[R-15]『ミューズにおちた男』―― 日本霊異記『愛欲を生じて吉祥天女の像に恋ひ、感応して奇しき表を示しし縁』RemiX
小田舵木
『ミューズにおちた男』
僕はしがない物書きだけどさ。
君たちは、自分が
恥ずかしながら僕は何時もそうさ。
これを恥じる気はさらさらないけど。
だってさ?自分が欲情出来ない女を描いて何になる?曲がりなりにも人に読ませようってんだ。まずは自分が納得出来なきゃね?
今日も僕はキーボードを叩く。半ば
『彼女の太ももは
こういうものを書く時。僕の眼の前には『彼女』の『太もも』が見えているのさ。
「
『…』その瞬間。僕の幻視が止んでしまう。かの甘美な太ももは何処へ。腰の辺の熱が冷めるのを感じる。
「…なあ。僕は今すごくノッてたんだよ」と僕は弟子を
「そうは言ってもね?頼まれてたコーヒー
「…黙って置いていけよ」と僕は
「おっ立ってましたか?」と彼女は下品な形容を交え問う。
「ああ。ムクムクしてた」と僕は手短に
「…叫びながらキーボード叩くの止めて下さいね…お隣に事情を説明するの飽きました」と彼女は言う。僕にはそういう癖がある。ルーティーンと言っても良いかな。
「アレしないと書けない」いや。そういう訳でもないんだが。ま、彼女を詰るついでみたいなところかな。
「…私にぶつけても良いんですよ?劣情。弟子である前にファンですから。どんとこいです」うん。君のそういう所がそそられないと言ってるのさ。
「そんな事してみろ…仕事が
「気にしないのに」と残念そうに言う。
「そういう問題じゃないと
「真逆…ね」と受けて
「君は。僕に弟子入りしたいんじゃなかったのか?」元の名目はそうだっただろうに。僕に
「…あんなモノは方便だとは思いませんか?」
「ならば?君は何かね?僕に抱かれに来たとでも?」
「そうです」という彼女は妙に凛としているから怖い。そんなものを僕に向けるな。
「―荷物を纏めて貰っても構わない」いや困るけど。事務作業に忙殺されたら書く暇が無くなるだろう。
「…釣れませんね」
「僕は簡単に
「とりあえず。冷める前に飲んじゃって下さい。コーヒー」とメガネのフレームを
◆
「私の体がダメならば。属性を足すまでです」そういう彼女はブレザーの学生服。ちなみに歳は20中盤なのだ。
『肺の上の
「あのね。今僕は君とは真逆の…豊かな胸と
「…街中で痛い目線を浴びてきたかいがないです」とメガネな弟子氏は
「ウチで着替えたらいいだろう」
「先生には偶然、私の体を見て欲しくない訳です」と上目
「ひん
「一枚ずつ」と胸元のネクタイを
「そのネクタイを締めてやってもいいぞ」と僕は返す。邪魔だよ。締め切り近いんだ。
「そういうのも…良いですね」と彼女は顔を赤らめながら言う。
「僕は趣味じゃない」
「いけず」
「さ。行った行った…」早急にギアを切り替えないと―書き上がらないぞ今の原稿。
「…最後に覗いていきません?」なんて体をくねらせながら提案をくれる彼女。
「何を、だよ?」大体のネタが割れている。僕は透け派なのだ。特に上半身。
「…中身」と下半身に目をやりながら言う彼女。
「断る。今、上半身に集中してる訳。メシの種の為にさ…今君が思ってることをしてみろ…
「…偶然の事故なら―構いませんね」と彼女は
小さく締まった色素の薄い
僕は―豊かな体を好む筈なのに…少し心動かされたのは何でだろうか?
◆
「今日はナースと来たか…発想がオジサンだな。古い」とかのメガネ弟子を評する僕。
「手に入れやすいですから」と脚をもじもじさせながら言う弟子氏。
「僕が透け派だと
「原稿をチェックした時に」そういうのも投げているから仕方ないけど。
「君の―」とディスプレイから目をやれば。
メガネの弟子氏の―締まった体にタイトなナース服。いかにもなデザインのモノ。透けを狙って濃い色の下着を付けてるのが頂けない。
「
「こうでもしないと私の体でメリハリは出せない」と彼女は言い。
「きついコントラストはかえって下品だ」そう思う。ギャップを狙いすぎると、意図が透ける。そこには美しさはない。
「そうするとボケる。服に着られてしまう」と彼女は
「着られて良いんだ」反論。服とは
「私を見て―欲しいから」そう彼女は僕を見つめる。
「そいつは贅沢だ…時間のかかる話でもある」人を見るのは難しい。見た目なら簡単だが。彼女の求めるものはそこになく。
「…先生は私には興味がないですか?」そういう潤んだ目の彼女。凹ませようと思った訳じゃない。
「―かもね。でもそれよりも。君をよく知らない。
「脱げと言ってますか?」飛躍が酷い。そうじゃない。
「
「…着替えてきます」
「そのついでにコーヒーも」
◆
原稿に詰まった時の僕は。
ライティングデスクの前の回転椅子をぐるぐる回す。座ったまんま。それで頭がシェイクされれば良いと思ってる。
そして思いっきり
「
「出ねえ、降りてこねえ」僕は
「刺激が欲しいですか?」とかの女はメガネの鼻の辺をクイッとしながら言う。
「カフェインなら今から飲むぞ…僕のガソリンだ」と僕はマグカップを傾けて。
「もうカフェインは効かないでしょう?」と彼女は僕の回す椅子に近づいて。
「ニコチンはなあ…止めたばっかでな」優良納税者で在る事に飽き飽きしたのだ。
「煙草臭いのは
「近いよ」と僕は制す。こいつはよろしくない。僕は清らかな人間なのだ。書いてるものは桃色だが。
