エピローグ
その日の夜、俺とリリカは礼拝堂にいた。
「それにしてもマジで全部配り切るとはな……」
噴水広場で行われた、フレスタ教会の命運をかけた最後の布教活動。
リリカちゃん握手会なるイベントにより生まれた行列の勢いは夕方まで収まることもなく、なんと開始よりおよそ九時間にして三百を超えた『サムネの書』のノルマ全てを捌ききるに至ったらしい。
――いやいやいやいや。んなアホな。
モニクさん達は『異界の叡智』のおかげだと言った。
俺は『フレスタ教会のみんなの積み重ね』のおかげだと言った。
まあ、結局のところ、どっちが欠けててもノルマ達成はなかったんだろうけども。
だからって――ねえ?
フレスタにはよほどリリカちゃんと握手したいロリコンが多かったのか。物珍しさだけで集まってしまうようなミーハーと暇人が多かったのか。
あるいは――
いや、後付けの理由はいい。結果が全てだ。
今はこの結果を生み出した一番の功労者であるリリカのことを、労ってやるべきところだろう。
「まあ、なんだ。最後までよくやったな」
「普通のことをしただけです」
銀髪をいじいじしながら、しれっと言うリリカ。
九時間ぶっ通しで笑顔やら握手やらしたせいで明らかに疲れ果てているのだが、それを隠したいお年頃らしい。
だから俺は言ってやった。
「そうだな。確かに普通か。別に驚く要素は一つもないな」
「えっ」
リリカは青い瞳を泳がせる。
「な、なんですかそれは。少しくらいは…………ほほ、褒めてくれても……」
「お前は『慈愛の聖女』とかいう『聖遺物』なんかじゃなく、誰よりも頑張り屋さんな聖翼教の使徒だからな」
「……えっ」
「お前のことをずっと傍で見てきた俺からすれば、別に驚くことでもない。極めて普通のことだ。そうだろ?」
「あ…………」
リリカは髪に手をやったまま、驚いたように硬直。
そして、ささっと。
即座に俺から顔を逸らした。
その頬にわずかに朱が差した気がしたが、それも銀色の髪ですぐに隠される。
「そ、そうです。大事なのは、あくまでここからですから」
「ああ。そうだな」
ノルマが達成されたことで、フレスタ教会の存続が決まったわけではない。
しかし、布教用『サムネの書』を今日一日で三百以上捌いたこともまた事実。
もちろん全ての者がとはいかないまでも、そのうちのいくらかは、このフレスタ教会をお祈りとか懺悔のために訪れるようになるはずなのだ。
「それなのに……どういうことですか、これはっ」
「……そうだな」
俺達の目の前に広がる惨状。
散乱した長椅子。床や壁には至るところに鈍器のようなもので殴打された跡が残り、悲惨な感じになっている。あまりに殺伐としていて、とても誰かがお祈りとかをするような雰囲気ではない。既に礼拝堂の入口では『臨時休業』の張り紙が来る者を拒んでいる。
俺達が先ほどから座っているのが、唯一原型を留めていた長椅子だった。
「一体、何をどうしたらこんなことになるのですか?」
「さあな」
俺は苦笑いと共に肩をすくめながら、
「どこぞの『
「えっ……」
「って、あるわけねえか。こんなクソが付くくらいに平和な町でよ」
そう締めくくり、俺は長椅子から立ち上がる。
大きく背伸びをして、気を取り直すように言う。
「さあ、そろそろ俺達も休もうぜ。今日はさすがに疲れたろ」
「でも」
「気にすんなって。あとのことは素直にモニクさんに任せとけばいいんだよ」
モニクさんは今、この町の衛兵達の駐屯所に向かっている。教会がこんなことになってしまったのだ。町の秩序を司る衛兵達に報告しないわけにはいかない。
おそらく、現場検証とかも行われるのだろう。
この惨状の原因はなんなのか。何者かの手によるものなのか。何故か急にいなくなった一級使徒の肩書きを持つ男との関連性が疑われることはないだろうが――素性の明らかでない流れ者の冒険者の存在は、衛兵としても気になるところだろう。
それに、モニクさんには何かを勘付かれていてもおかしくない頃合いだった。『ビラムの森』でゴブリンの攻撃を凌いだあたりから注目されていただろうし、なにより今日の布教で途中からいなくなった空白の時間も説明できていないままだ。
まったく、今までの苦労はなんだったのか。
もう少しこの町に留まってもいいかと思ってたのに――上手くいかないもんだな。
(さて……やるか)
夜の教会。
今、ここにいるのは俺とリリカの二人だけだ。
部屋に戻ろうとするリリカ。
俺は小さい背中に歩幅を合わせながら、ゆらりと距離をつめる。
そして――がばりと。
リリカに後ろから抱きついた。
「……な! く、クズ!?」
「騒ぐな」
有無を言わせない口調で告げる。
「安心しろ。おとなしくさえしていれば、痛くはしない」
悪いなリリカ。
これが本当の俺なんだよ。
俺は『
俺がこの教会に来た目的は、『慈愛の聖女』であるお前をかっさらうためで。
今を生き延びるために――結局は任務を遂行するしかないんだ。
「は、はなしてくださいっ」
リリカは俺の腕の中で暴れようとする。
相変わらず大人しそうな雰囲気の割に気の強い幼女だ。
しかし所詮は幼女。力でこの俺に適うはずがない。「こ、の!」と俺に肘打ちとかしてくるが、まったくもって可愛いもの。
全然痛くもなんとも――
「ほごおええっ!?」
あまりの痛みに俺はその場にうずくまった。
黒ゴブリンとの死闘。満身創痍だった俺の、最も痛かった場所。
巨大な翼十字がかすってヒビが入っていたであろう肋骨――そこにピンポイントで肘を打ち込まれた!
