【ホラー小説初挑戦】異界の駅

すぽんじ

その駅に来た男の話

「ふぁ~……今日も仕事お疲れ様です、俺」


 俺はただ普通のサラリーマン。

 学生時代は普通に授業を受けて、大学も至って普通に過ごし、普通の会社に就職。

 傍から聞いてたら何の個性もないと思うだろう。

 だがそれでよかった。

 別に何かに目立とうとは考えないでいい。

 普通に生きてても不幸にならないのならそれはそれで最高なのだから。


「夜8時……まぁ飯は家に帰ってからでいいか」


 独り暮らしは自炊をしなくちゃいけない。

 だが今日は疲れてるからコンビニの気分。

 でも今日の財布には小銭が数枚しかない。

 だとしたら家にあるもので我慢するしかなかった。


「あ、電車もう着いてんじゃん」


 俺はいつも使ってる駅に入ると、ちょうど家の近くの駅に停まる電車があって急いでホームに向かった。


「間に合え……‼」


 疲れた体を走らせ、そのおかげか何とかドアが閉まる前に乗る事が出来た。

 いや、ここまで走るのは久しぶりだった。

 ぶっちゃけかけっこはそこまで好きじゃなかったし、何なら運動会なんてずっと日陰に隠れた生活してた。

 だからだろう、ものすごく息が荒くなった。


「はぁ…はぁ……もう…走って乗るの……やめよう…」


 息を切らしながらも電車はドアを閉め、駅を後にするように走り出した。

 別に待ってても良かった。

 でも停まってるのなら、そっちの方がいいに決まってる。


「少し眠くなってきたな…」


 連日の仕事のせいか、今日はいつもより早く眠くなってきていた。

 我慢しようとも考えたが、降りる駅までまだ時間はあるし、少しだけ仮眠でもするか。

 そうして俺は目を閉じて眠りについた。









「………はっ」


 仮眠どころか完全に熟睡してしまってた。

 何時しか同じ車両に乗ってた人は誰一人としておらず、乗ってるのは俺だけだった。


「やっべ……降りる駅過ぎたかもな……」


 そう思いながらこの後どうしようかと考えていたら、電車が次第にゆっくりとなり始めるのに気付いた俺は座席から起きて降りる準備をした。


「仕方ない。ここで降りてからこの後はどうにかするか」


 そう言いながら電車のドアが開いたと同時に駅に下りた。

 その駅は無人駅なのか、異様なくらい静かだった。

 というか、人の気配も全くなかった。


「ここ……どこの駅だ?」


 訳も分からず電車から降りたはいいが、駅の周囲は何もなく、街灯と駅のホームの明かり以外は何もなかった。

 とりあえずここがどこの駅なのかを確認するために時刻表などを見た。


「何だこれ?」


 その時刻表はとにかくおかしかった。

 時間が何も書かれてなかった。

 それどころか全部の文字もおかしかった。

 平仮名やカタカナもないし、漢字も二~三種類が重なったような変な文字になってた。


「そういえばここの駅の名前……」


 上に駅の名前が表示されてる看板を見たが、それもさっき見た時刻表のように何重にも漢字が重ねられた文字になってた。


「何だよこれ……気味悪ぃ…」


 何もかもがおかしすぎて怖くなってきた。

 周囲に何か探しに行こうとも考えたけど、周りが暗闇なせいで足が思うように行こうとしないし、誰かに見られてるような不気味さからか体が震えてきた。


「だ、誰かいないのか…」


 見渡しても何もないのに変わりないと思っていた時、ポケットに入れてたスマホを思い出して誰かに助けてもらおうと閃いて画面を付けた。

 しかし画面には「圏外」の文字があり、連絡できないと分かってしまった俺は項垂れた。


「どうなってんだよ……」


 訳も分からずにどうしようか考えたもしょうがないし、とりあえず駅の中を散策してみる事にした。

 暗いせいで怖さが一気に襲って来たけど、何もしないよりマシだ。


「駅員は……いるわけないか…」


 人の気配も無ければ、駅員なんていないのは当然だった。

 少しだけ駅の外に出てみたが、見えるのは街灯が数個とボロボロの公衆電話しかなかった。