「だから刺激だって言ってるじゃないですか?」と回転椅子の両の肘置きを掴む彼女。
「距離を詰めるなと―」と僕は冷や汗。彼女が近すぎて。頭が少し煮えて。
「私で創作意欲が湧けば良いですけど…」と椅子にまたがる彼女。細い太ももが僕の太ももに触れ。
「…重い」と呟く。率直な感想
「失礼な人です」と言う彼女が近く。理性の
「あのさあ」と僕は
「なんですか?」と僕の顔の横にある顔から声が聞こえ。僕の心臓も大概
「僕―その」言い出せない。その前に体は反応していて。
「知ってます」と彼女は言う。その顔が赤い事は熱で
「僕はさ…そういう行為に理想が高いんだ。それが高じてエロ本書きだ」そう。今、失えば。全ての創作を失うような気がして。
「ファンだから…台無しにはしたくない。けど。欲しくもあるんです」そうささやくように言う彼女の声が
「反応してるからさ…もう…勘弁してくれ」そう僕は拒絶の言葉を出してしまい。
「可愛いですよ、センセイ」なんて言いながら
「…書けそうだ」なんて思いが口をつき。
「…待ってますから」と弟子氏は事務部屋に帰っていく。
◆
いやあ。久しぶりに降りて来た。
いや。それ以上。初めて書いたものに本格的に欲情したと言っても良い。
今までは何処か作品を見る目があって、本気ではなかった。
うむ。ディスプレイを汚してしまっていて。
それが果たして自分の作品のせいなのか、かの弟子せいのなのか分からなくて。
混乱している。困惑している。そして。自らの創作の危機に陥っている…
「最悪だ」と呟くしかない現状。とりあえずディスプレイを
特有の冷静さが今は痛い。この作品は―彼女なのだ。今までのスタイルを曲げた
そこにディレンマがあった。
僕は―豊かな
このただの性欲の塊を僕の名前で発表すべきなのか?細身な彼女の―
こういうのは作家性の問題でもある。ある程度の一貫性が求められるのだ。
そして、彼女が愛したのは―そっちの僕ではなかったか?
そういうディレンマ。
肉欲は今すぐ事務部屋に行くことを推奨するが―
物書きの僕はこのまま作品を闇に
こういうディレンマ。
産みの苦しみとはこの事か?そう思ってしまった。そして自分が案外に凝り固まって居ることを思い知り。
一度やってしまうと―こういうモノが付いてくる。
一度作品を世に問えば、ある程度求められる像がある。
後戻りの出来ない2本の別れ道。それを選び取る勇気、決断、それが僕には足りて居らず。ただ
「あー…あああああ」と呻き、頭を抱えて。そこに彼女が来る事を期待して。つくづく
「…細い脚も良いかも知れない」それは敗北宣言であり。
「悩んで―ますね?」そういう彼女の声が聞こえ。
「ああ。初めてだ。作品でこんだけ迷うのは」僕は言い。
「―ごめんなさい」と言われれば。
「いや。僕の方が…悪いんだ。
「良いじゃないですか?定まらなくても」と彼女は言えど。
「いいや…曲りなりに僕には僕のフィールドがあるのだ」と言い訳をし。
「それが―どんなものであれ…私は見守りますよ」と彼女は大きな事を言う。
「きっと失望するぞ」と僕は
「
「僕の作品の奥の奥を見せた訳でもないんだが」作品の『読み』は作者とは別に成立していくもので。
「私の『読み』信用できませんか?」そう問う彼女。
「…それはそれで良いと僕は思うが―今問題にしているのは僕の中で納得いくかどうかさ」あいかわらずの
「納得なんか出来るんですか?」そう、彼女は問い。
「…出来ないね。だから書き続けている」こう僕は応え。
「その中に私を入れてください」そう言って、彼女は再び椅子の上の僕にのしかかり。
「―
「それさえ愛おしい」と彼女はゆっくりと腰を落として。僕の熱と彼女の熱は混じり合う。布地を数枚通して。
◆
「君の作風に広がりが出たな」と
「迷いましたがね」と僕は控えめなコメント。
「今までは―
「だろうな。その通りだ」頷きながら応える。
「今は知ろうという欲を感じる。それが作品を駆動させている」知るという言葉には性的な含みがある。
「いやあ。知ってしまったもので。望まない形ではありましたが」と僕は苦笑い。
「…ま。問わんが。幸せにな」と彼は言う。
「彼女だけに留まるのは危険かな?」と僕は
「お前は作家だろうが…そこは頭を使うべきところだ」呆れて彼は言う。
「…忘れてたよ。まあミューズは大切にするがね?」
「君の文章で飾ってやれ」なかなか洒落た事を言うじゃないか?
「飾るまでもない」と僕は応える。美しさは隠れない。
「惚気も大概にして。それを昇華させてくれ」眉に手をやりながら言う編集氏
「分かってる…食い扶持が増えたからな」
◆
僕はしがない物書きだけどさ。
君たちは、自分が描いたものに欲情したことはあるかい?
僕には。輝かしいミューズが居て。彼女が何時も素晴らしいイメージをくれる。
それを言葉にすると単純だよ?しかしだね。僕はプロの
そのイメージをレトリックで飾り…別の何かに仕立てあげる。
その
ん?バレているって?
それもまた良いじゃないか。
そんな風に僕はミューズに
それを少し貴方がたに分けてみようかと思って。
◆
[R-15]『ミューズにおちた男』―― 日本霊異記『愛欲を生じて吉祥天女の像に恋ひ、感応して奇しき表を示しし縁』RemiX 小田舵木 @odakajiki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます