[R-15]『ミューズにおちた男』―― 日本霊異記『愛欲を生じて吉祥天女の像に恋ひ、感応して奇しき表を示しし縁』RemiX

小田舵木

『ミューズにおちた男』

 僕はしがない物書きだけどさ。


 えが


 恥ずかしながらさ。

 これを恥じる気はさらさらないけど。

 だってさ?自分が欲情出来ない女を描いて何になる?曲がりなりにも人に読ませようってんだ。


 今日も僕はキーボードを叩く。半ばうめきつつ。

『彼女の太ももは白磁はくじのように白く、なめらかで、温かい…』

 こういうものを書く時。僕の眼の前には『彼女』の『太もも』が見えているのさ。

 なまめかしい『彼女』を幻視げんししながら…気分がノッてキーボードを一心不乱に叩いていれば。


信濃しなのさん?」と僕の不肖ふしょうの弟子のお出ましだ。


『…』その瞬間。僕の幻視が止んでしまう。かの甘美な太ももは何処へ。腰の辺の熱が冷めるのを感じる。

「…なあ。僕は今すごくノッてたんだよ」と僕は弟子をなじる。何してくれとんねん、と。

「そうは言ってもね?頼まれてたコーヒーれたから」とメガネを掛けたクールな彼女は言う。体つきはスレンダー。さ。

「…黙って置いていけよ」と僕はなじる。

「おっってましたか?」と彼女は下品な形容を交え問う。

「ああ。してた」と僕は手短にこたえる。こういう所が好きになれない。のだ。

「…叫びながらキーボード叩くの止めて下さいね…お隣に事情を説明するの飽きました」と彼女は言う。僕にはそういう癖がある。ルーティーンと言っても良いかな。

「アレしないと書けない」いや。そういう訳でもないんだが。ま、彼女を詰るついでみたいなところかな。

「…私にぶつけても良いんですよ?。弟子である前にファンですから。どんとこいです」うん。と言ってるのさ。

「そんな事してみろ…仕事がとどこおってしかたない」彼女には雑用を投げているからね。僕はキーボードを叩く以外は無能なのだ。

「気にしないのに」と残念そうに言う。

「そういう問題じゃないと再三さいさん言ってる…君はね。なのだ」残酷な物言いだが事実だから致し方ない。

「真逆…ね」と受けてふくむ彼女。その表情は複雑だが…多少の怒りを感じるのは何故か。

「君は。僕に弟子入りしたいんじゃなかったのか?」元の名目はそうだっただろうに。僕に随分ずいぶん長々としたファンレターを送り、そこに弟子にしてくれと書かれていて。ちょうど人手が足りてなかった僕が了承した…そういう流れだったろうに。

「…あんなモノは便だとは思いませんか?」

「ならば?君は何かね?僕に抱かれに来たとでも?」

「そうです」という彼女は妙に凛としているから怖い。

「―荷物を纏めて貰っても構わない」いや困るけど。事務作業に忙殺されたら書く暇が無くなるだろう。

「…釣れませんね」

「僕は簡単にちるものでもない」伊達に魔法使い30歳◯貞をしてないのだ。

「とりあえず。冷める前に飲んじゃって下さい。コーヒー」とメガネのフレームをいじりながら言い、彼女はアトリエを出ていった…


                  ◆


「私の体がダメならば。属性を足すまでです」そういう彼女はブレザーの学生服。ちなみに歳は20中盤なのだ。多少たしょう痛々しい。なんせ彼女がリアルな女子高生だったのは10年程前の話で。


『肺の上の双丘そうきゅうを―』なんて書いてた僕に―イメージが上書きされ。


「あのね。今僕は君とは真逆の…たわむれていたのさ」僕はディスプレイから目をあげながら言う。

「…街中で痛い目線を浴びてきたがないです」とメガネな弟子氏はねつつ言う。

「ウチで着替えたらいいだろう」至極しごく当然の提案。彼女にも事務部屋をやってるんだからさ。

「先生には訳です」と上目づかいで言う彼女。

「ひんけと?」そいつは犯罪の香りがするぜ?弟子さんや。

「一枚ずつ」と胸元のネクタイをいじりながらこたえる彼女。

「そのネクタイを締めてやってもいいぞ」と僕は返す。。締め切り近いんだ。

「そういうのも…良いですね」と彼女は顔を赤らめながら言う。

「僕は趣味じゃない」

「いけず」

「さ。行った行った…」早急にギアを切り替えないと―今の原稿。

「…最後に覗いていきません?」なんて体をくねらせながら提案をくれる彼女。

を、だよ?」大体のネタが割れている。僕は透け派なのだ。特に上半身。

「…」と下半身に目をやりながら言う彼女。

「断る。今、上半身に集中してる訳。メシの種の為にさ…今君が思ってることをしてみろ…えん切るからな」僕は強めにそう言っておく。

「…偶然のなら―構いませんね」と彼女はきびすを返しつつ、腰を思いっきりひねり―


 小さく締まった色素の薄い臀部でんぶに黒いはあった。

 僕は―豊かな体を好む筈なのに…のは何でだろうか?


