桜会議

十余一

桜会議

 咲くべきか咲かぬべきか、それが問題だ。

 さらさらと流れる小川に沿って桜の木が並び立つ。風は無い。ただ、春の訪れを感じさせる暖かな陽射しが降り注いでいる。この麗らかな陽気の中で問う。


「咲くべきか。それとも、咲かぬべきか」

向春こうしゅんの候、開花は妥当だとうである」

「時期尚早ではあるまいか」

「否、ただちに満開にならねば早咲きの名折れ」


 誰が発言しているか等は些末さまつなことだ。我らは全であり個、個であり全。これは会議であり自問自答である。


「直ちに満開とは短兵急たんぺいきゅうではないか」

しかれどもつぼみの膨張、最早もはや抑えがたし」

「祝宴を張るまで待つべきである」

然様さよう。我らは竹灯篭とうろうに照らされる夜桜になるが最良」


 多くの人々が訪れる祝宴まで、十日以上はあろうか。それには月をまたがねばならぬ。そもそもの話――。


「人におもねるか」

「観衆無き爛漫らんまんは虚無である」

りとて颱風たいふうに手折られた傷は未だ癒えぬ」


 数年前の野分のわきにより我らは傷付き、また多くの同朋どうほうを失った。空を埋め尽くさんばかりに咲き誇るかつての姿など見る影も無い。往時をしのぶももあらん。


「其は過去である。では今、憎むべきは何か。すずめの盗蜜である」

しかり。彼奴等きゃつらの所業、許すまじ」

がくごと食いちぎる蛮行は正に悪鬼羅刹あっきらせつ


 れる話に暗澹冥濛あんたんめいもうしおれた水仙の如く。


あらず。我らの由縁ゆえんを思い出せ」

「亡き頼朝公にあやかり、遠き伊豆より参った」

「なればこそ人々に再起と隆盛を示すべきではないか」

「いざ、狂瀾きょうらん既倒きとうめぐらすべし」



 ◇



「なんていう会話を、していたのかもしれないねぇ」


 のんびりとした様子で友人が言う。渾身こんしんの一人芝居が終わる頃には日も傾き、道端にずらりと並ぶ竹灯篭には火が灯された。「桜って、そんなに渋い口調なのかな……」という感想はさておいて。


「丁度、お祭りの日に満開になってよかったね」

「そうだねぇ」


 東屋から坂道へ目をやれば、咲き誇る夜桜が延々と続いている。小川にかかる橋を渡り、灯篭に照らされた坂道を登り、続々と花見客がやってくる。目には桜、口元には感嘆の溜息をたずさえて。


 この桜の名前は河津かわづ桜。二月下旬から三月初旬にかけて花開く早咲きの桜だ。

 そしてこの町では、本場の河津町から譲り受けた桜を“頼朝桜”と呼び慕っている。石橋山の戦いで敗れた源頼朝が、東京湾を渡ってこの地に辿り着いたという伝承があるからだ。やがて頼朝は鎌倉へ入り、平家を追討し幕府を開く。

 その再起の物語と美しい花は、見る人に希望を与えている。それは私も例外ではない、と思う。


「被災したときはどうなることかと思ったけど、こうしてまた日常に戻れて良かったね。お祭りもできるし」

「一ヶ月以上もインフラ不通だったもんねぇ。あんなのはもう二度とごめんだよ」


 崩れた土砂や吹き飛ばされた瓦礫がれきはとっくに撤去された。長い間家々の屋根を覆っていたブルーシートも、最近やっと見なくなったところだ。そして台風を生き残った桜と、新たに植樹された桜は咲き誇っている。けれども、すっかり元通りというわけにもいかない。


「前と同じようになるには、また何年もかかるんだって」

「台風の所業、許すまじ」

「まだそれ続いてたの」


 一人芝居の続きに思わず笑ってしまった私に、友人はまたのんびりとした調子で言う。その目には、か細いけれど強く咲いている桜が映っていた。


「まぁ、苦難からの再起っていうのも、頼朝桜らしいのかもしれないねぇ」




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