第4話 「蓋然性」と「信憑性」

 「蓋然性がある」と「信憑性がある」の使い分け、というと一部からは、そんなの全然ちがう意味の言葉じゃないか、と文句を言われそう。


「蓋然性」とは、可能性があること。「信憑性」とは、信じるに値すること。ぜんぜん意味が違うだろう、と。

 

 しかし、そんな文句を言う人たちに、


―――じゃあ「蓋然」とはどんな意味?「信憑」とはどういう事?


 と聞けば、半数以上の方は、きっと黙るだろう。


 2023年3月7日のニュースで、久しぶりに「蓋然性」という言葉を耳にした。自民党、東京18区の立候補者(衆議院議員)を、女性限定にして男性を排除するというプランを立てたと。


 まずそのニュースの


「信憑性」


を疑った。


 確かに、我が国の女性議員は少ない。だから立候補者は女性から選んで男性は出さないでおこう。


 【女性議員を増やしたい】→【男性は立候補させない】


 出たよ自民党。前回も述べたけれど、「矢印」のつながりかたがおかしいのよ。いやすみません、これは全自民党員のロジックではありませんでしたね。一部の方が、こういう発想をされていると。


 それに対して、これは「日本国憲法」や「男女雇用機会均等法」に反する


「蓋然性」が高い


かもしれないと、一部の自民党員の方々が指摘している、というお話。


 「蓋然性」は、法律関係の用語というイメージ。


 漢文では「再読文字」として「蓋」は「なんぞ~ざる」、つまり「どうして~しないのか」の意味として出てくる。ところがこれ「蓋」の本来の意味とは関係なく、ただ「音」が、「カフ」・・・「何不」(どうして~しないのか)と、同じだから「当て字」的に用いられているだけ。


 本来の意味は「おおう」。「Oh」なんてびっくりしているんじゃない。「覆う」だ。


「蓋世之材」といえば、一世をおおい圧するほどにすぐれている才気のことをいう。「蓋世」という熟語が「非常に優れていて、その勢いが世の中を圧倒する。一世をおおう。」という意味。


 その「おおう」が、どういう経緯でそうなったのか知らないが、


 「けだし」という意味を持つようになる。そうだ。漢文でも出てくるんだった「蓋し」。思うに、考えてみると、というような「推量」のことば。そこから「蓋然」という熟語が生まれる。


 これ「必然」と比較されるべき言葉なんだな。


 確率100%=必然

 確率?%=蓋然


 確実に法律に違反している場合「必然」


 法律に違反する可能性が残されている場合「蓋然」


 そう考えるとわかりやすい。


 我々日本人は、明治維新という大革命を短期間で無理やり実行し、一気に西洋の学問を取り込むことになった。その中には、それまで日本語には存在しなかった概念が多くあり、


 probability


も、そのひとつだった。どのように訳すればよいか、漢籍から色々引っ張って来て、それで「蓋然性」というムズカシイ言葉を、偉い学者さんは選んだ。


 いや、普通にprobability は「見込み」・「確率」でいいでしょ、とは思う。


 しかし法的な問題を語るときは、慣習として「蓋然性」を用いる。


 次、


「信憑性」の「憑(ヒョウ)」についても、これまで深く考えていなかったが、この字「心」があるな、と思ったらやっぱり。


 「たよる」・「すがる」・「もたれかかる」


 精神的な意味でもね。信じる気持ちによりかかるのが「信憑」です。


 これで「信憑性」の意味がすっきりした。つまり「蓋然性が限りなく高い」ことを「信憑性が高い」と言うんだ。


 どうでしょうか。


「蓋然性がある」と「信憑性がある」は、全然違うぞ、という方々も、


「蓋然性が高い」と「信憑性が高い」となると、あれ、ほとんど同じ意味じゃないかな、となる。


 じゃあその違いは?使い分けは?


1,「蓋然性が高い」・・・主に法律関係で用いられる

2,「信憑性が高い」・・・蓋然性が限りなく高いということ


 いまはコレしか言えない。


 今後も取り組むべき問題なんだこれ。


 明治維新後の大量の西洋学問の導入は、大量の「新造語」を生んだ。それらを受容し、広めた彼らは知識層、エリート層で、特別な教育訓練を受けた、全国から選び抜かれた天才秀才の集まりだった。だから複雑な言葉がドンドン生まれても、ドンドン吸収していけた。


 いまの若い子、すぐ「ヤバい」って言うでしょ。


「結構おいしい」とき=結構ヤバい


「結構うれしい」とき=結構ヤバい


「相当危険な」とき=結構ヤバい


「蓋然性が高い」とき=結構ヤバい


「信憑性が高い」とき=結構ヤバい


 えっなんて便利な言葉なの。でもこれから日本語を勉強する外国の方々、「ヤバい」の世界に呆然としてしまうのではないか。


参考文献

・『大漢語林』(大修館書店)

・『評論・小説を読むための新現代文単語 改訂版』(いいずな書店)

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