殺人現場リアルタイムカメラマン…後編

「……残すはお前か」


「あ、時間切れだと思うよ。

 ほら、サイレン。救急車だけは呼んでおいたんだよ」


 すぐに救急車が到着するはずだ。

 一緒に鍋を囲んでいた女性の友人……、カメラマンの女性もここで消すべきだが、サイレンの音が近くなったことで、殺人犯の男は慌てて玄関へ向かった。


 証拠隠滅はしない。

 ……撮影されておいて今更という話だが。


「まあ、逃げ隠れするつもりもないんだが……、目的は達成した。だからいいんだ」

「捕まったら、終身刑だと思うけど……それでもいいってこと?」


「その覚悟がなければ、人殺しなんてしないさ……、罰せられる覚悟さえあればできてしまうのは、危ないシステムだよな」


 罰を受けるから吹っ切れてしまうこともある。

 罰を受けることで安心する人がいるのも、事実だ。


 不祥事の後、いっそのこと言葉でぶった切ってくれ、と願う層がいるのだから。


「どうするの? これから」

「移動する。逃げも隠れもしないが、立ち止まることはしない」

「それ、逃げてるのと同じなのでは?」


「そうだな、言い方の違いだ――

 同じ意味の別の言葉を生み出したのは自分たちなんだから……文句を言ったらいけねえよ」


 男性が部屋を出ていく。

 入れ替わるように(と言っても時間差はあったが)、救急隊員がかけつける。


 血だらけで倒れている女性を発見し――あとはとんとん拍子で、状況が動いていった。




 それから――


 翌日、重要参考人として、カメラマンだった女性が近くの警察署へ呼ばれた。


 一部始終を撮影した動画……おかげで犯人特定は難くない。


「証拠の提供はありがたい、ですが……」

「はい」


「一部始終を撮影するよりも、最初に止めに入っていれば、ご友人は亡くならなくて済んだのではないですか?」


 こんなことをしている暇があるなら別のことをしろ、と責められている。


 確かに、証拠はたくさん残っていた。

 映像など、なくても変わらなかっただろう。


「ナイフを持っている体の大きな男性を止める? 無理ですよ。

 あの状況であたしができることは撮影くらいです。手元にスマホがあったのが幸いでした。救急車を呼ぶこともすぐにできましたし……」


「撮影をする前に、救急車を呼んでいますよね?」

「はい。そうなりますね」


「友人が殺される……、怪我をすることは前提だったと?」


「ナイフを持ってる男性を相手に無傷は無理でしょう? だから念のため、呼んだだけですよ。結果的に呼んで良かったんですから、いいじゃないですか」


「私はあなたの動機が気になります……。

 もしかして、犯人の男と、グルだったんじゃないかって――」


「グル? あの子を殺すことに、あたしにメリットなんてないですよ。

 映像を残して証拠を作るのも意味が分かりませんし」


「『殺す瞬間』をカメラに収めたい。それはカメラマンとして『あり』では? それに、彼からも聞いていますよ。『自分の手で元恋人を殺す瞬間を映像にしておきたかった』とね――撮影を見逃した動機にもなりますが、あなたと手を組んだ理由にもなるでしょう」


「なるほど……そういう解釈もできますか」

「あなたと男は、同じ中学だったそうですね?」

「死んだあの子もそうですけど」

「……タイムカプセル」


 目の前の男の言葉に、カメラマンの女性が一瞬だけ動揺した。

 一瞬だが、それでも捜査官は気づいた。


「昨日の夜中、この件に関係していない友人に動画を送ったんじゃないですか? そして受け取った友人が、中学のタイムカプセルに、記録されたSDカードを埋めた。

 ……今回の犯人の名前を書いて。あの男が出所した時、タイムカプセルを掘り起こして、殺人現場の動画を手に入れられるように――」


「考え過ぎですよ」

「掘り起こしましたよ、これ」


 テーブルに置かれたのは、身に覚えがないSDカードだ。


 だが、入っている動画の内容は同じである。

 彼女のスマホにしかないようなもの――殺人映像。


 昨日の今日で行動するのは、警察の盲点を突いたのかもしれないが、早過ぎたのだ。殺人事件で、死体や現場に目を向けている最中に、まさか中学校まで目を向けるとは思えない……警察もてんやわんやだろうと思っての行動だったが……よく見ている。


 確かに、カメラマンの女性は、人が目の前で死んでいるのに、冷静過ぎた。そういうことに耐性があるとしても……映像と現実は違う。

 二回目だから、とすれば、それはそれで問題だ。


 そうでなければ、事前に知っていたなら……納得できる。


「グルだったんですね――あの男と、繋がっていた」

「はい。――ふふ」


「どうして笑っていられる? お前は――」


「今も一部始終を撮影していますから……ふ、ふふっ、重要参考人から、犯人の仲間とばれて追い詰められるまで……――くふ、ひふはっ、きゃははっ!

 また貴重な映像ですねえ、捜査官さん?」


 昨夜の殺人映像、そして今撮影された映像は、動画サイトに一瞬だけ公開された。


 すぐに削除されたが、それをダウンロードした者が別のサイトに載せて……――そうして複製が増えていく。

 映像データは、インターネット上に拡散され、見ようと思えばいつでも見られる状況になってしまった。


 でもきっと、まだ彼は見ていないだろう。


 最愛の元恋人を、この手で殺す一部始終の映像を。



「でも、映像では分からないことを、あいつは知ってるからねえ……」


 鉄の味。血の温かさ。刺した感触――彼女の匂い。

 彼女の苦痛の表情。

 それは、映像からでは分かりにくいものだった。


現実リアルに勝る映像はないってことなのかねえ?」


 現実をただ映しただけならば。


 例外を言えば、加工に勝る現実リアルはない。



 ―― 完 ――

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殺人現場リアルタイムカメラマン 渡貫とゐち @josho

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