俺の手から逃れたリリカが教会の出口に向かって走る。
「ま、待ちやがれ!」
俺は追った。教会の外に出られたら厄介だ。
動くたびに肋骨が痛む。
それでも呼吸を荒げながら、必死の形相で追うしかない。
「ま、待てよ。はあはあはあ」
「き、きもちわるい! 近づかないでください!」
きもちわるいだと? このクソ幼女が。
思えばこいつには色々と腹が立っていた
いい加減、わからせてやる必要がある。
「わ、わわっ」
とてーん。長椅子の残骸に躓いてリリカがこけた。
膝をついて「うう」と唸る幼女。
その背後から俺の影が怪しく伸びる。
そして――がしっ。
「へへへ。捕まえたあ! はあはあはあ」
小さく華奢な幼女の肢体。
銀糸のような髪が、俺の吐く荒い息で揺れる。
「はあはあはあ、もう離さないぞ!」
「だ。誰か――」
「ハッ! 叫んだところで誰も来ねえよ! はあはあはあ!」
入口には『臨時休業』の張り紙。
双子の使徒はとっくに部屋で寝ているし、さっき駐屯所に向かったばかりのモニクさんもあと三十分は帰ってこない。完璧だ。
あとは礼拝堂の裏口から出て、そこで待っているヒナタと合流して逃げれば――
――ギィィィ。
その時、教会の扉が開かれる音がした。
「クズ。何をしているのですか?」
モニクさんだった。えっ。
あと左右に誰か二人いる。灰色の軍服に金属製のゴツゴツした武装を施した巨漢と長身の二人組。見覚えがある。この町の衛兵だ。ちょっ。
俺は思わず聞いた。
「ええと……モニクさん、早くないですか?」
「ちょうどそこで巡回中だった衛兵に会えたから。すぐに現場を確認してくれることになったの」
なるほど、としか言いようがない。
最悪じゃねえか。
リリカが呆気にとられる俺の拘束から逃れ、モニクさんへと駆け寄る。
「うう……く、クズが。いきなり呼吸を荒げながら、わたしに抱きついてきて……」
言いかた!
「ち、違いますモニクさん!」
俺はすぐに弁解を試みる。
まあ大丈夫だろうけど。俺が幼女を襲う理由が無いからな。英雄的に考えて。
そう。俺を英雄だと言い始めたのは他ならぬモニクさんなのだ。
「俺がこんな小さい女の子にヘンなことするわけないじゃないですか! モニクさんなら信じてくれますよね!?」
「でもクズ、あなた『ビラムの森』でリリカの足を舐めてたわよね?」
「舐めましたけども!」
あれ何となく流されてなかったのかよ!
即座に悟る。
――ああ、これは詰んだな。
リリカとモニクさんが俺を蔑むように見る。
二人の衛兵が俺へと近づいてくる。
「フフフ。我々セイバール神栄騎士団から逃げられるとは思わないことです。記憶は判然としませんが……どうにも、あなたには恨みがある気がしますからね」
「残念だったなあ変態野郎が! リリカちゃ……この町の秩序はこの俺が守るぜ!」
「正直すみませんでした!」
こうして俺は幼女暴行未遂の現行犯で捕まった。
しかしこの程度の波乱、その日暮らしの転移者にはよくあること。
罪も懺悔もクソくらえ。
またいつもみたいに乗りきってみせるだけだ。
俺はやれやれと漆黒の髪をクシャリと撫でつける。
――さて、とりあえず今日も生き延びてみせるか。
the end
probably continue tomorrow
その日暮らしの転移者、幼女シスターの聖水で生き延びる 黒衛 @mukokuro04
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