「ま、こんな戦力差なら勝てるわけないね。降伏しなさい、ハワード」
「それはあのお方との約束を破ることになるわ♡ できない相談ね♡」
あのお方? 背後に誰かいるのね。
「弓兵、撃て――っ!」
私は手を振ると、後方に控えていた弓兵が一斉に矢を放つ。
矢は弓なりに曲がり、ハワードに向かう。
突き刺さった、その瞬間――。
ハワードの身体が膨張を始める。
脂肪で覆われた肉塊が矢を弾き返す。肉塊が弾けると、そこには一匹のドラゴンがいた。鱗で覆われ、大蛇のような身体をくねらせ、大きな
「ははは。これぞ恩方に頂いた力♡」
「ハワード、どこまで汚れれば気が済むの!」
槍歩兵隊を進軍させる。
怪物と化したハワードは口腔内から漆黒の炎を吐き、歩兵隊を蹴散らす。
ま、そっちは陽動隊なんだけどね。
アーロンたちが子どもたちの檻に近づく。
「鍵がないぞ!?」
「なに!?」
アーロンたちは驚いたように叫ぶ。
「ふふ。最初から生かして返すつもりはないわ♡」
ハワードは高らかに笑いながら、今度はアーロンたちに向かう。
「これを使って!」
私は懐にある剣を投げつける。
それを受け取ったアーロンはその鞘を抜く。
翠色の、アルティメット合金で作られた剣――アガツガリ改。
「それで檻を切り裂いて!」
「了解!」
アーロンは声を張り上げて檻を切り裂く。
さすがドワーフの作ったアルティメット合金。
普通の金属は豆腐のように切れる。
「さ、逃げろ!」
アーロンは子どもたちを逃がすと、ハワードドラゴンと対峙する。
「歩兵隊。武器を構え!」
アルティメット合金で出来た槍を構える歩兵隊。
子どもたちを逃がせば、あとはどうとでもなる。
アーロンたちはそのために戦っていた。
だが、彼らに戦う理由はない……いや、人質などという卑怯者を倒すために戦ってくれる。
誰が、何が大切なのか、分かっているのだ。
それは私も一緒だ。
彼らに報いるためにも戦いを終わらせる。
「全軍突撃――――っ!」
叫ぶと弓兵、槍、剣部隊もハワードに向かっていく。
「な、こんな作戦がっ!」
「最終的に人を動かすのは〝心〟だよ。ハワード」
そう、一番大切なのは心なの。
それがなくては人は生きていけない。
そして戦う意思も見いだせない。
心があるから世界は回っている。
その力が人にはある。
この腐敗しきった世界で、人は誠実であろうとする――その心が大事なのだ。
「く、くそ――――――っ!!」
ハワードは断末魔を上げて、切り刻まれていく。
「過去、巨大化したものが勝った事例はないのだよ」
私はそう呟くと、ハワードが死んで行く様を眺めていた。
ハワードが死ぬと同時に拍手喝采が起きる。
自分の死を喜ぶ者がいる。
私はああはなりたくないな。
アルザッヘル事変はこうして幕を閉ざした。
その報告をサイラス王に告げると、私はネビュラ勲章を手にした。
そしていつものように鉄棒に逆さにぶら下がり、世界を反転させる。
そこには人の営みが見える。
暖かく優しい世界だ。
サイラス王はドワーフやアーロンたちのような民と会話をすることを覚えた。
これで当分先まで安泰だろう。
と、
「クレア=オールポート。サイラス王から勅命です」
「今度はなによ……」
私は嘆息混じりの声音で返す。
どうやらまだもうちょっと私は戦わねばならないらしい。
~Fin~
天才少女は平和を守るため、軍事力を振りかざします。 ~勝つのではなく、未来を作るために!~ 夕日ゆうや @PT03wing
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