殺人現場リアルタイムカメラマン

渡貫とゐち

殺人現場リアルタイムカメラマン…前編

 これは『証拠映像』として提供された映像だ。


 二十代女性が、二十代男性に刺殺される瞬間を捉えている。


 その一部始終をご覧ください。


 … …


 インターホンが鳴り、ワンルームのアパートの玄関へ向かった二十代女性。

 彼女は食べかけていた夕食を中断する……今日は鍋だ。カセットコンロの火を消した。


 連続して鳴るインターホン……宅配ではなさそうだ。


 覗き穴から外の様子を見ても、雨天後の水滴のせいか、魚眼レンズのようになっていて、相手の顔が分からなかった。特徴的な色の帽子を被っている……やっぱり宅配だろうか?


 通販サイトではなく、実家からの仕送りかもしれない。

 連絡はないけど……と思った女性が、迂闊に鍵を開けてしまった。


 すると、伸びてくる腕。

 男性の太い腕が扉を勢いよく開け、すぐさま閉めて鍵をかける。

 押されて尻もちをついた女性は、恐怖で腰が抜けてしまっていた。


「え、な、なに……なによっっ!!」

「やっと見つけた……」


「あんたッ、誰なのよ!?」

「覚えていないのか?」


 覆面なんて分かりやすい悪人のアイコンはない。

 後に分かったことだが、彼は三十代に見えるが二十代であり、女性の元恋人だった……。

 複数いる彼氏の中の一人であり、優先順位がかなり下の方である。


 なので女性が覚えていないのも納得だ。

 男性の方は、はっきりと覚えているのに……。


 男性が取り出したのはナイフだ。布製のカバーを外して、その銀色の刃を見せる。

 アウトドアで使うようなものである。だからなのか、一般的に見る包丁とはまた違った印象だった。より鋭利に見える。切れ味が良さそうだ……、錯覚かもしれないが。


「覚えてないわよ! イケメン以外を記憶するわけないでしょ!!」


 この状況で命乞いではなく火に油を注ぐとは……、女性も度胸がある。

 そんな態度に男性はしかし、激昂したりはしなかった。


 こういう性格だと分かった上で、『殺す』と決めてきているのだろう……、今更、罪に罪を重ねたところで変わらない、と割り切っているのか。

 それでも多少、ナイフを握る手に力は乗っている。


 過剰に刺してしまうかもしれない。


「やっぱ、許せねえなあ……」


「ふざけないでよ!!」


 腰が抜けていた女性が立ち直ったようだ。

 立ち上がってキッチンへ。使ったばかりの包丁を掴んで対抗する。しかし振り向いた時には、男は土足で部屋に上がってきており――彼女の腕を掴んで組み伏せていた。

 もちろん、握った包丁も床に落ちている。


 仰向けで――

 そんな彼女の上から見下ろす、男性の顔があった。


「本当に覚えていないのか?

 別れ話の時の喧嘩で、お前の爪が目に入って……俺はこっちの目を失明してんだ――」


「は!? そんなのっ、知らない!!」


「言ったのは今が初めてだ。あの時、こんなことを明かしたところで、お前は悪気がないと突っぱねるだろう。別に、慰謝料を請求する気はなかったんだがな……」


 浮気、失明……

 でも、それだけで元恋人を殺そうとは思わなかった。


 彼女だけを見ていた。

 だから彼女から目を離した時に見えたものが鬱陶しくなった。


「どうして……私を殺すのよ……!?」


「お前と一緒になって、良い思いをする男がいることにがまんできなかった。だから――男をその都度、殺していたらきりがない。

 でもお前を殺せば? お前との甘い生活を過ごせる男は、この世に一人もいなくなる。

 多量じゃない、唯一を無くしてしまえば話が早い」


 唯一の存在は増えないから。


 取返しがつかないけど、取り返す気がなければ、デメリットはないのだ。


「そん、ぃあい痛ッ!?」


 アウトドアナイフが女性の手の平に突き刺さった。

 どくどくと、赤い血が広がっていく。


 彼女が気に入っていた、白いキッチンマットが赤く染まっていく。

 ずず、と抜かれたナイフ。刺された時よりも抜かれる方が何倍も痛かった……、不意打ちよりも分かっている方が、恐怖は倍増する。


「や、やめて……っっ」

「無理だ」


 男は再びナイフを振り下ろした。

 腕、肩――急所はまだ狙わない。


「――もう、戻れない」

「痛いっ、からっ、もうやめ――」


 腹だ、太ももだ、足の甲だ……一部を除き、全ての部位に傷をつける。


 残すは急所だけになった。

 女性の悲鳴は、もう聞こえない……。


 声帯を潰した覚えはないのだが。


「首の皮一枚ってところか?」


 生きてはいるが、死んでいるようなものだった。

 余熱で活動が続いているだけで――風前の灯火である。


「最後だ――その目を貫いて、終わらせてやる」



 失明のこと、気にしてるじゃん、とは、口には出せなかった。


 一部始終を撮影していたカメラマンは、息を潜めて終幕を見届ける。


 振り下ろされたナイフが女性の眼球を貫いた――そして絶命である。

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