エピローグ

 肋骨の痛みを無視し、これから何と言い訳するか考えながら、夜の街を歩く。

 こうして分かりづらい路地を通るのも二回目だが、前と比べて随分と足が重く感じる。何せ、これから一円にもならない失敗した仕事の報告をした上で、頭を下げて一日でも早く金に繋がる仕事を貰わなければいけないのだから。


「本当に憂鬱ですね……いまだに骨も痛みますし……」

「扉の前で立ち竦んで、どうしたの?店はここで合ってるよ」

「……情報屋。私より遅いなんて珍しいですね」

「顔色が悪いけど大丈夫?外は冷えるから、入ろうか」


 今日も変わらずスーツにストールを巻いた彼に心配されながら、店内へ入る。

 前来た時と同じ様に、店には多種多様な生物や怪異が集っているが、誰もこちらを気に留める事はなく、彼も慣れた足取りで店の一番奥へと進む。


「本当に、今回はごめんね。この程度で埋め合わせになるとは思わないけど、ケーキでもご馳走させてよ。ここのケーキは美味しいし、遠慮せず食べてね」

「奢ってくれるなんて珍しい。……いや、何故謝るんですか?私はともかく、そちらが謝る事は無いでしょう?」

「いやいや、それは僕のセリフだよ。あ、珈琲とショートケーキ、それにチーズケーキを二つずつお願いしますね」


 席に着くや否や急に謝られて困惑する。恐らく何か重要な所で互いの認識がずれているようだ。何故だか分からないが、こうして話していると、彼は情報屋だというのに定期的に情報の取り違えが発生してしまう。

 注文まで済まされてしまうと、私が仕事を失敗したと伝えた際の反応が更に怖い。


「……一旦話を整理しましょう。そもそも、何かあったんですか?」

「いやあ、まさか僕がキマイラについての情報を手に入れてすぐ、何者かに魔導書が奪われていたとは思わなかったよ」

「……え?ということは、あの家に本は無かったと?」

「うん。というより、家が燃えていたのは本が無かった腹いせじゃなかったんだね」


 未だに私が腹いせで物を燃やす危険人物だと思われていたのは納得がいかない。

 しかし、彼女の事は彼にどう話すべきだろうか。彼女の素性をそのまま話すのは流石に危険だが、だからと言って隠し通すのも後々面倒な事になりそうだ。取り敢えず、彼女の存在だけは伝えておく事にする。


「燃えたのはたまたま知り合った友人の……いや、私の力不足が原因です。流石に、火にはもう懲りましたよ」

「……貴女に友人が?それは良かった。昔よりましだけど、最近も僕以外との交流は少ないでしょう?無理のない範囲で大切にしたらいいよ」

「……その態度は気に食いませんが、ケーキに免じて……あ、美味しい」


 彼とは数年前の、今思い返すとかなり尖っていた頃からの付き合いなせいか、私が真っ当に人と交流していると、何故か優しい笑みを浮かべられるのは腹が立つ。

 彼に不満を表明しながら、いつの間にか運ばれていたチーズケーキを食べる。


「珈琲も美味しいですね。これなら、仕事は関係なく食べに––––痛っ!……やっぱり、骨にひびが入った時は病院に行くべきでしょうか?」

「今回の報酬はもう口座に振り込んであるから、病院はちゃんと行ってね。……貴女が自分で薬を作れたら、それが一番なんだけど」

「うるさいですよ。この先、薬を作る気は無いと、前も言いましたよね」


 別に薬そのものが嫌いな訳では無いが、錬金術で薬を作りだすのは、父親の事を思い出すせいでずっと避けている。

 その事は彼も知っているはずだが、それでも言ってくるのは彼なりの優しさなのか、それともただデリカシーが無いだけなのか。

 どちらにせよ、私に薬を作る気は無い。


「そっか。まあ、無理強いすることでもないしね。もう少ししたらまた大きな依頼をすると思うから、それまで安静にするんだよ」

「……分かりました。あ、それと手紙は家のポストに入れてもいいですよ。多分、もう捨てる事は無いでしょうし、当分はスマホが無いままでしょうから」

「それなら次は手紙で知らせるよ。今日の話はこれぐらいだから、あとは好きなだけ食べて帰ってね」

「これを食べたら帰ります。最近は寝不足も酷いので、今すぐにでも寝たいんですよ。そもそも、ケーキは二種類あったら充分ですからね?」


 寝不足なのは、主に彼女のテンションが昼夜で変わらないせいなのだが。会ってすぐの内は彼女も遠慮していたのか、最近はどんどんうるさくなっている。

 気持ち急ぎながらケーキを味わい、席を立つ。私だけ食べるのも罪悪感を覚えるから、また時間と懐に余裕がある時にでも彼女と来てみようか。

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錬金術師・灰吹菫と蠅の王 不明夜 @fumeiyo

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