                  ◆


「今日はナースと来たか…発想がオジサンだな。古い」とかのメガネ弟子を評する僕。

「手に入れやすいですから」と脚をもじもじさせながら言う弟子氏。

「僕が透け派だと何時いつ気付いた」はずで。

「原稿をチェックした時に」そういうのも投げているから仕方ないけど。

「君の―」とディスプレイから目をやれば。

 メガネの弟子氏の―締まった体にタイトなナース服。いかにもなデザインのモノ。

ひびく下着を選ばないのがたしなみだろう?後はキャミソール」と僕は問うが。

私の体でメリハリは出せない」と彼女は言い。

「きついコントラストはかえって下品だ」そう思う。ギャップを狙いすぎると、意図が透ける。そこには美しさはない。

「そうするとボケる。服に着られてしまう」と彼女はうつむいて。ナース服を撫で回す。

「着られて良いんだ」反論。服とはペルソナ仮面の切り替えであり、だと思うのだ。

を見て―欲しいから」そう彼女は僕を見つめる。

「そいつは贅沢だ…時間のかかる話でもある」人を見るのは難しい。見た目なら簡単だが。


「…先生は私には興味がないですか?」そういう潤んだ目の彼女。凹ませようと思った訳じゃない。

「―かもね。でもそれよりも。君をよく知らない。搦手からめを使ってくる君のせいで余計わからない」本当は魔法使い30歳童◯だから―なんて言えるかい?

「脱げと言ってますか?」飛躍が酷い。そうじゃない。

何時いつもの君をいつも通りに。それを観察すれば見えるさ」我ながら良い逃げかも。

「…着替えてきます」

「そのついでにコーヒーも」


                  ◆


 原稿に詰まった時の僕は。

 ライティングデスクの前の回転椅子をぐるぐる回す。座ったまんま。それで頭がシェイクされれば良いと思ってる。

 そして思いっきりうめくのだ。安心してくれ。午前でこのマンションには誰も居ない。

まってますねえ」とコーヒーをたずさえた弟子氏。格好はいつものものだ。パンツルックが細身によくあっていると思う。

「出ねえ、降りてこねえ」僕は呪詛じゅそごとく吐き。

「刺激が欲しいですか?」とかの女はメガネの鼻の辺をクイッとしながら言う。

「カフェインなら今から飲むぞ…僕のガソリンだ」と僕はマグカップを傾けて。

「もうカフェインは効かないでしょう?」と彼女は僕の回す椅子に近づいて。

「ニコチンはなあ…止めたばっかでな」優良納税者で在る事に飽き飽きしたのだ。

「煙草臭いのは今日日きょうび流行りません」とか言いつつ距離が詰まってきて。

「近いよ」と僕は制す。こいつはよろしくない。僕はなのだ。書いてるものは

「だから刺激だって言ってるじゃないですか?」と回転椅子の両の肘置きを掴む彼女。

「距離を詰めるなと―」と僕は冷や汗。彼女が近すぎて。頭が少し煮えて。

「私で創作意欲が湧けば良いですけど…」と椅子にまたがる彼女。細い太ももが僕の太ももに触れ。

「…重い」と呟く。率直な感想ぎて笑う。

「失礼な人です」と言う彼女が近く。理性のたがが危ない。

「あのさあ」と僕はうめく。

「なんですか?」と僕の顔の横にある顔から声が聞こえ。僕の心臓も大概うるさいが、彼女はもっと凄い。

「僕―その」言い出せない。その前に体は反応していて。

「知ってます」と彼女は言う。その顔が赤い事は熱でもって伝わり。

「僕はさ…そういう行為に理想が高いんだ。それが高じてエロ本書きだ」

「ファンだから…台無しにはしたくない。けど。欲しくもあるんです」そうささやくように言う彼女の声がなまめかしく思え。

さ…もう…勘弁してくれ」そう僕は拒絶の言葉を出してしまい。

「可愛いですよ、センセイ」なんて言いながら退いてくれる彼女。重さはなくなり、火照りだけが残って。

「…書けそうだ」なんて思いが口をつき。

「…待ってますから」と弟子氏は事務部屋に帰っていく。


                  ◆

 いやあ。

 いや。。初めて書いたものにと言っても良い。

 今までは何処か作品を見る目があって、本気ではなかった。


 うむ。ディスプレイをしまっていて。


 それが果たして自分の作品のせいなのか、かの弟子せいのなのか分からなくて。

 混乱している。困惑している。そして。


「最悪だ」と呟くしかない現状。とりあえずディスプレイをぬぐい。

 が今は痛い。この作品は―彼女なのだ。今までのスタイルを曲げた筆致ひっち。そこには彼女への目線があり。

 