 時間を見たが駅の時計は何処にもないし、スマホの画面もさっきまで見えてた文字がここに来てから同じ文字になっちまって見るのをやめた。


「どうすればいいんだよ……」


 何も手段がないと思った俺は駅のホームに戻ってベンチに座ろうとすると、ふと横に一つのボストンバッグがあったのに気付いた。


「俺以外にもここに来てるのか………開けてもいいのかな?」


 持ち主も分からないし、それらしき人もいない。

 正直他人のだし開けるのはダメだって思ったりもしたけど、どうしたらいいか分かんないし、もしかしたらこの中に何かヒントがあるかもしれない。

 俺はボストンバッグの持ち主に心の中で謝りながらも、中に何が入っているのかを見るために開けた。


 中にあったのは文字化けしたお茶のペットボトルとスナック菓子。

 それと手帳や財布といった貴重品が入っていた。


「そう言えばまだ何も食ってなかったな」


 俺は腹が減っていたものあってスナック菓子に手を伸ばした。

 でもやっぱり人のバッグの中にあったお菓子を食べるのは失礼だし、何より文字化けしてしまってるそのお菓子を食べると嫌な予感がすると思って伸ばしてた手を戻した。


「ごめんなさい、ちょっとだけ中を見させてください」


 今度は口に出しながら持ち主に謝り、財布の中を確認した。

 財布にはお札や小銭が入っていたが、どっちも全く知らないお金だったし、何よりお札に描かれてる人物は全然知らなかった。

 別に頭が悪いから分からないのじゃない、単純にその人物は教科書でも見た事がない人の顔になってた。


「最後は手帳か……」


 最後の頼みの綱とも言える手帳が何もなかったら諦めるしかないだろうと思いながらも、何かあって欲しいと強く願いながら手帳を開いた。


「…! 良かった、日本語だ!」


 この駅に来てから文字化けしかものしか見てなかったが、手帳に書かれてあったのが日本語だと分かると喜びが全身を駆け巡った。

 この時俺は初めて、知ってる言葉があるのが素晴らしいと感じれた。

 この持ち主の人に一生分の感謝しながら書かれてあった文字を読んでいった。


「この駅に来た人へ。

 そこは普通の駅ではありません。

 外観や何もかもは普通の駅ですけど、文字は全く存在しない文字ばかりです。

 そしてその駅にずっと居り続けてしまうと、もう二度と帰れなくなってしまいます……って、マジかよ……!?」


 俺は読んでる途中で鳥肌が止まらなかった。

 普通の駅じゃないのは見ていて薄々思ってはいたが、ずっと居り続けてしまうと二度と帰れないという単語にさっきまでの歓喜は恐怖に戻ってしまっていた。


 ここに来てからどれだけ経ったんだ?

 何時間いたらダメなんだ?

 帰れる方法はあるのか?


 何時しか俺の頭の中は絶望の一色に染まってしまっていて、大人げなく眼から涙がポロポロとこぼれだした。

 もうダメじゃないのか……そう思ったりもした。

 だけど続きがまだ書いてあって、俺はその続きを読んだ。


「もしこの駅に降りてしまったのなら、今から書いてあるのを『絶対』に守ってください。


 ①文字化けした飲食は絶対に口に入れない。

 ②線路や来た道を戻るのは絶対にしないでください。

 ③駅が見えなくなる距離まで絶対に離れないでください。

 ④駅の外にある公衆電話で絶対に家族や友人に電話を掛けてください。


 これを守ったうえでまた駅のホームのベンチに座って下さい。

 そうすればまた駅に電車がやって来るので、その電車のドアが開いたら『絶対』に入ってください。

 もしどれかをやらなかったり、電車に乗り遅れてしまったら、その時はもう何をやっても無駄です。

 どうか無事に、元の世界に戻て下さい」


 手帳はここで終わっていた。

 どうしてか、この手帳に書かれてあった「絶対」の文字はやたら目立つように濃ゆく書かれてあった。


「もしさっきこのスナック菓子を食べてたら、俺は死んでたのかもな……」


 最初に目に入ったお茶のペットボトルとスナック菓子に手を伸ばそうとしていたのを思い出した俺は、途中で踏みとどまって開けなかった少し前の俺に救われて冷や汗が流れて来ていた。


「けどこの4つを守れば、俺はここから出れるのか!」


 帰れる方法が見つかると次第に恐怖や絶望は消え去っていって、すぐに4つの約束を目に焼き付けた。

 読んでいくと分かったが、少なくともここから離れないのと、飲み物や食べ物は口に入れなければいいのは簡単だった。

 ただ問題なのは、④に対して②の約束は有効になるのかならないのかが分からなかった。


「これ……公衆電話よりも先に行かなければいい話なのか?」


 やや不安になりながらも、手帳の言う通りに駅から出て近くにあったボロボロの公衆電話の前にやって来た。

 公衆電話もさっきの手帳と同じで、いつもと変わらない姿だった。

 俺は財布に手をやって中を見ると、不思議と持ってた小銭の中でたった一枚の10円玉だけが普通の形で入っていた。

 俺はその10円玉を公衆電話のお金を入れる口に入れ込み、受話器を手に持った。


「家族か友人……か」


 手帳に書かれてあったのを思い返しながら電話番号を打とうとしたが、俺の指は動こうとしなかった。

 何故ならその二つのどっちもが、俺にはなかったからだ・・・・・・・・・・


 親しい友人がいるかと言ったら「いる」。

 だがその友人とはもう何年も会ってないから、事実上いないにも該当していた。

 逆に家族はいるかと言われたら、俺の家族はもういなかった。

 俺の家族は、俺が10歳の時に交通事故で死んでしまっていた。

 だから俺の家族も友人もいないのだから、④だけは簡単ではなかった。


 二つの選択肢の中で、選ぶとするなら前者がいいだろう。

 だがそれとば別に、もしもの可能性でまた親のどっちかの声が聞こえてきたらいいなって欲が出てしまってしょうがなかった。


「父さん……母さん……」


 俺は両親が死んだあの時から時間が止まってしまっていた。

 普通に生きてきたとしても、家族の愛を貰った量だけは普通じゃなかった。

 一緒に遊んだり、ご飯を食べたり、一緒に寝たりしていたあの頃の思い出は、もう10歳の時に全部無くなってしまっていた。


 また会いたい。

 また声が聴きたい。

 また一緒に話がしたい。

 また一緒にご飯を食べたい。

 ならいっそこのままこの駅におれば、また両親に会えるのではないだろうか?


「いや……それは違ぇだろ…」


 10円玉はたった一枚。

 選んだ結果によって俺は「生きる」か「死ぬ」。

 究極の選択肢が俺の頭の中で争ってる。

 暗闇の中にある駅の近くの公衆電話で考えた末に出た答えは――――――












「もしもし……○○?」


 俺は「友人」を選んだ。

 友人は受話器の向こうで驚いてはいたけど、久しぶりに聞いた俺の声が嬉しかったのか、嬉々として話しかけてきた。

 それを聞いていると、俺の顔からふと笑みがこぼれて、話せるわずかな時間を十分に満喫した。

 10円分の通話時間が過ぎて電話は切れ、俺は静かに駅のホームに戻ってベンチに座った。


「ごめんね、父さん…母さん…」


 俺は両親に謝っていた。

 もしかしたらさっきの選択肢で、俺はそっちを選ぶべきだったかもしれない。

 だけど何時までも過去に縛られているのは、間違っているとも思ってしまっていた。


 あぁでも……やっぱり会いたいよ…。

 他の誰もない、父さんと母さんに会いたい。

 また目から涙がこぼれたが、今度は恐怖からではなく、寂しさから出た涙だったと俺は思ってる。

 いや、そう願いたかった。

 そうしているうちに、遠くから電車の音が聴こえてきて、駅に停まるとドアが開いた。


「………」


 俺は何も言わずに電車の中に入った。

 入ってすぐの椅子に座って、電車はドアを閉めると暗闇の中の駅に別れを告げるかのように発進した。

 下を向いていた俺の視線は外に向き、車窓から見える駅が見えなくなるまで見続けた。


「さよなら……父さん、母さん」


 そう静かに呟き、俺はまたやって来た眠気に抗わずに閉じた。









「…………はっ」


 俺が再び目を開けた時には、ちょうど家の最寄り駅に着いてる最中だった。

 乗ってた車両には別の乗客も乗っていて、俺と同じように寝ているサラリーマンもいれば、スマホをずっといじっている学生がいたりと何の変哲もない風景に戻っていた。

 俺は立ち上がって電車を降りて、いつものように改札口から出て、帰路をゆっくりと歩きだした。


「あれは……夢だったのかな…」


 そう言いながら頭の中をよぎったのは、あの暗闇にひっそりとあった無人駅。

 もしかしたら幻だったのかもしれないし、現実だったのかもしれない。

 だけど俺はこれがもし夢だったとしても、絶対に、二度と忘れる事はないだろう。



 次の日、俺は入社してから初めて有休を使って親が眠ってる墓に向かった。

 普段だったら適当にやってた墓の掃除もきっちりやって、綺麗になった墓に線香に火をつけてから合掌した。


「父さん、母さん、俺……もう少し頑張ってみるよ。

 そっちに行くのは何時になるか分からないし、あと何年かも分からない。

 正直あの時、俺は二人に電話をしようと考えた。

 けど多分だけどさ……もしそうしてたら、二人は俺を怒ると思ったんだよ。

 何でかは分からない、けどこれでよかったのかもしれない。

 だからさ……天国で俺の事、ちゃんと応援しててね」


 俺は言い切れることを全部言い終えてからその場を後にした。



 ―――――がんばれ。



 ふと何処からか両親の声が聞こえた気がしたが、その日ばかりは気のせいじゃない気がした。

 もしかしたら、ずっと近くで見守っているのかもしれないって思ったから。

 晴れた青空を見上げながら、俺は明日から仕事を頑張ろうと家に帰った。




 そしてその日から、俺は電車での通勤をやめた。

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