 そこにがあった。

 僕は―豊かな肢体したいを描くことで金を儲けてきた男であり。

 このただの性欲の塊を僕の名前で発表すべきなのか?細身な彼女の―なまめかしさをうたい上げたこの作品を。


 こういうのは作家性の問題でもある。ある程度の一貫性が求められるのだ。

 そして、彼女が愛したのは―そっちの僕ではなかったか?

 ディレンマ。

 肉欲は今すぐ事務部屋に行くことを推奨するが―

 物書きの僕はこのまま作品を闇にほふる事を推奨する。

 ディレンマ。

 

 産みの苦しみとはこの事か?そう思ってしまった。そして自分が案外に凝り固まって居ることを思い知り。


 一度やってしまうと―こういうモノが付いてくる。

 一度作品を世に問えば、ある程度求められる像がある。

 後戻りの出来ない2本の別れ道。それを選び取る勇気、決断、それが僕には足りて居らず。ただうめくことしか出来なくて。


「あー…あああああ」と呻き、頭を抱えて。そこに彼女が来る事を期待して。つくづく童貞どうてい極まってるな、と僕は懊悩おうのうし。体を回転椅子に縮こまらせて。


「…細い脚も良いかも知れない」


「悩んで―ますね?」そういう彼女の声が聞こえ。

「ああ。初めてだ。作品でこんだけ迷うのは」僕は言い。

「―ごめんなさい」と言われれば。

「いや。僕の方が…悪いんだ。じくが定まってない」とこぼす。

「良いじゃないですか?定まらなくても」と彼女は言えど。

「いいや…のだ」と言い訳をし。

「それが―どんなものであれ…私は見守りますよ」と彼女は大きな事を言う。

ぞ」と僕はこたえる。意気地いくじがない。

貴方あなたの作品の表面を愛したつもりはない」と彼女は応える。

んだが」作品の『読み』は作者とは別に成立していくもので。

「私の『読み』信用できませんか?」そう問う彼女。

「…それはそれで良いと僕は思うが―今問題にしているのはさ」あいかわらずの道々みちみちしさ。


「納得なんか出来るんですか?」そう、彼女は問い。

「…ね。だから書き続けている」こう僕は応え。

」そう言って、彼女は再び椅子の上の僕にのしかかり。

「―つまらないぞ」と僕が覚悟を問えば。

「それさえ愛おしい」と彼女はゆっくりと腰を落として。僕の熱と彼女の熱は混じり合う。布地を数枚通して。


                  ◆



「君の作風に広がりが出たな」と対面といめんの編集は言う。

ね」と僕は控えめなコメント。

「今までは―憧憬どうけい。君の作品は」手厳しい。僕を担当してるだけあってよく見ている。

「だろうな。その通りだ」頷きながら応える。

」知るという言葉には性的な含みがある。

「いやあ。しまったもので。」と僕は苦笑い。

「…ま。問わんが。幸せにな」と彼は言う。

「彼女だけに留まるのは危険かな?」と僕はいておく。

「お前は作家だろうが…そこは頭を使うべきところだ」呆れて彼は言う。

「…忘れてたよ。まあミューズは大切にするがね?」

「君の文章で飾ってやれ」なかなか洒落た事を言うじゃないか?

「飾るまでもない」と僕は応える。美しさは隠れない。

「惚気も大概にして。それを昇華させてくれ」眉に手をやりながら言う編集氏

「分かってる…食い扶持が増えたからな」



                 ◆



 僕はしがない物書きだけどさ。


 


 僕には。輝かしいミューズが居て。彼女が何時も素晴らしいイメージをくれる。

 それを言葉にすると単純だよ?しかしだね。僕はプロのかたり屋で。

 

 その修飾レトリックの作業は実は彼女への睦言むつごとであるのは―なのだ。

 ん?バレているって?

 それもまた良いじゃないか。

 そんな風に僕はミューズに惚気のろけているのさ。

 それを少し貴方がたに分けてみようかと思って。


                 ◆


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